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漫画レビュー 加藤雄一「やんちゃギャルの安城さん」

以前Amazonに書いていたレビューです。

今となっては情報が古い部分もありますが、掲載します。この後はますます素敵になっていますので、未読の方はぜひ読んで欲しいです。

加藤雄一先生がpixivに投稿された「ヤンキーっぽいクラスメイトの女の子になぜか話しかけられるマンガ」が原型です。なので、実は1話は瀬戸くんの性格がちょっと違います。多分、本編の瀬戸くんであればこの時点の安城さんにキスをしようと持ちかけられても断ります。

【以下、ネタバレ注意】
11巻まで読んでのネタバレ感想です。

この作品、表紙だけみるとちょっとエッチなオタクとギャルものですが、実は純愛ものです。しっかりと2人の心の動きを、台詞と表情、距離感、服装、体勢で表現しています。多分、加藤先生が真剣にこの見た目が正反対な2人が付き合うとしたらどういった場合なのかを考え、丁寧にストーリーを構築したのでしょう。以下、考察(妄想)です。

まず、なんで安城さんが瀬戸くんを好きになったのか。

1巻のやんちゃ6を皮切りに何度も描写されますが、安城さんはその格好から、男からは性欲の対象とばかり見られていて、「ヤラセてくれそう」という感じでアプローチされてばっかりだったのです。安城さんにとって、ギャルの格好は、自分を一人で育ててくれた格好良いお母さん(2巻のやんちゃ17)の姿であって、男を誘うためのものではないです。でも男が勝手に誤解してくるのでホント嫌だと思っていました。この漫画、安城さんの内心はほとんど描写されずに瀬戸くん目線で描かれるわけですが、言い寄ってくる男たちに対する不信感、嫌悪感だけはしっかり内心の声としても、表情としても描かれています。瀬戸くんに見せる顔と全く違うことも(2巻のやんちゃ22)。

加藤雄一『やんちゃギャルの安城さん 2』やんちゃ22 安城さんのエモノ より引用。

が、 1巻のやんちゃ14で、瀬戸くんが安城さんのブラチラから目を逸らした時にからかったら、瀬戸くんが「そういうのは……ちゃんと好きな人と付き合ってからがいいので」と言ったことで、他の男とちょっと違うかもと感じたわけです。そして、瀬戸くんがクラスメイトに対し、安城さんとの約束があるから当番は代われないと拒否した時に、クラスメイトから、安城みたいな女が好みなのかよ、どうせ非処女やろ、とおちょくられた時に、そんなことは自分にとってその人の価値に関係ない、ということを答えるんですよね、それで安城さんの気になる人、になって、それからどんどん好きになっていくわけです。

加藤雄一『やんちゃギャルの安城さん 1』やんちゃ14 安城さんと瀬戸くん より引用。この前のページで初めて瀬戸くんの顔が描写されるという表現の巧さにもうならされました。

安城さん、実は男性不信が根底にあり(男友達はゼロです)、瀬戸くんをいろいろと試しています。エロい絡み方をしているのは、実は瀬戸くんが自分を性欲の対象としてしか見ない男かどうか、無意識のうちに試しているのです(このことは作中で明言はされていませんが、「クラスの陰キャにエロく絡むギャル」という行動の理由をこう見出したのは凄いです)。1巻のやんちゃ14の時点では、安城さんが瀬戸が好きかどうかわからないと回答しているのは、まだ好きになっていい相手かどうか試している段階だからです(とはいえ、もちろん嫌いではないです。ごほうびをあげたくなる、という発言に安城さんの内心が出ています)。瀬戸くんが安城さんを見ているとき、安城さんも瀬戸くんを見ているのです。瀬戸くんは、自信がないから安城さんの性的なアプローチをきちんと受け止められていないわけですが(3巻のやんちゃ38)、むしろそれが良かったのです。この時点で瀬戸くんがアクティブに動いていたら、2人の関係は逆に破綻していたでしょう。「短所」は常に「長所」とコインの裏表です。「短所」がかえって物事を良い結果に導くことは人生においてままあることです。

