"等ラウドネス曲線"を音楽クリエイターの目線から整理する

今回は等ラウドネス曲線のお話です。


前書き

そもそも「等ラウドネス曲線って何よ?」って話なのですが、これは「等しい音の大きさと感じる周波数と音圧のマップを等高線として結んだもの」です

はい。なんのこっちゃですね。

では、こちらの図をご確認ください。


一般的によく使われる等ラウドネス曲線の図。(wikipediaから引用)

見方を説明しますと、縦軸が音量となっており、上に行くほど大きな音になります。

単位はdBSPLです(dBSPLについては過去記事 「意外とごっちゃになる"dB"を整理する」にまとめていますので、詳しくはこちらをご確認ください)

対して横軸は周波数です。

右に行くほど周波数が高くなります。

では、この「うにょうにょした線は何か」と言いますと、ざっくり言うと「1kHzを基準として、各周波数で体感同じくらいに感じる音量を結んだ線」です

つまり、1kHzで20dBSPLの音を聴いた時と100Hzで45dBSPLの音を聴いた時と、4kHzで15dBSPLの音を聴いた時の聴こえ方を比べると、数値上の音量は違えど人間の体感としては全て同じくらいの音量に聴こえるということになります。

留意していただきたい点としては、これは健康な成人を無響室に突っ込んで測定した平均を取った結果が根拠となっている数値です。つまり、人間全員がこの通りの聴こえ方をしているわけではなく、あくまで統計的なものとして押さえてください。

また、身体が発達途上であるため子供もこのグラフの適用からは外れます。
この理由は次項で説明いたします。

なぜこんなグラフになるのか

音楽関連の等ラウドネス曲線でこの部分に言及している方が少ないのですが、これは人間の耳の構造が関係しています。

あまり書きすぎると怖い方に怒られるかもしれない(今回の話の範囲は大丈夫と思いますが、身体や疾患の話は"薬機法"というものがありますので、実は中々センシティブなのです)ので、ここもネットで確認できる範囲の解説になりますが…人間の耳というのは外から拾った空気の振動を鼓膜に届け、それを最終的に音の情報としてとらえるという仕組みになっています。

さて、ここで耳というものの構造についてですが、人間の耳は外側から鼓膜に音を届ける道があり、形状として言葉に起こすと「片側に蓋をした管」になっています。

そしてこの管は入力された音に対して共鳴します。
つまり、リコーダーやトランペットのような管楽器と同じように、人間の耳にも音響特性というものがあるのです。
この音響特性はもちろん個人差はあるのですが、成人であれば概ね3~4kHzの音が5~15dBほど増幅されます。

ここで等ラウドネス曲線を見直していただきたいのですが、概ね3kHzのあたりが下に突出していますね。

グラフの読み方から、下に突出している=音量が小さい=小音量でも聴こえるということになりますので、上記の耳の構造の話に合致します。

ちなみにこの現象は"外耳道共鳴"と言われています。興味がある方は詳しく調べてみてください。

尚、先ほど「子供の聴こえはこれに当てはまらない」と書いた根拠ですが、身体が発達途上の段階では耳の穴の大きさや深さも大人と異なってきますので、結果的に物理的な音響特性に差が生まれます。
身体が発達途上段階での等ラウドネス曲線のデータは私ではアクセスできない(一応本業で触れることがありますので、研究はされていると思われます)ですが、一般論で考えると音のピークは我々成人と比べもっと高い周波数にあると考えられます。

また、大人であっても耳の形には個人差があります。
あくまでも等ラウドネス曲線は「平均の参考値」であって「絶対値」ではないのです。


どんなところで使われているの?

多分こちらのお話を覗いている方は音楽方面からいらしているので、音楽に関わるグラフだと勘違いされているかもしれませんが、この図が生きてくるのは本来産業の分野になります。

活用されている例として、騒音を測定する際に我々が用いる騒音計ですが、この騒音計には2~3種類の測定特性が設定されていることはご存じでしょうか?

具体的には「A特性」「C特性」「Z特性」の3種類があります

このうちのA特性は人間の耳の実際の聴こえに近い感度に設定されており、この設定値の根拠が上記の等ラウドネス曲線となります。

それに対してC特性とZ特性は所謂「フラット」な設定(C特性は若干高域と低域がロールオフしている違いがあります)となっており、それぞれ使用用途が異なります。

具体的にはA特性は騒音の測定、C・Z特性は音響機器や測定機器の校正などで使用されています。

他にも色々あるのですが…あんまり書くと本業バレそうなのでこの辺にしておきます。

追記
投稿後にTwitterを巡回してみたところ、病院で聴力を測った結果を等ラウドネス曲線に紐つけて語っている方を数名見かけました
聴力測定で使われる単位はdBHLと言って、これは健康な人が聴き取れる最小の音量を0dBに設定しています。
理論上はですが、適切な環境で健康な成人の耳の聴こえを測定すると、結果はグラフは0dB前後の音量でほぼ横一列となります
この単位にも等ラウドネス曲線は生かされています。
このことから、測定結果のグラフのうねりがある場合、"等ラウドネス曲線に則した聴こえになっている"というのは間違いで、むしろ「被測定者の聴こえ方がどれだけ等ラウドネス曲線から乖離しているか」ということを示しています。

