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ジョブ型雇用の本質と日本における課題──NZの視点から考える(より深く洞察するために)

はじめに

日本では「ジョブ型雇用」というキーワードが盛んに取り上げられているが、実際にジョブ型が社会の根幹を支えている国々と比べると、その導入はいまだに表面的かつ試験的な領域に留まっている感が否めない。とりわけ、ニュージーランド(NZ)の移民制度を調べる中で浮かび上がったジョブ型雇用の本質は、日本の従来型雇用システムとは根本的に異なっている。
本記事では、NZの事例を参考にしながら「ジョブ型雇用」の真髄を考え、日本での導入に際してどのような課題が待ち受けているかを掘り下げる。



1. ジョブ型雇用の真髄──「人材を社会の共有資産としてとらえる」

1-1. メンバーシップ型 vs ジョブ型

日本社会を長く支えてきたのは、終身雇用や年功序列を前提とした「メンバーシップ型雇用」である。ここでは、「企業に属すること」自体がキャリアの要となるため、職務範囲は明確化されず、さまざまな部署を経験しながら「社風に馴染む」ことが期待される。

一方、NZや欧米に深く根付くジョブ型雇用は、「企業が職務を定義し、それに合致する専門スキルや経験を持つ人材を雇う」ことが前提。雇用契約は「職務遂行能力+結果に対する報酬」で成り立ち、個人は必要があれば流動的に転職する。ここにあるのは「人材は社会全体の共有資産であり、企業は必要に応じて借りる」という考え方だ。

なぜ「社会の共有資産」なのか?

  • 企業に限らず、国家や自治体、NPO、さらにはスタートアップなど、多様なセクターが能力ある個人を柔軟に活用できる。

  • 個人にとっても、自身のスキルや実績が“自分の資産”として認められ、企業に閉じ込められることなくキャリア形成を進められる。

1-2. IT業界の単価・報酬に見る現実

多重下請け構造が深く根付く日本のIT業界では、エンジニアやPMが高い専門スキルを持っていても、下請けの最下層に位置してしまうと「適正報酬」を得にくい。一方、NZなどでは、プロジェクト単位での直接契約が当たり前であり、個人のスキルがそのまま市場価値に結びつきやすい。
たとえ同じエンジニアが同じ作業をしても、日本では「企業内での人材」という扱いになり、コストセンター的に見なされがちなのに対し、NZでは「専門家としての価値」が正当に評価される。これはジョブ型雇用が前提としている“社会共有の人材”という考え方が、直接契約や成果ベースの報酬を後押ししているからだと言える。


2. NZに見るジョブ型雇用の具体像

2-1. 企業ではなく職種・スキルが中心

NZの移民制度にも象徴されるように、「不足するスキル・職種」をリストアップし、政府や企業がそのリストに合致する人材を世界から呼び込む仕組みを持っている。これは国内人材にも同じ発想が貫かれており、企業が人を囲い込み続けるのではなく、市場のニーズに沿った形で人材が流動する構造を前提としている。

  • : “Green List”と呼ばれる職種リスト
    → どの職種が不足しているかを明確化し、労働許可や移民手続きを優遇する。
    → 社会全体で必要とされるスキルセットが可視化されるため、個人はどんなスキルを磨くべきか明確になる。

2-2. リファレンスチェックの重み

NZでの転職や採用で非常に重視されるのが「リファレンスチェック」。これは前職の上司・同僚が候補者の働きぶりやスキルを客観的に証言する仕組みだ。
写真や年齢がないCV(履歴書)に、LinkedInのリファレンス、あるいは直接の連絡によって評価が行われる。これが機能するのは、信頼できる推薦状があれば、企業に長く勤めていなくてもスキルがあると認められるからだ。
日本でいう「顔パス」や“属人的信頼”ではなく、第三者評価をベースに社会全体が人材を共有している点こそが、ジョブ型雇用の本質を支えている。


3. 日本におけるジョブ型導入の壁

3-1. 終身雇用・年功序列マインドから抜け出せない

一部の大手企業がジョブ型制度を試験導入しているが、実態は「人材の適正配置」や「報酬体系の一部見直し」程度に留まっていることが多い。依然として「長期雇用を前提に、配属や異動は会社が決める」文化が深く、転職が多い人を敬遠する風潮が根強い。
さらに、「ジョブ型になると即戦力以外が切り捨てられるのでは?」という懸念も大きく、企業・労働者の双方に不安がある。

