旧友

遅刻しそうになりながら駅に向かっていた。
そんなときV字路の反対から懐かしい顔がやってきて目の前を過ぎていった。目的地は同じく駅だろう。

世の中には2種類の人間がいる。気まずい人と同じ道で同じ方向に歩くときにスピードを上げる人と下げる人だ。私の経験上彼女は絶対前者だ。

こういう時私はスピードを緩めるのが信条なので、いつも通りの日常であれば何ら問題なかった。

しかし今日は時間がない。先日も遅刻したばかりでこれ以上遅刻を重ねるといよいよ私の信用に傷がつく。不可抗力だ。スピードを上げた。彼女は歩くスピードが早く追い抜かすことはできずに2メートル後ろを尾行する形になった。

なんとなく彼女の後ろ姿を視界に入れつつ彼女のことを考えた。

中学校でいつか同じクラスだった。私の母親と同じ美術科の高校に行きたいと言っていた。あとクラシックバレエをしてたので、やけに肌が白かった。整った顔をしていて読書家だった。宮部みゆきが好きだと言ってきた気がするが、私は読んだことない。「ちゃんと生きる」を信条としているような人間で、遅刻が多い私は軽く咎められた記憶がある。

中学の卒業後も話したことがあった。高1の春に「歩き方でわかった」なんてセリフと共に後ろから声をかけてきた。無事希望の高校に進学したそうだった。

さして仲の良い友達だった記憶は無いが、中学の卒業間際に名前と住所を書いた紙をよこしてきて「文通しよう」と言われた。おそらく手頃な相手だと思われたのだろう。数年保存した後その紙は破って捨てた。手紙を書くことはなかった。

意外といろんなことが思い出された。自分の記憶以上に仲の良い相手だったのかもしれない。少し電車の中で話しかけようかなんて考えているとふと彼女が後ろを振り返った。目があった。視線を飛ばしすぎたなと反省した。しかし彼女は真顔で前を向いてそのままのペースで歩き始めた。おそらく私が彼女でもそうしただろう。


年月というのは恐ろしいもので、かつて文通を願った相手さえも空気として扱ってしまうようになるのだ。


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