2000字のドラマ「トー横キッズ」
大人は嘘をつく生き物だ。
Withコロナとかコロナ後の世界とか誰が言い出したのだろうか?
ワクチンを接種すれば元の生活に戻れると信じていた大人たちは、相変わらずコロナに脅える日々。それに比べて僕たち若者にとってコロナなんてただの風邪である。
だけど、大人たちの勝手な都合で都内の高校は全てオンライン授業が義務化され、高校生は画面越しの交流だけが続いている。もちろん僕もその一人で、クラスメイトとは入学式であっただけである。
そんな僕の楽しみといえば、共働きでありながら在宅勤務中の親の目を盗み、ある所に行くことである。
ここは、ネットだけの交流に飽きた似た者同士が集まり「リアルな交流」をしている場所である。
大人たちはここに集まる若者を「トー横キッズ」と名付けた。
新宿歌舞伎町のど真ん中にある映画館「TOHOシネマ」横の通りでたむろする子どもたちという意味らしい。
新宿歌舞伎町は東洋一の繁華街と言われているらしいが、僕には意味がよく分からない。でもひとつ言えることは、大人の街だった歌舞伎町が今は子どもの街になりつつある。
大人たちはコロナを恐れ歌舞伎町から逃げだしたため、大人たちが支配していたこの街は、今はまるで死んだように静かだ。
若者がトー横に集まりだしたのは、ここのリーダ的な存在であるピンク髪の少年が、TikTokやSNSに楽しそうに路上で遊ぶ様子を投稿したり、配信したところ認知度が広がり、リアルな交流を求める若者たちが徐々に集まりだしたのがきっかけである。
僕も「#(ハッシュタグ)」からトー横にたどり着いた。ピンク髪の少年は、いつもハイテンションだがお酒で酔っているわけでなく、左手に大好きなエナジードリンクを持ちがぶ飲みしながら騒いでいるだけである。ちなみ彼は仲間から「OD(オーディー)」と呼ばれている。これは薬物によるオーバードーズのことで、むかし薬を大量摂取して救急車で運ばれたことから自分でそう名乗るようになったそうだ。
ここにあつまる奴らは、だいたい何らかの悩みを抱えている。不登校、いじめ、育児放棄などいろいろ。みんな「OD」のキマって楽しそうな姿を見て救われているのだ。
「OD」はカリスマ化してひと声かければ100人集まるとも言われている。そんな彼らの暴走は止まらず、お酒や薬にまで手を出すようになり、それを買うためや遊ぶために必要なお金は援交で稼ぐといった具合だ。
僕はそこまで入りこんでいるわけでなく、少し遠くから眺めていることが多い。SNSも投稿はせず、ただ眺めているだけ。トー横キッズたちにも僕から積極的に話しかけるわけでもなく、聞かれたことに答えるだけ。でもそれだけでも楽しい。トー横キッズや「OD」の良いところは強制しないこと。お酒や薬は強制せずあくまでも自由である。それでも仲間に入れてもらえる心地よさがきっと支持されているのだろう。
ある日僕は一人の少女に出会った。彼女は「地雷系」と呼ばれるファッションで身に包み、どこかあどけなさが残る。それもそのはず。彼女はまだ14歳。手首にはその白い肌を切り裂く無数の傷を隠すためなのか、一輪の花のタトゥーシールが貼られていた。
彼女も僕と似た性格で、どこか遠くからトー横キッズたちを見つめ、ふざけあっている姿を見ていつもニコニコしていた。
いつの日かそんな彼女と二人っきりで過ごす時間が増えた。お互いのSNSをフォローし、トー横キッズたちが奏でる騒音のなか、一緒にTikTokやYouTubeを見たり、音楽を聴いたり、友達以上恋人未満という表現がピッタリな関係にまでなった。
7月7日の七夕は彼女の誕生日である。僕はその日に彼女へプレゼントを渡し告ると決めていた。相変わらず画面越しのつまらない授業を見ながら何日も前から何をプレゼントするか考えていた。そして決めたのが「クソツイTシャツ」。その名の通りクソみたいなツイートが書かれたTシャツである。彼女が欲しがっていたものだ。
早速ポチって購入した僕は七夕の夜、大人が消えた大通りでわずかに光るネオンがまるで都会でもうっすら見える天の川のような歌舞伎町を進み、トー横を目指した。
すると何人もの警察官がトー横にいるのが遠くから見えた。補導されると思い躊躇したが、顔を下に向けながらなるべく警察官と目を合わせないように近づいた。
すると僕の存在に気が付いたトー横キッズの一人が、僕に声をかけた。
「・・・死んだよ…。」
警察官たちの無線から聞こえる雑多な言葉でよく聞き取れずにいると、スマホに映し出された動画を僕に見せてきた。
それを見た瞬間今までに経験したことがない虚脱感に襲われ、それ以降の記憶はない…。
夏休みも終わり、学校は時差登校や短縮授業となりようやくリアルな高校生活が始まろうとしている。
SNSでは未成年カップルの飛び降り自殺動画が拡散されていた。
僕は毎月7日になるとキツメの「クソツイTシャツ」を着て、歌舞伎町のとあるビルの前に行く。そしてあの日と似た夜空を見ながら、小さな一輪の花とエナジードリンクをその場に置く。