それでも、瀬戸くんは、2巻のやんちゃ20ではランニングを始めて安城さんに釣り合える男になろうとしたり、少しずつ変わっていきます。実は瀬戸くんは、外見に頓着しないだけで顔の造りも良いし(3巻のやんちゃ39)、本番に弱いので偏差値の低い高校に入っただけで学内ではずぬけて成績も良いし(4巻のやんちゃ47。多分、名古屋大学の医学部に行くと思います。理由はあえて言いませんが、2人の未来を考えるとそうなると思います。)、人間を見た目でなく中身で見ることのできる、共感性の高い、高校生離れした誠実で真面目な男なので・・・安城さんはどんどん好きになっていくわけです。そこから、じわじわと安城さんの性的なアプローチの意味も変わってきます。最初は試し行動だったのが、本気で誘惑するようになってきます(その変化に安城さん自身も気付いていないですが、描写を見ると当初は胸や太ももを見せつける感じだったのが、表情を見せつけるようになっていっている。表情とは内面の表れであり、つまり内面を見せつけている。同時に瀬戸くんの視点が安城さんの内面に移ってきているともとれます。)。

加藤雄一『やんちゃギャルの安城さん 3』やんちゃ39 安城さんとベストカップルコンテスト より引用。

多分、二人の関係が大きく動いたのは8巻のやんちゃ95、瀬戸くんが泣いている安城さんを抱き寄せたときです。瀬戸くんは自分に自信がなく、ちゃんとルールを守って正しくしていないといけない、そうでないと価値がないと思って凄く卑屈になっているのに、安城さんを守りたいという気持ちから抱き寄せてしまうのです。このことに安城さんはびっくりしながらも嬉しく思います。一方で、瀬戸くんは自己嫌悪に陥り、ネットの意見を見て、性加害をしてしまったと落ち込みます。そこで、安城さんが瀬戸くんのもとを訪れて・・・このシーンが良い。安城さんは抱き着かれたことでびっくりして瀬戸くんを茶化しますが(わずかな恐怖もある)、同時にそれに対するこれまでにない嬉しさがあるのです。この表情と仕草が絶妙。性欲でなく、守りたいという気持ち。それを安城さんも感じたのです。瀬戸くんも、このエピソードを通じて、自分が見ないといけないのは、ネットの有象無象の意見(世間の常識・倫理)ではなく、目の前にいる安城さんそのものであることに気づきます。無責任な第三者がどう評論しようと、2人の関係は、あくまで2人だけのものなのであり、2人以外は誰もその行為の適否を決められないのです。このあたり、今の中学生、高校生を含む若い世代にも届くものがあると思っています。

加藤雄一『やんちゃギャルの安城さん 8』やんちゃ96 瀬戸くんの正夢 より引用。


レビューを書きながら気付いたのですが、瀬戸くんはいつも世間の「正しい関係」が何かにとらわれているのに、安城さんは「正しい関係かどうかは、私たち2人が決めること」という一貫したメッセージを出しているのです。…いや、これだけでもまだ不正確で「私たち2人がどうなりたいかであって、世間が正しいと認めるかではない」というメッセージもあります。

一方、瀬戸くんが安城さんを好きになっていった理由は作中でわかりやすく描写されていますし、男性読者であればまあ、言わずともわかる、言葉にするだけ野暮というものでしょう…があえてその野暮をしますと、瀬戸くんは、凄く頭が良くて、普通の人には見えない感情の機微まで見えてしまう男の子です(但し、まだ幼いので、ネガティブな感情やポジティブな感情、ためらい、などは感じられても、その理由がわからない)。なのであまり友達もいないし(感情の洪水を受けて疲れるので)、他人の苦労を想像してしまうのでいろいろな雑用も押し付けられてしまう。それゆえに、他の男子や女子からは陰キャ扱いされて、卑屈になり、自分でもそう思っていた。自分が何をやりたいのかもわからずただ、真面目に、学校の勉強をしていた・・・けれど、安城さんがやたら絡んでくるので気になってしまい、安城さんのことを見ていたら、安城さんの意思の強さや、好きなものを追いかける姿、感情を素直に出す姿に自分にはない「強さ」を感じて惹かれていくわけです。「キラキラしている」としか表現できない感情・・・そして、多分、瀬戸くんが安城さんを決定的に好きになったのは、安城さんから「瀬戸は、勉強が好きなんだよ」と言われた時です(9巻のやんちゃ108)。安城さんから、瀬戸くん自身には見えなかった瀬戸くんを発見してもらって泣いちゃうわけですわ。あれは良かった。

