ミリオンのアニメはアイドルマスターミリオンライブというものをかなり正確に表現している
この記事の対象読者
ミリオンライブ以外のアイマスのオタクで、ミリオンのことはぼんやり知ったり知らなかったりしてるくらいの人
筆者の立場
ASから始まってMOIW2014からうっすら全マスを追っかけてるくらいの人間。基本的にライブはLVやら現地やらで見れるものは見てきた感じ。(DS含む)ASデレミリシャニがそこそこわかる、sideMもちょっとはわかる、KRヴイアラはわからない、位の人
アイドルマスターのオタクは今「アイドルマスターのアニメ」に何を求める?
「2023年、アイマスはアニメに本気」というコピーが発表されている通り、劇場先行公開をカウントすると、今年だけでU149、ミリオンライブ、シャイニーカラーズのアニメが公開されます。今までのアイドルマスターのアニメTVシリーズ(765AS,シンデレラ,sideM)を合わせると、計6つのアイドルマスターのアニメが発生するわけ(ぷちますとかシン劇とかはまあ別カウントとさせてください)で、ミリオンライブのアニメ(以下、ミリアニ)はその中の5つめのアイマスのアニメとなるわけですが、ここまで見てくると、
アイドルマスターのアニメって同じような流れじゃない?
ということを思ったことがある人もいると思います。そもそも物語の類型がどれくらいあるんだという話にもなる気もしますが、めちゃくちゃ雑に言うと大体アイドルマスターのアニメは、
最初の方ちょこちょこ失敗しながらも成長していく
一回それなりに大きい仕事で成功して勢いに乗る
クリティカルだったりシリアスな問題が発生する
解決してライブで〆る
という感じになってる、と言っていいと思います。
では、二作目、つまりシンデレガールズ以降のアイマスのアニメはすべて新鮮みがなく面白いと感じなかったのかと言われると、(少なくとも自分は)全くそうは思っていません。それはなぜかというと、ASはASなりの、シンデレラはシンデレラ(U149はU149)なりの、sideMはsideMなりの問題、反応、成長を見せてくれていたからだと思っています。
もともと男性アイドルプロデュースコンテンツとして差別化されているsideMは別として、他はすべて可愛い女の子をアイドルとしてプロデュースするゲームという点で共通していて、そんなゲームが2個も3個もある必要あるのか?という話にも繋がってくると思うんですが、その解答として、単純にキャラクターや絵柄が違うことの他に、コンテンツ全体の運営、アプローチが異なるというのが大きいと思います。流れは似ていても、切り口が違う、という感じでしょうか。
つまりアイドルマスターのオタクがアイドルマスターのアニメに求めるものとは、シナリオのおもしろさや楽曲の質などよりも「そのアイドルマスターを表現してくれているか」だと思っています。
アイドルマスターミリオンライブとはどういうアイドルマスターなのか
これについては本当に人の数だけ論があると思うのですが、ここでは以下の2点を取り上げたいと思います。それは、
765ASの直接後継となるアイドルマスターである
(シンデレラガールズと対称的に)「全員」をコアコンセプトにしているアイドルマスターである
ということです。
765ASの直接後継となるアイドルマスターである
ミリオンライブのシアター組と呼ばれる39人のアイドルは、765プロの後輩、後継新人アイドル集団ということで定義されています。シンデレラのアニメやシャニの漫画でも先に事務所の所属していた、という意味の先輩アイドルが描かれていた事はあったと思いますが、そういう単なる業界の先輩後輩以上の「後継」というニュアンスがかなり大きいです。それは、精神性を含めて受け継いでいるから、というところによるものだと思っています。
ASの精神性がなんなのかという話は2つ目の話でするとして、ここでは明確な後継コンテンツとして最初からデザインされている、つまり765プロASの輝きを目標に、アイドルをやっているということが根底にあるということが重要です。ここまで明確に上下(という言葉はちょっと不正確かもですが)関係がくっきりしているアイドルマスターは他にないので、これは大きいミリオンライブの特徴でしょう。
(シンデレラガールズと対称的に)「全員」をコアコンセプトにしているアイドルマスターである
シンデレラガールズは、おそらく一番不平等なアイドルマスターだと思います。登場時期、SR、SSRの数、イベント登板数、楽曲、ボイスの有無、ライブの出演数、そして何より総選挙と、あらゆる軸でもって比較、競争があります。それは多すぎるアイドル数に対してのリソース配分の判断材料ということもあるでしょうし、またそういうバチバチした環境から生まれるエネルギーこそが、シンデレラガールズをアイドルマスターの中でも特に一大ブランドに押し上げた、という事実があると思っています。
ミリオンライブはそれのカウンターコンテンツとして出てきただけあって、全く対称的です。基本的にソロ楽曲は全キャラ4曲あり(一部キャラだけ登場時期の都合で3曲ですが、シンデレラガールズで3曲ソロを持っているのは両手で数えられるくらいのアイドルなこと思うと凄まじいことです)、また殆どの出番がローテーション的に回ってきます。ライブにもスケジュールのや健康上の問題等々はあれど、ほとんどの演者さんが少なくとも2,3ライブに一回は見れる、という感じで、基本的に供給の差が(まったくないとは言いませんが)かなり少ないと言っていいと思います。
それぞれ有名な、以下のニ曲のフレーズの対称性が印象的です。
またこの「一人も手放さない」精神はシンデレラのカウンターであると同時に、先程触れた受け継いだASの精神性であるとも言えるでしょう。52人の規模を持ってなおこの精神性でコンテンツを継続していることが異常であるとも言えます。
そして逆説的にこの精神がアニメ化を困難にしているという自覚も、ミリオライブのコミュニティにはありました。一部のキャラだけがフィーチャーされ、残りはカメオ出演という形はこの在り方のアニメ表現としては許容できないし、だからといって担当回だけで52話やることは到底現実的ではないとわかっていたからです。
まとめの本題
アイドルマスターミリオンライブのアニメは、上の2つに上げた要素をとても上手く、現実的に組み込んでいると思いました。その結果、それをどう思うか、ということは個人の感性によるものなので、絶対に面白いということは保証できません。しかし、このアニメはまさにミリオンライブのアニメだ、ということは安心して言うことができる出来になっていて、今ミリオンライブのファンが一番喜んでいるのはそういう理由が大きいと思います。
「面白いと思ってくれとは言わない、ただミリオンライブというアイドルマスターがどういうものなのか、見届けてあげてほしい」という気持ちがあるのは自分だけではないと思っています(自分は全マスおじさんなので、ミリオン専門の人でもしデレやsideMのアニメを見てない人がいたら、それは同じくらい見てほしい気持ちがあります)。その気持ちでこの記事を書きました。
サービスインから10年越しのアニメ化ということで、これはASのアニメ化よりなお長い、アイドルマスターとしては最長期間経ってのアニメということになっていますが、それは結果的にそれだけ経ったというだけの話であり、見る人にはあまり気にしないでほしいと思います。キャラクターのゲームアプリセリフでは出てこない解像度の演技などでみずみずしく描かれる一つのアイドルマスターを、純粋に見てみてほしいという気持ちでおすすめはしていますが、アニメのOPの最初の歌詞に、制作側の切実な気持ちが込められているな、と強く感じたので、最後に紹介して終わります。