見出し画像

【Twitterにて最も注目を集めた漢越語】(03: sinh tố [生素]: スムージー)

ページ運営者の佐藤と申します。
運営者は、Twitterにて、ベトナム語の漢越語を1時間おきに呟くボットアカウント(「漢越語bot」@tuhanvietbot)を運営しており、2021年2月頭現在、1100人を超える方にフォローしていただいております。


このアカウントにて2021年1月の間に最も注目を集めた(=インプレッション数が多かった)以下の3つの漢越語のうち一つを取り上げて、さらに詳しく解説していきたいと思います。
こちらの記事では、以下の言葉を説明します。

“sinh tố“【生素】:スムージー

南国果物がおいしいベトナム。カフェやレストランでもスムージーメニューが豊富なところが多く、値段もお手頃なので、カフェではいつもスムージーを頼むという方も多いのではないでしょうか。

(筆者撮影:筆者お手製のマンゴーバナナみかんパッションフルーツスムージー。砂糖なしでも十分甘くなります!)

スムージーを表すベトナム語「シントー(sinh tố)」ですが、実は「生素」という漢字に由来する漢越語なんです!スムージーが「生きる素」だなんて、そんなにベトナム人にとって必要不可欠な飲み物なのかと思ってしまいますよね。この記事では、なぜ「生素」という漢越語が「スムージー」という意味なのかについて、考えていきたいと思います。

まず、現代ベトナム語辞典の “sinh tố” の項目を見てみると、以下のように定義されています。

sinh tố 生素 d.① [id] vitamin, ② đồ uống được pha chế từ nước ép của trái cây hoặc rau, có chứa nhiều vitamin
(筆者和訳: sinh tố 生素(名詞)①(稀)ビタミン、②果物または野菜の搾り汁から調合し、多くのビタミンを含む飲み物)
(Hoàng Phê (chủ biên) (2015) Từ điển tiếng Việt, Nxb.Đà Nẵngより引用。例文は省略。)

この定義を見ると、②がいわゆるスムージーであることがわかります。ここで気になるのが「①(稀)ビタミン」。「稀(まれ)」というのは、昔の意味が現代でも使われる場合があるという意味であることが多いため、さらに昔のベトナム語辞典を見てみました。

① ベトナム戦争期(南北分裂期)の北ベトナム(ハノイ、1963年初版・1977年再版)で出版されたベトナム語辞典

SINH TỐ X. Vi-ta-min.(筆者和訳: SINH TỐ “Vi-ta-min” を見よ。)より引用。)

②ベトナム戦争期(南北分裂期)の南ベトナム(サイゴン、1951年・1967年)で出版されたベトナム語辞典
(1)1951年出版の辞書

sinh-tố. Chất tươi chứa ở trong đồ ăn giúp cho sự tiêu-hóa(筆者和訳:sinh tố 食べ物の中に含まれ、消化を助ける新鮮な物質)(Đào-Văn-Tập (1951) Tự-điển Việt-Nam phổ-thông, Nhà sách Vĩnh-Bảo より引用。例文は省略。)

(2)1967年出版の辞書

SINH TỐ dt. (p. vitamine) Nguyên tố cần thiết cho sự nuôi dưỡng thân thể.(筆者和訳:SINH TỐ 名詞(フランス語 vitamine)身体の育成に必要不可欠な元素。)(Thanh Nghị (1967) Việt-Nam Tân từ-điển Minh-hoạ, Nhà sách Khai-Trí より引用。例文は省略。)

このように1975年以前のベトナム戦争期(南北分裂期)は、もっぱら「ビタミン」という意味で使われていたことが窺えます。

(筆者撮影:1977年に出版された①の辞書の表紙)

③ベトナム戦争終了後(南北統一後)(1992年)に出版されたベトナム語辞典

sinh tố d. 1 Vitamin. 2 (dùng hạn chế trong một vài tổ hơp). Chất chứa nhiều vitamin.(筆者和訳:sinh tố 名詞 1ビタミン、2(いくつかの組合せの中で限定的に使う)ビタミンを多く含む物質)(Hoàng Phê (chủ biên) (1992) Từ điển tiếng Việt: In lần thứ hai, có sửa chữa và bổ sungより引用。例文は省略。)

ベトナム戦争終了後(南北統一後)になると、ビタミンという意味だけでなく、現代の意味に通じる2つ目の意味が辞書にも登場します。しかし、90年代の辞書ではまだ使用が限定的であることがわかります。
そして、この1992年版の辞書にはじめて
“nước sinh tố” (水)+【生素】「スムージー」
という語が用例に登場しました。

