憂鬱喫茶
いらっしゃいませ、ご安心ください。
当店には様々なお客様がいらっしゃいます。
憂鬱な方も、泣きそうな方も。ダメだと言いつつ大丈夫な方も、真っ青な笑顔で気丈に振舞われている方も。
皆さま違いはございません。アイツも君も変わらない、アイスクリーミーな黄緑色の顔でいらっしゃいますから。
ええ、当店は通路が広いでしょう。ウェイター、ウェイトレスの往来が激しいのです、配膳するまでに手間がかかるもので。
いえ、手間ではありません。私共は強制も同情も致しません。
ほら、あちらのお客様も。
***
何もかも上手くいかねえ。
いや、実際は何もかもではねえけれど、何もかもと思ってしまうくらいには、手前のキャパというか器量は縮こまっていたらしい。
コーヒーやらメロンソーダに浮かんだアイスクリームにきゃっきゃして。フロートってなんかエロいよねー、フロートってあれだろ、不労所得で暮らせる不労人って意味だろ。羨ましいよねえ、夏だねえなんつっていい調子で過ごす予定が台無し。狭い器量に硬いアイス、覆水盆に返らず、さくらんぼ食べられることなく、ウィエトレスが綺麗に拭き取って下げてようやく事なきを得る。
熱い熱い痛い痛い。ぬるま湯に浸っていたツケが急に来た。
今回は手間がかかるし時間もかかる。
そうは言っても縮こまったものを広げる方法はただ一つ。何でもかんでもぶち込む、これしかない。
腹八分なんて続けたらデフレ経済になっちまう。低気圧にすら押しつぶされるような素材の味楽しんだって仕方がない。何でもかんでもぶち込んで、ジューサーにかけてアイスクリーム乗っけちまえば規格外。味覚いらず、自堕落知らずで揚々と、盛大に残してウェイターに下げていただこう。
絶対に負けられない戦いは、ここにはないんだ馬鹿野郎。
・・じゃないな。そんなことも言ってらんないこの歳この時期この季節。
・・・いやいや。まだまだ背水の陣とは程遠い。
・・・・とはいえ梅雨。背水通り越して鞄までビショビショ。
・・・・・う、
ウェイターさん、ちょっと待ってやっぱりまだそれ下げないで。食べます、ちゃんとそれ全部。なんだかさあ。それ、全部スッキリさせないと梅雨明けにあの娘をちゃんとエスコートできる気がしないんだよ!
***
ご安心ください。
お客様、ご覧になったでしょう。
憂鬱な方も、泣きそうな方も。ダメだと言いつつ大丈夫な方も、真っ青な笑顔で気丈に振舞われている方も。
皆さま違いはございません。アイツも君も変わらない、アイスクリーミーな黄緑色の顔でいらっしゃいます。
飲み干さないと始まらない。分かっているから無視はできない。簡単に向き合えない課題、向き合いたくもない不満、後悔まで。当店、全てをミキサーにかけてアイスクリームを乗せてお出しします。
飲むか飲まないかはお客様次第の賽の目知らず。私共は強制も同情も致しません。
さあ、お席をご案内致します。
もうご承知とは思いますが、メニューなどございません。飲むか飲まないか、決めるのはお客様次第。
ご安心ください。私共は強制も同情も致しません。気が向いた時にいらして、気が向いた時にお帰り下さって結構です。
それでは、ごゆっくりお過ごしくださいませ。
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