加藤雄一『やんちゃギャルの安城さん 9』やんちゃ108 瀬戸くんは勉強が好き より引用。

そして、9巻やんちゃ115からの、瀬戸くんから安城さんへの告白に繋がります。ここからがまた凄い、2人の恋物語は、瀬戸くんが告白して付き合いだしてからが本番でした。11巻最後のやんちゃ140、安城さんをヤリマン呼ばわりした男に瀬戸くんが怒って掴みかかったあとのエピソード。「気にしなくていい」と安城さんは言うわけですが、瀬戸くんは、自分は何度でも、あんな人がいなくなるまで怒る、ということを言うわけです。安城さんは、「強い女性」できっちりノーを言えますし(2巻のやんちゃ22)、こんなことで傷つかないというわけです。で、自分でもそう思い込んでいる、けど実は傷ついてるんですよ。それを瀬戸くんは感じ取って「暴力」を振るったわけです。つまり、安城さんが瀬戸くんの気付かない瀬戸くんに気がついたように、瀬戸くんは安城さんの気付かない安城さんに気付いた、ということです。

加藤雄一『やんちゃギャルの安城さん 11』やんちゃ141 安城さんの大事な気持ち より引用。

普段は、温厚で、理性的で、「暴力」とは無縁の存在に見える瀬戸くんが、泣きながら暴力を振るうのは凄く重みがありました。良くある、女性に対して「男らしさ」「強さ」を示すための暴力ではないのです。こういう「暴力」を描ける作家は実に希有です。単行本後のエピソードですが、その後、暴力を振るった相手との和解のエピソードも入れていることには唸らされました。

このことを通じて、安城さんは、瀬戸くんが安城さんを誰よりも大切な存在と心の底から思っていることを感じ、一生大事にしてくれると感じて…安城さんは瀬戸くんにキスしたのです。その直前の描写、2人の心を台詞のやり取りと指の動きだけで表現しているところもすごく良い。キスする前に、安城さんが、瀬戸くんの同意をあえてとっていないところに意味があります(さすがに、その意味を解説するほど野暮ではないです)。

安城さんは、さっぱりしていて、自分に正直に生きているようで…実は重くてすごく面倒くさい、そこが素敵な女性であることがしっかり表現されています。

今後は二人の性的な進展の話もあるのですが…そこもじっくり描いてくれることは間違いないでしょう。直接の行為は描かれないですが、2人の幸せな姿は描いてくれるはずです。2人の心はもう「互いがいなければ生きていけない」くらいにぴったりとくっついていますが、だからこそ性的な関係の持ち方については凄く難しいのです(連載最新話がまた素晴らしかった…)。安城さんが自覚していない男性の性欲に対する嫌悪感、瀬戸くん自身が強く抑圧している安城さんに対する強い性欲、2人がどう向き合っていくのか目が離せません。

なお、安城さんが「男の性欲」を怖がっていることについて、10巻のやんちゃ122の「安城さんはくっつきたい」を見ると、安城さんがキスを求めていると感じた瀬戸くんがキスをしようとしたのに、安城さんが逸らすシーンがあります。安城さんはスキンシップは求めつつも、男の性欲は怖い(しかもそのことを意識していない)ことが良く出ているシーンだと思うのですが…安城さんの母親は優しく強い人ですが、一人で子どもを育てていたのでスキンシップが不足していたところがあるのでしょうか…そして瀬戸くんに対してすら感じてしまう男の性欲に対する恐怖心の根源は何なのか…それを二人はどう乗り越えるのか…瀬戸くんは安城さんを全身で感じ取って受け止めているので、必ず乗り越えられると思うのですが、気になります。安城さんに救われた瀬戸くんが、今度は安城さんを救う番だろうと思うのですが、どうやっていくのか…

私は、「人間」を描けてるなあと思える作品が好きで、その意味でやんちゃギャルの安城さんが好きです。恋愛ものでは、どうして好きになったのかがあまりに薄っぺらすぎるだろというのもありますが、これはちゃんとそこを描いてると思っています。他のオタク×ギャルものとは中身が違う。本来触れ合うこともなかった2人が偶然にすれ違い、そこからお互いを知り合い、相思相愛になる、というのがとても良い。たまたまクラスメイトであったので近くにいたという「偶然」は、2人の意志(安城さんの瀬戸くんへのアプローチ&瀬戸くんの安城さんへの告白)により、恋人という「必然」に変わり、そして「運命」の2人になるのです。2人が出会わなければ、瀬戸くんは、常に抑圧されたつまらない人生を送り(「真面目な良いパパ」と世間ではみられる)、安城さんも、なんとなく生きていたのではないかと思います(安城さんはそれでも楽しく生きられますが、本当の自分の望みには気づけない)。

自分が本当に求めているものは、自分でもわからないものです。目の前に来た時に、初めて気が付きます。それが瀬戸くんにとっての安城さんであり、安城さんにとっての瀬戸くんでした。さらに人気が出ると筆も進むものです。加藤雄一先生はどんどん漫画が上手になってきていると感心しています。自信をもって自分の「好き」を表現できるようになったのでしょう。安城さんのママとかきっちり大人が出てきているのも良い。瀬戸くんに「告白」を決意させたのも、保健室の小牧先生という大人でした。いずれ、瀬戸くんの親も出てくるでしょう。

