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【Spin-off】End-up Cyber-bullying_先延ばしの繰返し

このところ、よく眠れない夜が続いています

先の見えない不確実性も起因しているのだろうけれど、

それよりも

彼女に起きた出来事が、他人事に想えないのです

心からのご冥福をお祈りいたします

「愛されたかった人生」

そもそも、「イジメ」られたことのない人っているのでしょうか

多感な青年世代において

誰かに傷つけられたり、仲間外れにされたり

大なり小なり「イジメ」られたという苦い記憶は

誰の心にも刻まれているものだと想います

大人になっても、職場イジメ_ハラスメントがあります

誰かの足を踏んだことは忘れてしまっても

誰かに足を踏まれたことは

その痛みと共に覚えているものです

僕も同様です

歳を重ねすぎた所為か

イジメ_ハラスメントの内容や痛みの強度は忘れてしまって

その時のことは、ざっくりと、

いい思い出ではなかったというレベルの記憶です

それにもかかわらず、37歳にもなって

世界中から集まった、ほぼ年下のクラスメイトに囲まれ

#海外の大学院 で、学生生活に戻ると

ふとした会話や瞬間に

すっかり忘れていた記憶がフラッシュバックして

ひどく胸を締めつけられることがありました

それでも、前へ進められたのは

愛し、愛してくれる、家族がいるからです

こんな僕でも、必要としてくれる家族がいるからこそ

こんな大それた夢を叶えることができ

家族がいなければ

#スイス でこれまで、起きた出来事は

僕の人生にはあり得なかったストーリーでしょう

愛し、愛されるということは生きる希望であり

言い換えれば

大切なものを守るため

どんな闇にも臆せず、立ち向かう勇気に変わります

なぜなら、明けない夜はないということを

いつもそばで、光となって教えてくれるからです

愛してくれるのは、家族や恋人だけではありません

友人、あるいは自分自身でもいいと想います

生きているだけで、人は十分に愛される存在です

「今までずっと私が1番私に思ってました」

僕の学生時代と、現在で明らかに異なる点は

SNSの普及です

ジェネレーションYやZを筆頭に

デジタルネイティブが労働人口に加わりはじめ

マーケティング戦略ではSNSがメインストリームに捉えられています

昨今のプロモーション_マーケティング活動において

SNSは重要な役割を果たしているのと同様に

コミュニケーションツールとしても

欠かせないものとなっています

ユーザーによっては、本垢と裏垢など

複数アカウントを使い分け

本来の自分とは異なる別の自分が

バーチャルに存在しています

その是非については論議しませんが

匿名発信や非公開設定などの特性によって

出自不明のフェィクニュースや

目を覆いたくなるような過激な投稿がオンラインに溢れています

その中には、個人を特定した誹謗中傷も散在しており

昨今のサイバーブリングの温床にもなっています

昔であれば、イジメの主犯はたいてい目星がつきましたし

その内容についても、おおよそ想像ができました

しかしながら、サイバーブリングにおいては

誰がその行為を行ったのか判別しにくいケースがあります

たとえば、イジメの行為そのもの_オンライン上の個人への攻撃が

いとも簡単に削除_証拠隠滅できるため

その行為は本当にイジメだったのか

あるいは、イジメ自体の存在認定が難しくなります

これとは逆に、オンライン上の不適切表現が

永久に残ってしまう場合もあるため

交際範囲を超えた不特定多数の目に止まってしまい

予測できない副次的被害が連鎖するなどの危険も潜んでいます

不可避の言葉の刃が毎日降ってこられたら

不可視の傷口から血を流すこともあるでしょう

この雨はいつ止むのだろうと途方に暮れてしまうことでしょう

そして、誰が敵で、誰が味方か、見分けもつかず

見知らぬ人まで疑ってしまうほど

人間不信_疑心暗鬼に陥ってしまうことでしょう

もしも、身元不明の相手から浴びせられた罵詈雑言が

自分のコンプレックスだったり

自分で実感しているウィークポイントであったのなら

「あなたに言われなくても、自分で一番わかっている」と

苦痛や悲しみを二重に感じて

自分ひとりで処理しなければならないのです

やり場のない感情は始末することもできず

心に蓄積されていくばかりです

こんな卑怯で姑息で愚劣な貶め方が

今、あちらこちらで起こっているのです

しかも、現在進行中のパンデミックの所為で

ソーシャルディスタンスを保つため

たとえ、愛してくれる家族や仲間がいたとしても

なかなか会うことができず、面と向かって相談もできないものですから

不安や喪失感は余計に増幅することでしょう

こんなアンフェアなリングでの戦いは絶望でしかありません

だけれども、彼女は救済されるべきでした

彼女の報道を見る度

思い悩んでいた昔の自分が重なって

胸が張り裂けそうになってしまいます

戦わなくていいから

逃げて構わないから

彼女には生きていてほしかった

情報リテラシーはライフスキル

大学入学の間もない頃、初めて買ったパソコンの機能が使えなくて

当時流行っていたオンライン知恵袋で尋ねてみようと

試したことがありました

僕の質問文が説明不足だったこともあったのでしょう

ある回答者から、「そんなことも知らないで、よく大学入ったな」と

回答が届きました

これを見て、驚くと同時に、会ったこともない他人から

突然に自分を全否定されたような気分になりました

オンラインコミュニケーション黎明期での経験でしたので

SNS時代に突入した今でも、自分が楽しめる_無駄に傷つかない程度で

InstagramやTwitterを継続しています

僕がSNSを続けているのは、

情報の収集や発信には最も有効なツールだと感じているからです

時にSNSで気分を害することもありますが、

そういう時は、一定期間オフラインになることで

バランスを保っています

現代において、情報リテラシーは

必要不可欠なライフスキルだと実感しています

デジタルガジェットやオンラインプラットフォームが進化しつづけ

その恩恵を止められない以上

情報リテラシーも

時代のスピードに合わせて

アップデートする必要があるように感じています

それは決して、ティーンのような若い世代だけでなく

僕のような育児世代を含め

ITなしでは生活できない全ての人が

身につけるべきライフスキルであると想うのです

自分を守るため

誰かを傷つけないため

そして

愛する人を救うため

空が青く在る限り

世界のパンデミックの状況をみていると、

まだまだ遠隔操作で、デジタルコミュニーケーションを

当面続けていかなければならないでしょう

毎日が不安で仕方ないのに

窓の向こうに目をやると

澄み渡った青い空が広がっています

世界はこんなに大変で残酷だというのに

空が青くて、その青色があまりにも美しいから

もう少しだけ、やってみようかと想うのです

昔からそうでした

悲しい時はいつも空を見上げて

自分の小ささを実感し

小さい自分の中にある感情なんか

もっと小っぽけなものだと

なんだか悩んでいることが馬鹿馬鹿しく想えてしまうのです

生きていれば、いいことも悪いこともある

今は、たまたま悪い時期で

もう少しだけ堪えていれば、いいことがあるんだと

なんとかこうして、踏み留まっています

だから、最後の最後の究極の選択は

もう少しだけ、先延ばしにしておこう

それを何度も繰返していたら

大それた夢を見て、

#スイス にまでやってきて、

今やアラフォーの2児の父です

もし、今、

見えない誰かの指先が紡ぐ言葉の所為で

傷ついて、ひどく絶望しているのなら

オフラインになって

窓から見上げてみてください

たとえ、今日の空が青くなくても

いつの日か、雲は流れて

拡がる空の青色が何となしに教えてくれる筈です

大丈夫、君は何も悪くない

空が青く在る限り

君には、生きていてほしい


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Lausanner from Tokyo_夢が叶う時、トランキリティ
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