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侘び寂び



1章 二人きりで

白夜の視点

私は深森白夜と言います。幼少期に両親を病で亡くしてからは孤児院で過ごしていました。家族と過ごした時の記憶はあまり残っていません。高校生になってからは孤児院を出てバイトを掛け持ちしている一人暮らしを送っています。家では窓越しの空を眺めながらボッーとしたり暖かい白湯を飲んだりしています。
学校では友達を作る事はおろか、誰とも言葉を交わした事がありません。私がわがままな貧乏人だから仕方ないと割り切ってはいたのですが他人から貧乏人だからという目で見られているかもしれないと思うとどこか悲しい気持ちになってしまいます。
そんな事を思い出しながら今日も一日を過ごしています。

今日の夕方、部屋からふと窓の外を見ていると、メガネをかけて黒いジャケットを着たいかにもエリートらしい風貌の男性がいました。ミラさんは夕焼けをバックにした出立ちを披露しています。まるで光に闇が溶け込んで行く様なコントラストを体現していて美しかったです。
彼の名前はミラといい、悪の組織の参謀をやっているそうですが近くの公園で私が空腹で倒れそうになっていた所にスポンジケーキやコーヒーを振る舞ってもらい、飢餓状態から救われた経験があります。それからも彼は私の事を気に掛けてくださり、2日に1回程公園でティータイムをしたり私の狭い家に泊まってくれるのも半ば日課になっています。何故そんな優しい心を持つミラさんが悪の組織に所属しているのかが私には理解出来ないのです。
一緒に過ごしているといつも私ばかりが幸せになっているのでいつか私も彼を幸せに出来る様な恩返しがしたいです。

ミラ「白夜。お前は今日も顔色が悪そうだな。やはり仕事中でも私は君から目を離すのは怖いな。一つ聞こう、ご飯はちゃんと食べているのか?」

白夜「一応毎日ご飯と味噌汁は自分で作れるので健康には問題ないと思います。」

ミラ「何を言っている?それだけでは足りないだろう。白夜が最近働き過ぎて疲弊していた事は悪の組織の全員が知っている。事前に出前していたシャトーブリアンがあるから二人で食べよう。」

白夜「いつも私の事を見ていてくれたのですね。照 いつも私ばかりがミラさんに良くしてもらっているので私もミラさんの為に何か出来ないかなって...。」

ミラ「そんな事は考えるな。私が愛した君が幸せに生きてくれれば自然と私も幸せになれるから。私に出来る事なら何でも相談してくれないと私自身が困る。」

白夜「ふふっ...、ミラさんにもそんな優しい一面があるのに周囲から理解されないのが不思議ですね。笑」


その時、ミラさんの眼鏡が勢い良く割れてしました。褒められるのが苦手で照れてしまったのかもしれません。


ミラ「『ふっ、扶養してしまいたいッッッ!』...、君だけが分かってくれればそれでいい。(キリッ」

白夜「ではこれから料理してきますね。少々お待ちください。」


ミラさんは優しい目つきをして私に微笑んでくれました。

私は一旦席を外して夕食の準備を始めました。


ミラの視点

私はは冷酷無慈悲な悪の参謀として悪逆の限りを尽くしているが、私と同じく両親を亡くしても自分に負けずに生きている白夜にだけは異なる感情を抱いていた。彼女がどんなに貧しくても、どんなに周りから孤立していても、私だけは彼女のそばで支えられる同志でありたいと願い、それを実現しようとした。

彼女の家で過ごすひとときは、私にとって至福の時間だった。彼女が幸せに生きられるなら、私は悪の組織や世界中を敵に回す事も厭わない。いや、万が一にでも白夜を不幸にする様な不届き者がいたら私が奴らを血祭りにあげてやる。
ただ、白夜の傍にいたい、いや、いさせてください。


白夜「お待たせしました。」

ミラ「ありがとう。ではいただきます。」


私はいつも食卓に並んでいるご飯と味噌汁に加え、今日はミラさんに出前してもらったシャトーブリアンをミディアムレアの焼き加減にして塩を振ってからいただいています。
肉質が凄く柔らかいので口に入れるだけでとろけてしまいます。ミラさん曰く最高級の牛ヒレ肉だそうです。脂も控えめなので濃い味や脂っぽい食べ物が苦手な私にとってもありがたい一品ですね。