安城さんがこれだけ性的なのにパンチラひとつ描かれないのも、巨乳でないのもちゃんと理由があるわけです。掲載誌の関係で男性向け微エロ漫画と誤解(それで釣っているところもあるので、誤解ではないけど)されがちですが、加藤先生は距離感と体勢、表情といった非言語のメッセージをとても丁寧に描いています。だてにヤングキングの看板を張ってはいない。

漫画表現の素晴らしいところは、こういう非言語コミュニケーション(言語のうち、何を言って、何を言わないかということや、どういった調子で言うのかも含めて)を表現できることや、それが一人で作成出来るところだと思います。そして、省略表現なので、省略したところにその作家の伝えたいものが出てくる。実写寄りの絵は「上手い絵」といわれがちだけど、漫画としては必ずしも「上手い絵」ではないというのは冬目景先生の言葉ですが…加藤先生の表情の描き方などにそれは良くでています。他の部分が実写よりなのに、表情だけが漫画表現で大きな顔、大きな目というある意味アンバランスな造り(だから漫画読まない人には違和感がある)にもちゃんと意味があるわけです。目と顔は非言語コミュニケーションにとって重要です。目は口ほどに物を言う。漫画は、物理ではなく人の認識として表現されているのです。安城さんは顕著です。

まあでも・・・本当に一番この作品を楽しめる人は、こんな無粋なことを考えず、瀬戸くん目線で「安城さん好き好き大好き超愛してる」と読むことな気もしています。私は、あんまりこういうレビューをしないようにしています。レビューは読み解く補助線になるけど、補助線なしで読めるのが一番その作品を理解できる(言葉にするとその時点で抜けてしまう。作者自身の解説であっても、作者自身が自覚していない部分が作品には出ている)と思っているからです。私自身は、最初に読むときは補助線を引かずに読むことにしています。ただ、ネットの感想をみると、安城さんの真価があまりに理解されていない気がしましたので駄文を書き連ねてみました。

ここまで書いたら、「買ってみよう」と思う女性もいるかもですが…基本的には男性向け漫画ですので、女性向けではないとは思います。特に1巻の安城さんのセックスアピールが不快になるかもしれません(上記の通り、ちゃんと意味があるわけですが、男性読者を引き付けるためのものであることも事実なので)。判る人には判るのですが。Amazonレビューで評価が分かれているのもそれだと思います。とはいえ、それでもなおこのレビューで興味を持ったのであれば…買う価値はあると断言します。

本作が気に入ったら宮﨑あみさ写真集「はなひらく」も良いでしょう。加藤先生のなかの安城さんのイメージのようです。加藤先生はグラビアアイドルがコスプレしているといつもTwitterや巻末コメントで感謝しているのですが、この時は「安城さんがおるやん」というコメントでした。

ちなみに、話は変わりますが・・・冬目景先生の作品はこの「非言語メッセージ」の表現が卓越しています。言葉にしては表現できないものを、そのまま表現することができる。だから分かる人にはたまらないですし、分からない人には「雰囲気漫画」とか「女の子がかわいいだけ」と言われます。『羊のうた』は冬目景先生の天才性が良く表れています。

あと、犬山と豊田のカップル、チーちゃんとトキオのカップルの話もあるのですが…これについてはまたいずれ別巻にレビューを書くかもしれません。

※他のレビューで、瀬戸くんは大人になったらモテるタイプというものがありましたが、それは非言語コミュニケーションの読み取り能力が向上するからだと思います。瀬戸くんは「陰キャ」と自嘲していますが、読者は何か違うと感じるでしょう。それは、瀬戸くんは性格がねじくれているとか、不潔だとか、相手を傷つける言動をするとかいった攻撃性ゆえに孤立しているわけではないからです。むしろ、メチャクチャいいやつであるがゆえに孤立しているのです。安城さんが惚れるに値する男です。

※※スピンオフの『保健室の小牧先生』を見ると、安城さんを傷つける言動をした男の子が反省して救われる話があります。「あー、なるほど、加藤先生は登場人物を一人ずつ「人間」として描いているんだなあ」と感じました。加藤雄一先生は、名古屋造形大学映像文学領域の専任講師も務めているようですが、生徒さんたちはいい勉強をさせてもらっているだろうな、と思っています。

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