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伊地知英信『外来種は悪じゃない―ミドリガメのための弁明』を読んで

私は外来種問題に関心がある。
先日、伊地知英信『外来種は悪じゃない―ミドリガメのための弁明』を書店で見かけて読んだ。
氏は自然科学書、博物館展示に関する編集者・ライターであり、集英社版『完訳ファーブル昆虫記』の編集・脚注・訳注の執筆に関わった人である。

外来種をそのまま悪と決めつけるのは、やや早計ではないか。ほぼ感情的ではないのか。というか外来種の定義をどれだけ真剣に考えているのだ。
ミシシッピアカミミガメを飼育し、自然環境と生命を愛するあたたかいまなざしをもつ氏の視点を通して、外来種の歴史と現状、そして現在の外来種問題への新たなる提言をみることができる良書であった。
しかし、一点だけ気になることがある。氏は同書で「「定着」とはその生態系に組み込まれたという意味で外来種にとって重要な「事実」(p15)」
であり、「在来種が外来種に「負けて」しまうのは、在来種が、新顔の外来種に対して進化の過程で防御する手段を発達させる機会がなかった(共進化の関係になかった)からだと説明する」従来の生態学の主流に疑義を提示している(p70)。
なるほど、外来種も在来種の餌になりうるのであり、生態系として定着したということは、その外来種も何かしら役割を担っているのであろうと、私は納得した。そして、本書をきっかけに、興味の糸に導かれるがごとく、日本のカメに関する書籍や論文を色々と読んだ。
そのうちのひとつが、野田英樹・鎌田直人「淡水性カメ類の個体群特性と食性の関係」『爬虫両棲類学会報』2004(2)である。これは同書の主要参考文献にはない論文であった。
同論文では、複数の調査地でカメを捕獲し、個体識別調査を行い、糞分析と生息域の生態系調査を合わせて行うことで、カメの個体群の特性と、食性の関係を明らかにしたものである。詳細は同論文を参照してほしい。
調査地の生態系調査では、電撃捕獲機によって気絶した生物を網で捕獲し、計測した。電撃捕獲の結果、ブルーギルが1127個体と高い割合を占めており、野外においてイシガメがブルーギルを捕食することが確認されているため、イシガメの平均体重と溜池に生息する生物生態系とのあいだに有意な相関があるのではないかと論文著者らは予想した。しかし、実際には溜池に生息する魚類や、もっとも多く捕獲されたブルーギルのバイオマスとのあいだに有意な関係は見られなかった。結論としては、外来魚は、イシガメの餌にも、競争者にもなりうることが原因であるとされている。
正しく理解できている自信はないが、つまり、この論文が示すことは、ブルーギルがたくさんいるからといって、イシガメにとって豊富な餌として機能しているというわけではない、ということではないのか。
ただし、石川県の複数調査地とはいえ、一事例であるという点は考える必要はある。さらに、イシガメにとってブルーギルが餌になりうる点は、同論文と伊地知氏とのあいだに矛盾はない。また、私は自然科学に明るくないので、伊地知氏や、上記論文の論旨を誤解している可能性もあるが、ご了承いただきたい。繰り返すが、伊地知氏の書籍は、外来種問題を考える人であれば読むべき良書である。
外来種問題に関する思索を深めるためには、自然科学的な分析と、これまでの自然と人間の交流史、自然観などを踏まえた分析との、両方が必要である。問題解決に向けて、考えること、行動することが重要である。


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