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英語の冠詞はなぜ難しいのか? ─ 冠詞の本質を理解するには(1)

今回の記事では、英語の最大難関のひとつ、冠詞について見ていきます。実は、たかが冠詞ながら、されど冠詞です。冠詞の扱いひとつで、現在まで尾を引くような重大な外交問題に発展することすらあります。この記事の目標は、冠詞(無冠詞を含む)の使い分けの本質について明確にすることです。

冠詞が難しい3つの原因

冠詞が難しい原因は3つあると考えています。

まず、一番目の理由は、あたりまえかもしれないですが、冠詞は日本語にないからです。これもあって、ときに「日本語にするときにはいちいち訳さなくてもよい」などと気軽に説明されることもあります。たしかに和訳と言う点ではそうなのですが、この考え方の問題は、これでは冠詞(無冠詞)の本質を理解することを避けていることです。実際に、自分が英文をつくる時に、どのように冠詞(無冠詞)を使えばよいかわからず、ハタと困ってしまうことになります。

2つ目の原因は、冠詞の教え方についてです。冠詞については、習い始めのころに、非常にざっくりと、「初めて出てきたもの、特定してない不定のもの」には不定冠詞、「話し手と聞き手の間で特定されるもの」には定冠詞をつけると説明されます。

これは間違ってはいませんが、英文を実際に使うようになると、すぐにこのように超アバウトな説明では割り切れない事例に出くわします。たとえば、冠詞が付かない、「無冠詞」のケースがかなりありますが、これがなぜだか説明できません。たしかに超初心者への便法としての説明なら十分かもしれませんが、中級以上になって実用で使わなければならない人たちに対しては、適切な説明とは言えません。

冠詞(無冠詞)が難しい3つ目の理由は、現実の世界では、前後の文脈、シチュエーションによって、冠詞(無冠詞)の使い方を決めなければならないことが多いからです。いつも形式的に決められるわけではないところに難しさがあります。

たとえば、英語では、可算名詞、不可算名詞の区別が重要であるとされます。辞書にも、しつこく、U(不可算名詞)、C(可算名詞)との印が付いています。もちろん、可算名詞/不可算名詞の違いで冠詞(無冠詞)の取扱が変わってくることがあります。しかし、辞書でU不可算名詞とされている名詞について、意味を見ていくと、たいていの不可算名詞には、C可算名詞として扱われる意味が含まれています。ということは、同じ名詞でも、どの意味で使用するかによって冠詞(無冠詞)の取扱が変わってくる可能性があるということです。

いろいろな「特定」

また、「特定」されていることを示すために使われる定冠詞ですが、「特定」には、「その、あの」の意味で特定化されるだけではありません。そのほかにも、唯一物であるがあるがゆえに自動的に特定化される場合、周囲の状況から特定化できる場合や習慣的行為であるがために特定できる場合など暗黙の特定化もあります。また、あとで紹介する総称表現では、皆が知っている一般的概念であるがゆえに、「特定」されるということも起こります。既に出てきたから「特定」される場合だけではないのです。

したがって、比較的シンプルな使われ方をする不定冠詞と比べると、定冠詞は、いくつか使い方があるために、難易度が高いと言うことができます。

いずれにしても、文脈をだどってわかる意味も踏まえ、話し手の判断により、適切な冠詞の使い方を当てはめなくてはいけないわけですから、やはり冠詞は難しいのです。

冠詞(無冠詞)の難しさの原因のまとめ

このような冠詞(無冠詞)の難しさの原因をまとめると以下のようになります。

  1. そもそも日本語には、冠詞がない。

  2. 超初心者に対する便法の説明のままでは、あとから実用で使えない。

  3. 前後の文脈や状況、使われている意味に応じて、使い分けの判断が必要。

この記事では、以上のような冠詞の難しさを念頭に置いて、自分で英文をつくる際に、不定冠詞、定冠詞、無冠詞の選択ができるようになるための基本的な考え方について整理していきます。

冠詞はもともと難しいのに、超アバウトな説明ではもっとわからない

別の記事で書きましたが、外国語を身につける際につまずきやすい箇所はわかりやすいものです。その外国語にはあるけれども、日本語にはない事象です。たとえば、動詞の時制であったり、比較表現であったり、そして、冠詞もそのひとつです。本来、冠詞は躓きやすいところということです。