この図を音楽に役立てる方法

音楽編集での重要度はかなり低いと私は考えています。

そもそも音楽に関しては、耳だけで音を聴いているわけではなく、空気の振動を体や骨でとらえている部分もあります。

これはとあるお医者様が一般向け書籍で書かれていたことなので、ここに書いても問題ないかと思いますが、「いわゆる"気配"の正体は人間の耳で感じられない微細な音(空気振動)を体で感じ取っているのでは」という話もあります。

また、一般的に可聴範囲外と言われる20kHzより高い周波数であっても、音の印象や人間の感情に影響を与えることが研究で分かっています

この話についてはHOOK UP.INCに掲載されているルパート・ニーヴ氏のインタビューにて確認することができ、ほとんどの人は60kHz程度までの音を聴き分けることができ、感情に影響を及ぼしていることが分かります。

長々書きましたが、要はするに我々は耳以外でも音を感じ取っているのです。

もちろん、こういった統計・学術的資料は大切なのですが、音楽というのは単純な耳の可聴閾値の話だけでは完結できないということは伝わってほしいなと思います。

また、先ほどの話に戻るのですが、この等ラウドネス曲線は身体の発達とともに変化します。

小さいころを思い出してほしいのですが、「子供の頃は音がキンキンして聴きにくいと感じた曲や楽器が、大人になってから聴きやすくなった」とか、「小さいころは周りの色んな音がうるさく聞こえていたが、大人になってからは平気になった」という記憶はありますでしょうか?

自分にはありません。特に疾患等が無ければ私と同じ感想かと思います。

もしこの曲線図が音楽制作で多大な影響を及ぼすものならば、小さいころと大人になった後では同じ曲を聴いた時の音の印象や感想が異なっているはずです。

これについては理由は正直分かりませんが、ある程度脳が勝手に補正を掛けているという話も聞いたことがあります。
イラストや写真などでも「記憶色」なんて言葉がありますよね。
人間なんて案外テキトーな生き物なのです。

では、まったく無意味かといえばそういうわけではありません。

例えば僕がよく使う手法で、ギターやドラムパートにEQを挿入し2~4kHz近辺をワイドなカーブで1~2dBほどカットする設定を作り、ボーカルやギターソロなど重要なパートが鳴っている場面でオートメーションでオンにするということをよくやっています。

こうすることで前奏時に楽器隊の密度を保ちつつ歌のための場所を空けることができます。(もちろん削るのはここだけじゃないですが、全部手の内を明かすのはあまり良くないのでこのくらいに留めます)

また、マスタリングで音が渋滞していると感じる際に見直すべき周波数帯のひとつとしてもピックアップしています。

音に対して敏感ということは、ここが出すぎると人間は苦痛に感じます。

例としてですが、嫌な印象を抱く音としてよく挙げられる「黒板を爪で引っ掻く音」には、等ラウドネス曲線で突出している2kHzから4kHz近辺の周波数が多く含まれています。

この部分については音楽にも応用できる話であり、例えば音源を再生した際に所謂"息苦しさ"や"詰まり感"のようなものを感じる場合は、重要ではないトラックの当該周波数をカットしてあげることで落ち着くこともあります。

即戦力な話として、歌ってみたでオケとボーカルを合わせた際、ボーカルが埋もれたり耳への圧迫感が強いと感じる時は、オケの3kHz近辺をワイドに1~2dB程度削ったり、MS処理が可能ならサイドへ逃がしてみてください。

1~2dB程度なら大きく印象は変わりませんし、フェーダーワークやボーカルの処理に問題がなければ、少しだけ息苦しさが軽減できるかなと思います。


最後に

長くなりましたが、等ラウドネス曲線の理解の助けや、ワークフローへの取り入れ方の参考になれば幸いです。

とはいえ、音楽に一番必要なのはこういう小手先の話ではなく、耳と経験と感性です。

こういった小難しいグラフは自分に「何か特別なもの」をもたらしてくれるかのように感じるかもしれませんが、知識だけでは曲はつくれません。

現代では色々なデータに手軽に(そして節操なく)触れられる時代になりました。
これはメリットでもありますが、情報量が溢れすぎると結局何を信じていいか分からなくなる…ということもあります。
センセーショナルな話は目を引きますが、それが必ずしも大切なものとは限りません。
何か新しい知識を得た際は一歩後ろに下がり冷静に考える習慣をつけると、少しだけ世界が明るくなるのではと思います。(もちろんここで書いている話も含めてです。)

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