しん・たま《短編・後編》
本シリーズは、心霊等、超常現象の表現を含みます。苦手な方はご注意ください。
旅館へ到着し、二人は"紫雲の間"へと案内された。
「何にもないと思うけどねー。あったとしても別に悪さするわけじゃないから。ま、何かあったら言ってくださいな。そのときはお部屋替えますので。では、どうぞごゆっくりなさってください。」
「ありがとうございます。」
「想っていたより、普通の部屋だね。」
まこっちゃんがつぶやく。
"開かずの間"だというので、古めかしい洋室で扉にはしっかりと施錠してあるのかと、そんなイメージだったが、とても開放的な襖戸の和室だった。
「とりあえずさ、今日は素泊まりだから外行ってご飯食べてこよう。」
食事を済ませて旅館のお風呂にゆっくりと浸かり、さっぱりしたところで部屋へと戻ってみるとすでに布団が敷かれてあった。
キチンと並べて敷かれた二組の布団を見て、二人の間にしばし沈黙が流れる。
「いったん布団は片づけちゃおう。合宿の内容について話したいし。」
まこっちゃんは、合宿のスケジュールを大筋考えてくれていた。一泊二日の一日目は晩御飯までの間、部屋でくつろいだり、お風呂に入ったりと自由時間とする。そして晩御飯のあと、恒例の"肝試し"をやる。ちょうど旅館から五、六百メートル歩いたところにひなびたお寺があって、そのお寺へ一人ずつお参りをして戻ってくるという内容だった。
「ちゃんとお参りしてきたという証拠として、予め境内にお手玉を置いておいて、それを一人一つずつ取ってくるというのはどうかな?」
「うん、それでいいと思うよ。」
「あと、怪談話をする部屋は、この部屋でいいよね。」
肝試しの前に、気分をさらに盛り上げるために、ひと部屋に集まって怪談話をやる。去年卒業した先輩の一人が、とても上手で創作された話だとわかっていても皆震え上がった。今年は、卒業OBとして特別参加してくれるらしい。
「どんな感じになるか、ちょっとやってみようか。旅館の許可は貰ったから。」
まこっちゃんが準備してきた "オイルランタン" を部屋の真ん中に据えて、火を灯す。
「じゃあ、電気消すね。」
電気を消した瞬間、まるで顔が暗幕で覆われたかのように闇に包まれる。目が暗闇に慣れてきて、ようやく部屋の中がうっすらと見え始めた。まこちゃんの顔も光明のむこうに浮かび上がった。
「なかなか雰囲気出てるね。」
まこっちゃんがにっこりと笑った。その瞳の中にもランタンの炎がゆらゆらと揺らめいていた。
ランタンの炎が揺れるたびに、壁に映った影も揺れる。
ランタンの横に置かれた、まこっちゃんのボストンバックやペットボトル、そして、元々部屋にあった衝立や座椅子の影。それらは実物よりもより大きく映り、威圧してくるかのようだった。
ランタンの炎の揺れ方はゆらゆらとゆったりなのに、なぜか壁に映ったそれらの影の動きが騒がしい。
(気のせいだよな・・・でも、なんだろう。この違和感は。)
ふたたびランタンの炎に目線を落としぼんやり眺めていたが、その視界の端に違和感を感じた。
そして目線を正面のまこっちゃんの方に向けたところで、その違和感の正体に気づいてしまった。
慌てて目をそらし、ランタンの炎を見ながら頭の整理をしようとした。
(光の加減でそうなることもあるかもしれない。一瞬のことだったし。)
そう自分に言い聞かせながら、意を決してもう一度正面を向く。だが、その思いは打ち砕かれた。
まこっちゃんの影が壁に貼り付いていた。
ほかの影は、ランタンの炎に合わせてうごめいているのに、まこっちゃんの影だけが微動だにしていない。
こんどは、その影をしっかりと見た。少女だ。右を向いた少女の横顔だ。ショートカットという髪型まではっきりと見える。
「どうしたの?」
声を掛けられて、まこっちゃんの顔を見たが、声が出なかった。
ぼくの視線を感じたのか、後ろに何らかの気配を感じたのか、まこっちゃんが後ろの壁の方を振り返った。そして、がばっと急にこちらに向き直った。
目を見開いた、その顔は一瞬ではあるが別の人の顔のように見えた。
まこっちゃんが、すくっと立ち上がり部屋の電気をつけた。
「ちょっとさ。お寺のほうまで行ってみない?」
時刻は夜の八時半を回っていた。
つづく(長くなってすみません)