天と地、河川敷で対決(勝手に)
まだコロナが流行する前の冬のある日、訓練校の同期で集まってBBQをする事になった。今思えば、集まれたのは本当にラッキーだった。卒業する前にグループラインを作り、お花見や食事会、BBQの後は忘年会もやった。だけど、1人だけ夏頃からラインのトークに参加しなかった人が、今回のBBQ会場にいた。
彼は県内でもかなり遠い所に住んでいて、中心部にある学校に車で2時間かけて来るような生活を送っていた。大変そうだったけど、それ以上に楽しそうだった。実際、彼の周りにはたくさんの友達がいたし、先生たちとも仲が良かった。でも、就職活動する中で段々と明るかった彼の雰囲気が曇って行った。
ほとんどの人が、在学中に会社見学や面接をして内定をもらう。だけど、彼の条件に見合う会社はなかなか見つからず、同期も先生たちも心配していた。その後、彼は卒業後も学校の進路相談室や地元のハローワークに通いながら就職活動をする事になった。
梅雨ごろ、「就職が決まりました。」とグループラインにメッセージが入って、皆んながお祝いのメッセージを送った。なのに、彼はお祝いのメッセージに返信する事もなく、その後もひっそりと誰かのコメントに既読をつけるだけになっていった。その彼が会場に来ている。ビックリしたが、参加してくれた事が素直に嬉しかった。
BBQ大会は楽しく進み、あらかた道具を片付けて今度はたき火を囲んでお互いの近況を話し合った。訓練校で習った事がそのまま活かせる職の人、私も含め習った事が少し活かせるけど畑違いの職についた人、ライフスタイルやその他の事で全く別の道へ行った人…。お互い大変だねぇ、みんなよく頑張ってるねぇ。と、ほのぼのしていたらそれまで頷いていた彼が突然言い出した。
「会社、先月で辞めた。」
えぇぇぇぇ!まだ入って3ヶ月で?!何がダメだったの?と皆んなが言う中、彼が言った事は私には困惑するものだった。
曰く、
「挨拶がなってない。おはようございますと言っても『……ッス。』だけ。先輩なのに年下の自分よりなってない。」
「仕事を教えてもらうけど、ダメだって言うばっかりで何がダメか教えてくれない。こっちが聞いてもダメだしか言わない。それしか言えないのか。」
「辞めるって言う時、部長から今の部署が嫌なら他にもあるって言われたけど、未練も何もないから辞めるんだって言ってやった。もうあの業種には就きたくもない。」
こんな事をつらつらと言いながら、いかに自分が辛かったかを話していた。他の同期は頷きながら聞いていたが、私は(返事が返ってきただけでも良いのでは?)(どこがダメだったか他の人に聞いてみたりしなかったのかな?)(せめて他の会社に就職が決まってから辞めても良かったのでは?)と忙しなく考えていた。
そして最後に思いっきり斜に構えた顔で、
「てか今の時代にぃ?手ばっかり動かして仕事してもなぁ。」と言い放った。
瞬間。刹那。
私の心のシャッターがバーーーーン!と音を立てて閉まった。その後、感情が来て「あーー。それだけは言っちゃいけない。私は無理だわ。」となった。
彼は大昔で言うなら【天動説】を信じる人だったんだろう。地は動かず、天が動く。彼は普段「楽しくないと仕事じゃない」と言っていた。それは私もそう思う。でも、「誰が」と言う所が全く違った。
私は、というかほぼ皆んながそうであろう【地動説】を信じている。地(自分)が動かなければ、絶対に天(他人)は動かない。天を動かそうとするのが「コミュニケーション」で、太陽系(会社や組織)の中でだって、自転して公転していかなければ四季や季節の星座だって見えない。動きが止まってしまうと、天と地の世界が凍ってしまう。
それに1番許せなかったのは、同期は殆どが手を動かして働く仕事についている、職人さんと呼ばれる人になろうとしている人たちだ。それをただの言葉のあやかもしれないけど、言い方ってもんがあるんじゃないか。
要は「私と私の好きな人たちをバカにしたな、このヤロー。」と思ったら心のシャッターが閉まっちゃった。
で、言っちゃった。
「手がダメなら足動かして働くんだよ。」
……一瞬にしてここって北極?シベリア??ってくらいに場が凍った。彼はポカンとした顔をして、同期たちは私と彼の顔を交互に見て苦笑いした後、そそくさと残った道具と火を片付けた。
斜に構えたのも、彼自身の心を守ろうとしての事だったのかもしれない。先輩に対しても、言葉や伝え方を変えれば違ったかも知れない。上司の人に相談すれば。違う部署でも良いと切り替えができれば…。でも、だからと言ってあの場であんな言い方していいとはならないのだけれど。
私も、斜に構えた彼をそのまま見てしまってキツイ一言が出てしまった。自分と他人は違っている。それは当たり前の事で、いつもは合わない相手でも社会的マナーとして、スマートな大人で対応するのに今回はできなかった。
私は仕事が好きで、会社とそこで働く人たちが好きで、何よりその人たちと一緒に働けている私が1番好きだ。だからこそ、彼も同じようになって欲しかったのかも知れない。それは自分と他人の境界線が曖昧な、ただの傲慢の押し付けだったのだけれど。
冷静になってから後悔したが、それでも何であんな風に言われたか分からないようなら、彼はずっと天動説を信じる人でいるんだろうな、と悲しいようなガッカリしたような気持ちになった。
明るく、いつも皆んなの輪の中にいた彼を知っていたから余計に。