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出過ぎた杭は打たれない
東田のスパイ依頼を受けた経緯を一通り打ち明けると、大迫は腕を組み俯きながらしばし沈黙を貫いた。
東田が僕の退職の噂を流した張本人である事を話した時は、珍しく大笑いをしていたが、打って変わって今はただ押し黙ったままだった。
後輩の久保山に後で聞いたところ、社内でも半分以上の社員がその噂を聞いており、情報源である数名の社員は、東田の定例会議のメンバーで、そこから"東田から聞いた"情報として流していたとの事だった。
大迫は大きく息を吐くと、PCの画面を見つめながら思案した事を僕に話し始めた。
「東田さんの息子はそう遠くない時期に本社に戻ってくるだろう。東田さんの口から直接俺も聞いたから、それは既定路線だ。」
そして僕に目を向け、続けた。
「今お前が注力してる介護・派遣ビジネスも、奴に奪われるだろうな。俺やお前がどういう形で残れるかは分からないが、俺らを抜いても回ると判断したら、その時は俺たちのことを容赦なく切るだろうな。スキームを知っててコネクションも持ってる部下なんて、息子にとっては厄介だろうしな。」
僕に目線を向けたまま、椅子の背もたれに大きく寄りかかると、「自分の事業がある俺にはくだらない事だが、お前には酷な話しだな」と付け加えた。
僕が俯き落胆してるのを確認したからか、大迫は居直り、彼の"プラン"を話し始めた。
「お前が本気になる事が条件だが…」
一呼吸起き、大迫は続けた。
「本社業務と同業で、それ以上の収益を出すビジネスをやれ。それも介護や派遣の片手間じゃなく本気でな。」
キョトンとしている僕の事は気にせず大迫は話を進めた。
「東田さんが本社でやってるビジネス程度なら、俺の営業力とコネクションで簡単に模倣できる。」
「ただ、俺は乗っ取りには興味ない。尚且つゼロベースから始めて、本社と同じことをしてもMAXで本社と同じくらいの収益にしかならない。そんな暇は俺にはないし、得がない。」
「やるからには徹底的に儲ける。本社のシェアをカバーするのはもちろんだが、明確な違いを付け、収益面で差を付ける。」
「ここまで事業が展開できたお前の営業力や行動力もそれなりのものだからな。のんびり来た仕事をこなしてる奴らより、今のお前の方が圧倒的な成果が出せるだろう。」
「本社を越えるビジネスを複数作れ。脅威になって、手を出されない位の結果を出せ。てめえらの事しか考えない奴に、貪り食われるな。」
「出過ぎた杭は打たれない」
大迫は一気に話すと、手元の冷め切ったコーヒーをゆっくりと口に注いだ。
大迫の要点は、"複数事業展開して圧倒的な成果を出し、手出しをされないようにするー"
手順としては、まず富裕層の客を大迫が集める。
導入を大迫が進め、契約後からは元々本業として僕がやっていたビジネスコンサルティングを行うー…
僕自身、余程の規模の上場企業や、通販サイトを運営する会社が当たって総資産数百〜千億の資産を築いた超大物のような人でなければ、自分でも対応できる自信はあった。
個人のファイナンスに関わる事から事業面でのコンサルティング、いずれでも対応はできる。
その間、介護業と付随する人材派遣も展開して行き続けるのだ。
今は、事業の内容は何でもいい
打たれたり切られたりしないように
圧倒的な成果を出す領域に行き着かなければ…
後になって感じた事だが、この時の僕には、
「そんな分かりきったこと、できたら苦労はない」
「本業があるのに、そんな事までできない」
などという弱音は一切なかった。
要は、"絶対にやってやる"という覚悟さえあれば、何でもできるのだ。
自分の道を選択する覚悟ー
「その気になったみたいだな」
僕の決意が瞳に灯ったのを見た大迫は、この後の壮大な流れを説明したー
続く