  • 本来のジョブ型は、スキルや成果に応じて正当な報酬を得られる一方で、企業に合わなければ流動することも前提とする。

  • 日本の実情: 「長く勤めるほど評価される」という年功序列は形骸化しつつあるが、根強い価値観が依然として阻害要因となっている。

3-2. 多重下請けと固定契約がはびこるIT業界

日本のIT業界では、「納期」「単価」「作業範囲」を固定した受託契約が主流で、成果主義やアジャイルバジェッティングを本格的に導入できていないケースが多い。結果、ジョブ型的に「個人のスキルに高い報酬を払う」文化は育ちにくい。
もし、この多重下請け構造を抜本的に改革できれば、個人がプロジェクト単位で契約して高い報酬を得られ、企業も柔軟に人材を調達できるWin-Winな市場が形成され得る。


4. どうすれば日本でジョブ型の真価を発揮できるか

4-1. スキルベースの評価軸の確立

「〇年働いているから給料が上がる」「組織に忠誠を尽くすほど評価が上がる」という暗黙のルールが残る限り、ジョブ型は形骸化しやすい。具体的な職務内容と成果指標を設定し、転職経験をネガティブではなく「実績の証」と評価するシステムが必要である。

  • IT業界なら、アジャイルプロジェクトの成果やGitHubのコミット履歴、公開プロダクトの成長率など、より客観的な指標が評価材料になり得る。

4-2. リファレンス制度や業界全体の共通フレーム

NZや欧米では、リファレンスチェックが当たり前だが、日本では個人情報保護やプライバシーの問題も絡み、実施が難しい面がある。また、人事担当が中途採用候補の前職へ直接連絡を取るケースは稀だ。
しかし、エンジニアコミュニティやPMコミュニティなど、専門分野ごとのネットワークを活用すれば、第三者視点の評価をある程度得やすい環境は作れるはずだ。業界全体で資格やガイドライン(PMBOKやPRINCE2など)を尊重し、客観的評価の機会を増やす取り組みが求められる。

4-3. 真の意味で“人材を社会でシェアする”発想へ

ジョブ型が社会に根付くためには、企業・労働者・政府の三者が「人材を囲い込む」のではなく、「必要なときに適切なスキルを呼び込む」形を自然なものとして受け入れるマインドセットが要る。

  • 企業: 社員が転職しても仕方ない、と割り切り、そのぶん優秀な人材を市場から柔軟に入れていく

  • 労働者: 終身雇用を前提にせず、常に自己研鑽して市場価値を保つ

  • 政府: リファレンスや客観的資格評価の仕組みを作り、転職・流動性をネガティブに扱わない社会保障制度を整える


5. おわりに──NZから学ぶ「ジョブ型雇用の本質」

ニュージーランドのジョブ型雇用は、日本人がイメージする「即クビになる」「流動的すぎて不安定」といったものだけではない。むしろ、「人材は社会全体の財産」という考え方が根底にあり、そのうえで個人も企業も流動性を享受している。
日本がジョブ型を本気で導入しようとするなら、労働市場全体の設計、IT業界の下請け構造の見直し、リファレンスやスキル評価の仕組みづくりなど、根幹の変革が不可欠だ。形だけ「ジョブ型にしました」という制度を敷いても、従来型の価値観や評価軸が温存されている限りは成果を上げにくい。

今、日本企業ができる具体的アクション

  1. 部署横断的でない、専門特化した採用と評価軸を設ける

  2. 社外との連携や流動性を前提とし、個人の転職・兼業をネガティブに捉えない企業文化の醸成

  3. IT業界における透明な受発注(直接契約やアジャイルバジェッティング)を増やし、人材の市場価値を引き上げる

ジョブ型雇用の根幹は、「社会全体で人をシェアする」という発想にある。NZへ移住しようと考える私自身が、まざまざと感じるのは、日本ではまだ“社内に人材を囲い込む”考えが強すぎるということだ。
もし日本でも、個々のスキルが公正に評価され、企業が人材を借りるのが自然となれば、エンジニアやPMといった専門職が正当に報酬を得られ、国際競争力も自然に高まるはずだ。日本に残る人も、海外移住を選ぶ人も、それぞれが自分の専門を最大限に活かせる社会になってほしいと切に願う。


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Larai WLURY (ウルリー・ラライ)
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