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『バリ山行』を読んだ登山未経験筆者が低山に挑む

登山の魅力に気づいてしまった……。


4ヶ月前松永K三蔵『バリ山行』の記事を書いて以来、実は少しずつ山に惹かれる自分がいた。


この記事では神戸という「山の隣の街」という視点から『バリ山行』を読んでいったが、実のところ私の住んでいる町田もそこそこ山に近い。
多摩丘陵のちょうど入口に位置する町田市はクソ坂の多い起伏に富んだ地形が特徴で、青山学院大学陸上部をはじめとする体育会系の超強豪がキャンパスを構えているスポーツのメッカだ。

都心から丹沢・箱根・御殿場に向かう際の通過点でもある町田駅前にはVictoria好日山荘といった登山用品店が並び、南町田まで足を伸ばせば日本最大級のモンベルまで存在している。
今から思えば恐ろしいほどに登山初心者への優しさを誇る街であり、完全に「町田に住むなら山に行け」と悪魔が囁いている

そんな町田の喫茶店である日コーヒーを飲んでいると、隣の80代後半くらいのご夫婦と、若干年下に見えるご婦人が登山トークに花を咲かせていた。

そこでは「もう私後期高齢者で……薬も沢山飲んでいるし……」と謙遜するご婦人に「登れるのは今のうちなんだから!!!!」という力強い言葉が老夫婦からかけられており、私は矍鑠たる大先輩たちにただただ恐縮するほかなかった。

というか、そんな言葉を聞いてしまったら私が登らない理由はない。

ただ、私は山の知識・経験・装備全くのゼロだ。
まずは「偵察」ということで……神奈川県伊勢原市の大山阿夫利神社下社にケーブルカーで散歩に行くことにした。
中高はひきこもりの不登校、大学では文芸しかやっていなかった自分は、人生において体力づくりの経験が一切ない。
となれば、山の雰囲気を味わうのが第0段階だ。
まあ、神社に参拝するだけなら……。

結論、バテる


ダメでした。

大山は丹沢山塊のシンボルとして知られる山で現在も大人気だが、実は伊勢原駅から神社までそこそこ距離がある。


大山ケーブルバス停まで路線バスで30分、そこから15分ほど歩いてケーブルカーに乗れるのだが、この間にはこま参道という土産物屋が並ぶ楽しいエリアと……367段の石段が待っている。



バテバテで撮ったこま参道

登山装備で身を固めた人々がスイスイ登る中私だけはバテバテで、体力がないのに加えて全身に蓄えた脂肪の重みがとんでもない。肥満であることの罰をこんなにアクチュアルに感じたのは人生で初めてだ。
なぜ登山を始めたのですか? と聞かれるたび、私は「肥満であることの罰を受けに行っている」と毎回答えている。
平地であれば肥満で突然死するケースはそこまで多くないだろうが、山だったら話は別だ。
関節痛で行動不能に陥るリスクも、体力と集中力の限界が早く来て滑落するリスクも高い。そもそも登山上級者は数グラム単位で荷物を軽くするために試行錯誤を重ねているのに、私は何が悲しくて10キロ単位の脂肪を抱いて登っているのだろう。

というわけで……この日は下社と大山寺をお参りしてそそくさと帰還。きっちり筋肉痛に魘された。


小田急発行の丹沢・大山フリーパスの宣伝のため、阿夫利神社を楽しむもころん


さらに悪いことに、ここまでの交通手段のどこかでなんとコロナをもらってしまい、まるまる一週間寝込むことになった。感染対策はしっかりしよう!

それでも、低い山を目指して


だが、阿夫利神社の神奈川県を一望する絶景に心動かされた自分がいたのも確かだ。
長年寺を巡ってきたこともあり、もともと自然は好きだ。ならばやはり山に登れるようになりたい。
というわけで私は本格的にジム通いを始め、食事制限をしながら見様見真似で体力づくりを始めることにした。一か月で3kg、体脂肪率もきっちり落とし、体はかなり動くようになった。
『バリ山行』で(仮名で)紹介されていたヤマップ、ヤマレコといったアプリも入れて、いつの間にか「登山が趣味」の人間になりつつあるのを自覚していた。すれ違う人が身に着けるアウトドアブランドをついつい見てしまう主人公の癖も、今ならわかる……。

平日はジムで有酸素と筋トレ、そして週末には日ごろの努力を測る小テストとして、ごくごくライトな山(というか寺)に登り始めた。
鎌倉アルプス、道了尊、高尾山……どこもかしこも魅力しかない!


鎌倉・天園ハイキングルートの終わりに位置する瑞泉寺の石段


鎌倉アルプスのピークのひとつ、大平山


高尾山頂より。富士山は見えないが朝の山々は美しい


大山とも関わりの深い道了尊の石段。高所恐怖症なので死にかけた


道了尊の清滝不動。暑かったので涼しい空気が染みわたる


こうした魅力的な低山に1時間~1.5時間もあれば取り付けるのが町田のいいところだ。登山靴、ザック、服や用具を一通り揃え、同時にだんだん体力に自信をつけた私は、11月末に大山山頂を目指すことにした。

どうなる? 大山登山


大山は「初心者向け」とも「初心者やめとけ」とも紹介される、判断の難しい山だ。結構迷っていた私の決め手は鎌倉アルプスで知り合った方に「次に登るなら大山がおすすめ」と背中を押されたことだ。
やはり「初心者チュートリアル卒業のためのボス」といった立ち位置なのだろうか。

この頃になると登りたい低山リストも増えてきて、「大山の前に金時山かな……」と迷ったりもしたが、紅葉ライトアップでケーブルカーやバスが増便していることもあってこの時期がベストだろうと踏んだ。結果として正解だった。


ケーブルカーで下社に着くと素晴らしい紅葉が出迎えてくれる


一か月前は見るだけで足が竦んでいた登山口の階段。普通に登れた


標高を上げると冬枯れの世界へ。大山表参道の難しさはこの岩場にある
順調そうに見えるがとにかくペースが遅く、しょっちゅう休憩を挟んだ


人生で初めてこんなにきれいな富士山を見た。
初登山でこれは辞められなくなる……


登頂!

というわけで、どうにかこうにか登頂に成功。
普通の人間にとっては小さな登頂かもしれないが、私のような体力クソザコ人間にはこの上なく大きな登頂である。

写真でもわかる通り、「あめふり山」の名を持つ大山が真っ青に澄んだ空を見せてくれた最高の日で、伊豆大島までくっきり見ることができた。
ペースは本当にゆっくりだったが、同じくらいの速さで登っていたため道中何度か話した(最近登山を再開したそうだ)方から差し入れの板チョコまでいただいてしまった。初心者に優しい山の世界……本当に嬉しすぎる……。

下山もかなり大変で「なんで山頂まで来ちゃったんだろう」と普通に後悔し続けていたが、なんとか無事に帰還した。
どうやら私は膝……というか脚の筋肉がもともと恵まれているようで、筋肉痛はあっても膝痛には見舞われていないのが救いではある。もう少し絞ればきっと難易度を上げた山にも挑戦できるだろう、という自信もついた。

今度は雪が降る前にヤビツ峠からも登ってみたいし、弘法山のような別のお手軽な山にもチャレンジしたい。難しい場所を一つクリアすれば世界がもっと広がる、という感覚をゲーム以外で味わった経験は今まであまりなかった。

ちなみに帰りは大山寺に寄ってみた。最高のご褒美が待っているからだ。


大山寺の紅葉

また来たい。そう思えるようになって本当に良かった。
一か月でも、人は結構変われるようだ。