上の辞書は今に至るまで、定期的に再版されており、2000年版と2011年版を確認してみたところ、
・2000年版では、③の1992年版と同じく、「ビタミン」が主要な意味、「スムージー」が限定的な意味として扱われていました。
・2011年版では、本記事で最初にあげた2015年版と同じく、「スムージー」が主要な意味、「ビタミン」が稀な意味として扱われていました。

これらのことから、
2000年代に “sinh tố” が「スムージー」を表す言葉として定着していったことが伺えます。
これは南北統一後に生活水準や経済がよくなってきたベトナムで、「スムージー」という飲み物自体がいつごろから定着し始めたか、ということにも関連がありそうですね。(貧しく食糧難に悩まされた戦争期に、果物をふんだんに使ったスムージーが一般的な飲み物だったとは考えにくいからです。)

ここで、素朴な疑問が浮かびます。
それは、そもそもなぜ「ビタミン」をいう栄養素を「生素」と訳したのか?ということです。

日本コカ・コーラ株式会社のホームページによると、「ビタミン」という言葉の語源は、

ビタミン(vitamins)という言葉は、ラテン語の「vita(生命)」+「amine(窒素を含むアミン化合物)」に由来します(https://www.cocacola.co.jp/article/right-viewpoint07 より引用。)

英語・フランス語をはじめとする西洋言語の「ビタミン」は上記のラテン語語彙由来ですが、ラテン語でも「生命」「化合物」という意味の組合せでできていることが分かります。

漢語なので中国語も参照すると、中国語でビタミンは「維生素」。なんと「生素」が入っているではありませんか。
これは中国語からの借用という可能性もあります。
この「維生素」のWikipedia中国語ページには、この中国語の意味について以下のように書かれています。

维生素有“维持生命的营养素”的意思(「生命を維持する栄養素」という意味をもつ。)(https://zh.wikipedia.org/wiki/维生素 より引用。読者様からのご指摘により和訳修正。)

「生命の化合物」という意味のビタミンを、意訳した形になりますね。
上記ページでは、この他にも「生活素」など意訳語や、「威達敏」「維他命」のような音訳語も提唱されたと書かれていました。
これらの訳語の中で、「維生素」が定着したと考えられますね。

では、ベトナム語の sinh tố【生素】はどこから来たのか??
これは2つの可能性があると思います。

一つ目の可能性は、ベトナム語の sinh tố【生素】は中国語の「維生素」に由来するというものです。
ベトナム語では「維」(duy)は単独では「維持する・保つ」という意味がはっきりせず分かりにくく、またベトナム語が2音節語を好み、3音節以上の多音節語を好まないという理由から、「維」が落ちて「生素」となったと解釈できます。

しかし、ベトナムでは西洋の諸科学の知識は、フランス植民地期にフランス語でもたらされており、「ビタミン」を表す言葉としては、フランス語の “vitamine” に由来する”Vitamin (Vi ta min)” という語も存在しています。上記の辞書は全て 漢越語“sinh tố” だけでなく、 外来語の”vitamin”も掲載しています。ここでもう一つ可能性が考えられます。

二つ目の可能性は、フランス語の “vitamine”(生命の化合物)の構成要素 “vita”(生命)を “sinh”【生】、”amine”(窒素アミノ化合物)を”tố”【素】とベトナム人が訳し、”sinh tố”【生素】という言葉を作った(=つまりベトナム人が作った漢語「越製漢語」である)というものです。

また、実際には①②がどちらも正しく、中国語の「維生素」を参考にしつつ、フランス語の “vitamine”を”sinh tố”【生素】と越訳したとも考えられます。

以上をまとめると、この言葉の変遷が見えてきます。

【フランス植民地期〜ベトナム独立後の南北分裂期】
「ビタミン」を意味するフランス語の “vitamine”や中国語の「維生素」から、
「ビタミン」を意味する漢越語”sinh tố”【生素】が生まれ、外来語の “vitamin” とともにベトナム語の中に併用される。

【ベトナム戦争終了後(南北統一後)、特に2000年代以降】
果物や野菜の搾り汁の飲み物(スムージー)がベトナムで広く飲まれるようになり、ビタミンが豊富に含まれていることから
“nước sinh tố”(ビタミン飲料)と呼ばれるようになる。

その後、“nước sinh tố”の “nước” が省略されるようになり、
漢越語”sinh tố”【生素】が「スムージー」を、外来語の “vitamin” が「ビタミン」を表すようになり、かつて同義語(意味が同じ語)だった二つが、徐々に異義語(意味が異なる語)となり、現代に至る。

このように考えると、漢越語”sinh tố”【生素】が「スムージー」という意味で使われるようになった背景が見えてきますね。

次回は、2021年2月の間に最も注目を集めた漢越語について説明します。乞うご期待!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?