ミラ「シャトーブリアンは美味だったか?」

白夜「ええ。とっても美味しいです!どこでこの様な高級食品を買ったのですか?」

ミラ「我々悪の組織からすればこれくらいタダ同然だからな。君が心配する事はないさ。」

白夜「どうして、ミラさんはいつも私なんかに優しくしてくれるんですか?」


ミラの視点

白夜は眉尻を下げてもじもじしながら尋ねるを繰り出した。その仕草に癒やされてしまった事で私の脳と理性が崩壊した。白夜の可愛さと癒し効果によって何かが発動しそうになったので私は深呼吸を唱え、昂った感情を整理整頓する。


ミラ「『幸せにしたいッッッ!というかさせてくださいッッッ!』私なんてという言葉を使うな。そんな事はどうでもいい。ただ私がお前が好きだからだ。それとも他に理由がいるのか?」


白夜の視点

ミラさんは単刀直入に答えてくださいました。たとえミラさんが悪の参謀で過去にどんな事があったとしても私を傍で支えてくれたミラさんが大好きです。


ミラ「ただ一つ約束して欲しい事がある。これから先も、会えなくなっても、どこで何をしていても、君は私のそばにいて欲しい。世界の全員が君をどう思っていようと、私にとって君はたった一人の私を支えてくれるかけがえのない存在だから。」

白夜「ええ、喜んで。ミラさんにいつかこの恩は返します。それまで待っていてくださいね。」

ミラ「フッ…、笑 まあ期待せずに待ってるさ。」


まだまだミラさんにお世話になる事は多いかもしれませんが、それでも私はこうしてミラさんが私と一緒にいられる日常が幸せでした。


2章 社会的立場

白夜の視点

今日も学校では一人で過ごしており、ミラさんは組織で仕事をしています。中々周囲に馴染む事は難しいと思っていたのですが、今日はいつもと違って数人でつるんでいるグループの人達が私を睨んでいる様に見えました。


今日の昼休みにその同級生達は私に向かって本音を言い放っていました。


同級生A「ここには何故貧乏人いるのか。」

同級生B「貧乏人の命なんて軽い。」

同級生C「正直消えて欲しい。」

その直球な本音は、まるで冷たい刃物みたいに私の心に突き刺さってしまいました。私は皆にとってただ迷惑だから消えて欲しい存在だった事を直感的に理解してしまい、自分の生命の重さに価値を感じなくなってしまいました。

もしかしたらミラさんも表面上取り繕っているだけで実は助けてもらってばかりの私の事を迷惑に思っていたのかもしれない。という思い込みが授業中も放課後帰宅してからも頭から離れなくなりました。最終的には自分が存在する事で人に迷惑を掛けるなら、生きるのはもうやめようと思いました。そもそも私は孤児院に入って手が掛かってしまう前に死ぬべきだったのかもしれません。そしたら私以外の子供達に私に割いてもらったリソースを分け与えられたかもしれないのに。

その日の夜、幸いミラさんは仕事をしており自宅には来なかったので私は首を吊って自らの命を絶つ事を決意しました。少し遅くなりましたが私がやるべき事に気付きました。


ミラ『白夜。お前は今日も顔色が悪そうだな。やはり仕事中でも私は君から目を離すのは怖いな。一つ聞こう、ご飯はちゃんと食べているのか?』

ミラ『何を言っている?それだけでは足りないだろう。白夜が最近働き過ぎて疲弊していた事は悪の組織の全員が知っている。事前に出前していたシャトーブリアンがあるから二人で食べよう。』