ただ、冠詞がないことばは世界の言葉を見渡せばべつに珍しいことではありません。そもそもラテン語にはありませんでしたし、いまでもロシア語にはありません。

いずれにしても、日本語にはないものであるだけに、冠詞(無冠詞)はなにか、その本質を的確に捉えて、実用で使えるようになることがとても重要になります。このため、すぐに応用が効かなくなるような、超初心者向けのアバウトな、雑な捉え方ではなく、もう少し冠詞の本質を捉えることが必要となります。

冠詞(無冠詞)の本質を掴むためのカギのひとつは、冠詞が生れ、現代のように使われるようになったその由来にあります。ということで、冠詞の起源について見ておきます。

定冠詞の起源は、「それ」を表す指示詞

すでに、ラテン語には冠詞がないと言いましたが、ラテン語の子孫であるロマンス諸語のイタリア語、スペイン語、フランス語、ポルトガル語には冠詞があります。ロマンス諸語に分化し、それぞれ発展していく中で、冠詞が生れたということになります。

ただ、冠詞がないラテン語にも、冠詞の萌芽と呼べるものがありました。そのなかで、定冠詞のもととなったのが、「それ、その」にあたる指示詞です。これが、ロマンス諸語では、指し示す役割を次第に弱めて、話題にのぼった人やものについて提示するという、現代の冠詞ような役割を強めていきます。英語の祖先は、ゲルマン諸語ですが、ラテン語起源のロマンス諸語と同じように、定冠詞theは「それ」を表す英語の古い指示詞がもととなっています。

不定冠詞の起源は1を表す数詞

また、不定冠詞の起源についてですが、イタリア語やフランス語などでは、1を表す数詞が不定冠詞にそのまま転用されています。英語の不定冠詞の場合は、数詞のoneがなまって、やがてanとなり、さらに母音の前を除いてnが脱落して現在のaとなりました。いずれの場合も、数値で「ひとつの」という意味がもととなっている点は同じです。

こうした冠詞の由来からわかる、非常に重要なポイントがひとつあります。それは、定冠詞も不定冠詞も、もともそ冠詞は、1個2個、、と個体の実体のある名詞と組み合わせて使われた点です。この点は、英語の冠詞の特徴を捉えるうえで重要となりますので、覚えておいてください。

定冠詞がカバーする範囲の急速な拡大

具体的な個体を指す「それ、その」から始まった定冠詞ですが、その後、定冠詞がカバーする範囲は急速に拡大しました。言い換えれば、「特定」されたの意味が拡大解釈されていくことになります。まず、太陽、月、空、大地など、一つしかないがゆえに自動的に「特定できるもの」について使用が急速に広がります。これは、the sum, the moon, the sky, the earthなど英語でもおなじみの使い方です。

そこから後、イタリア語やスペイン語、フランス語では、定冠詞を使う領域はさらに広がります。といいますのも、「愛」や「悲しみ」など、誰もが知っている抽象的な一般概念についても定冠詞をつけるようになります。「(誰もが知っているあの)愛」(l’amoure伊)、「(あの)悲しみ」(la tristezza伊)というニュアンスですね。

このように、イタリア語、フランス語、スペイン語の場合は、(具体的な物体がなくても)聞き手に「特定」されたものには定冠詞をつけるというルールが、終始徹底されます。

英語は例外になった

これに対して、英語の場合は違います。むしろ「個々の実体のない抽象的なもの」には冠詞をつけないというルールが最優先されます。したがって、冠詞をつけません。無冠詞となります。英語で、Love is eternal.「愛は永遠」のLoveは無冠詞です。これがたとえばイタリア語ではL'amore è eterno.とamore(愛)に定冠詞l’が付きます。スペイン語、フランス語も同様です。

ただ、逆に言えば、英語でも、loveなどの抽象名詞についても、抽象性が薄まって、より具体的な事例や行為となって、「特定」される場合には、定冠詞をつけることができます。たとえば、The love is over.「(その)愛は、終わった」では、一般的なloveの概念と言うよりも、話し手が思い描いている、loveという概念を具体化した特定の「あの」loveが想定されているわけです。

このように英語では、同じ名詞でも、抽象性や具体性の強弱によって冠詞の扱いが変わってくるということになります。

冠詞の扱いについて、単純な一本のルールでは済まないところに英語のややこしさがあります。これでは分からなくても当然です。

次回は、英語の冠詞の取扱で最も複雑な「総称表現」について見ていきます。

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