ミラ『そんな事は考えるな。私が愛した君が幸せに生きてくれれば自然と私も幸せになれるから。私に出来る事なら何でも相談してくれないと私自身が困る。』

ミラ『...、君だけが分かってくれればそれでいい。(キリッ』


ミラさんと一緒に過ごした幸せな思い出を胸に秘め、私の意識は深い闇の中へと消えていきました。

悪の参謀なのに優しい心を持つミラさん、今まで私のそばにいてくれてありがとうございました。あなたの事は死んでも忘れません。どうかお幸せに。

こうして、深森白夜の人生は幕を閉じました。


3章 絶望の真実

ミラの視点

白夜が命を絶った事件から数日後、白夜が私のいない所で殺されたという絶望の真実に打ちひしがれ、幸せを全て奪われた私の心には地獄の業火だけが残っていた。肝心な時に多忙だったとはいえ、何故私は白夜から目を離してしまったのか、例えストーカーとして認識されようとも白夜を学校まで尾行すべきだったのだろう。
しかし、ただ絶望するだけでは何も変わらない。私は組織の本部に戻り、白夜を殺した犯人達を徹底的に調べ上げ、白夜を殺した奴らに制裁を下す計画を確信した。

約5分程で白夜を殺した張本人達を特定した。奴らは白夜の学校の同級生であり、いつもつるんでいる連中だった。白夜を殺した貴様らだけは私の手で直に葬り、悪の組織を敵に回した事を懺悔させてやる。


白夜の学校は大体15:00に下校だったな。私は学校に忍び込み、張本人達を捜索する。10秒程で奴らを見つけ出したが奴らは己が殺人を犯した事を忘れているかの様に笑いながら帰っていた。


同級生A「冗談のつもりで言ったら本当に死んじゃったんだけどwww」

同級生B「あんな軽口を真に受けて自殺するとか情けなっw」

同級生C「所詮貧乏だからなw 別に死んでもいいわw」

同級生達「アハハハハハハハハwwwwww」

ミラ「よう。」

同級生B「はい、何すか?」

ミラ「深森白夜を殺したのはお前達だな。白夜がお前らに何をした?白夜は毎日寝る暇もなく働いてて誰にでも分け隔てなく優しく出来る純真無垢な少女だっただろう。何故お前達はそんな彼女に手を出した?」

同級生A「何の事ですか?w」

同級生B「私達は何もしてませーん。あの人が勝手に死んだだけでーす。w」

ミラ「メラゾーマッッッ!」


白夜が自分達のせいで死んだという事実を思い知らされてもヘラヘラした態度を取り続ける犯人達に怒りが沸騰したので見せしめとして放ったメラゾーマの名を持つ業火魔法が犯人の一人を焼き尽くした。


同級生A「おぎゃあああああああああああああ泣」


残り2名も仲間が灰と化した惨状が目に焼き付き腰を抜かして動けなくなり、周囲にいた人間全員も怯えながら悲鳴を上げ、大騒ぎになっている。だが私の計画は止まらない。


通行人達「きゃああああああああああああああッッッ!」

ミラ「どうだ?お前達が私と白夜に負わせた傷は痛いか?だが私達が負った傷はこの程度ではない。」

同級生B「いや違うんです...、私達にそんなつもりはなかったんです...。」

同級生C「うわあああああすみませんでした!許してくれたら何でもしますから命だけは助けてください!泣」


奴らは自分達が殺されると分かった瞬間に醜く汚れ切った泣き面を晒しながら命乞いを始めた。本当に救い難い程惨めだ。私が望むのは全ての人間の幸せなどではなく、白夜ただ一人の幸せだけだった。しかし、今目の前にいるクズ共にその幸せを無惨にも踏み躙られ、奪い去られてしまった。もう私に守るべき物はない。ただ仇への復讐を完遂するのみだ。


ミラ「今更謝れば許されるとでも思ったのか?貴様らの様なクズに掛ける情などない。責めて最期くらいは潔く死んでもらう。」

同級生2名「うぎゃあああああああああああああ痛」


残りの2人もメラゾーマで焼き尽くして殺戮という名の制裁を完遂した。その頃には既に警察が学校に駆けつけており、ここにいれば捕まるのは時間の問題だ。私は滑空して通行人の悲鳴やパトカーのサイレンが街中に響く中、警察や街から逃亡する。人間界に背を向けて。



全てが終わった後、私は白夜の家にもう一度行く。


ミラ「君の仇は私が討った。全て終わったよ、白夜。」

守るべき同志である白夜も、憎むべき仇敵達も既に存在しない。私自身もただ肉体が生きているだけの亡骸と化していた。しかし、そう遠くない内に警察はここを特定して追って来るだろう。その前に逃れる為の手を打たなくてはならない。
全てを壊したい。何もかも消し去りたい...!白夜がいない世界など私に取っては何の価値もなかった。
私は遂に自分自身は全てを終わりにして逝く事ができるが客観的に見れば禁句とも言える、最低最悪の手段を取ってしまった。


ミラ「メラゾーマ…!」


幸せと生き甲斐の全てを失った私は渾身の力で自らに向けてメラゾーマを10発放ち、私は白夜の後を追い、闇へと堕ちていく。連続で発動したメラゾーマによって生み出された業火は白夜の家に飛び火し、私と白夜の亡骸と共に朽ち果てる。
そう、これでもう一度白夜と再び二人きりで過ごす事が出来る。待っていて、直にそちらへ向かうから。

こうして悪の参謀たる私の復讐劇は完遂し、真の夢を叶える為に人生と生命にも終止符を打つ。


最終章 闇に堕ちる

目を覚ますと私は死後の世界へと他界していた。殺人を犯した罪人は地獄へ落ちるという迷信を聞いた事があったが、今私が迷い込んでいる場所はまるでブラックホールの様な、ただ真っ暗な何もない幻の世界だった。
私が行く宛てもなく彷徨っていると白夜の幻影を見つけ、白夜も同じく私の幻影を察知した。


白夜「ミラさん...!何故来てしまったんですか…!?」

ミラ「君に会う為に後を追ってきた...!君のいない世界に価値などないから…。」


私は再会した途端に涙を流しながら白夜を抱きしめる。自分が一瞬でも白夜から目を離した事を後悔していた。もう彼女のそばから離れない、いや離したくない。


白夜「すみません…、私が不甲斐ないからミラさんまで殺人鬼になってしまって…。」

ミラ「違う...、私はただ自分の意思、君に会いたい一心でここまで追ってきた...!こちらこそ本当にすまない、私が一瞬でも目を離してしまったからこんな事に...!どうか許してくれ...。」

白夜「いえ、それでもミラさんはこうしてまた会いに来てくれました。あの頃とは違う形になってしまったけれど、私はそれで嬉しいです。」


私は白夜との再会に涙が止まらくなった。白夜はそんな私を強く受け止めてくれる。白夜からスキンシップを起こしてもらえたのは生前一緒にいた全ての時を含めても初めてだった。白夜に受け止めてもらうとマシュマロの様な弾力と柔らかさに包まれていたが、悪の参謀たる私が白夜に情けない姿を見せる訳にはいかないので気合いで溢れ出る涙を引っ込めて立ち直る。


ミラ「当然の結果だ。どこにいても私は君をどこまでも追いかけるだろう。ただ、君が殺人鬼と化し、ここまで汚れ切った私でも受け入れてくれるのか…?」

白夜「例えミラさんが本当に悪の参謀で殺人を犯しまい、世界から後ろ指を指されたとしても私は気にしません。生前にミラさんが貧乏でわがままな私に手を差し伸べ、受け入れてくださった様に、今度は私がミラさんを許します。」

ミラ「『ズッキューーーーーーン!♡ 何て優しい弥勒菩薩様...!』ならもう言う事はないな。では膝枕をしてもらえるかな?」

白夜「ええ、お気に召すままに。いつも私の為に色々良くしてくれたり、もう疲れちゃいましたよね。今度は私が癒して差し上げます。」


私は白夜の太ももに頭を置かせてもらい、そのまま埋まる事にした。
白夜が醸し出す柔らかな感覚と雰囲気に和んでいる私は眠気を催し、死後の世界のはずなのに再び何かが発動しそう、というより今度は本当に発動してしまった。
そして、私は死ぬ直前に心に宿っていた業火が白夜に身を委ねる頃には暖かい陽だまりの様な感触に様変わりしている。闇の中へ堕ち、視界が真っ暗になる中でそんな白夜の温もりを感じながら意識が朦朧としていく。

生前と違う形とはいえ再び白夜と二人きりの時間を復元するという夢が叶った。
そう、これが私の望んだ未来。共に歩もう、深森白夜。