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日本移住への道・多様なパターン
本記事では、日本人の祖先が日本に来た道程のパターンを考えてみたい。
時期的なパターン
参考資料 (*1) クリックで拡大
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✔ 3万年前~ 1万年前
寒冷な時代に列島に来た人(旧石器人・早期縄文人)
この時代に日本列島に来た人は、ほとんどが大型動物を狩猟する生活スタイルの延長上の移動により日本列島に来たと思われる。海面は現在よりかなり低いので、海を渡る距離は、短かったと思われる。
✔ 1万年前から約5000年間
気温上昇期にあたる。黒潮に乗って日本列島に辿り着いた人もいると思われるが少数派だと思われる。
※気温上昇期では大陸でも居住環境が良くなるので、リスクを冒して日本列島に移り住む動機が薄い
✔ 紀元前2,200年-(約200年間)
東アジアの気候変動(気温低下と降雨・洪水の多発)の影響により、安全な土地を求めて大陸の広い範囲で人々の移動が起きたと思われる。中国では良渚文化が崩壊し、日本列島の東北では、三内丸山に代表される大規模な縄文集落が衰退する。
そのような人々のなかに日本列島に来た人(後期縄文人)がいるかもしれない。(もしかすると、約1000年後に登場する弥生人(後述)と同系祖先の可能性もあり得る。)
✔ 紀元前1,000年-(約200年間)
気候安定期に稲作を持ち込んだ人 (= いわゆる弥生人の祖先)
稲作は偶然成功するわけではなく、成功させるには集団づくりと用意周到さが必要と思われる。よって、新しい土地(農地)を求めて日本列島に来た人々だと想定できる。
筆者(LangDicLab)はこの人たちが日本列島に matsuri (祀り・祭り)を持ち込んだ人だと考えている。これは文字どおりmatsuri という日本列島にそれまでなかった言葉と儀式(= 水資源・水利施設を特に重視・崇拝する)を日本列島に持ち込んだと思われる。彼らは、古くはオーストロネシア語系統の出自を持った人々だったと考える。
✔ 紀元前100年ごろ-(約200年間)
前漢が朝鮮半島に楽浪郡など4郡設置(紀元前108年)したことによるインパクトで日本に来た人々がいると思われる。この時期に列島に渡ってきた人々がのちの古墳時代の首長(= 古墳人)の祖先となる人々と思われる。古墳人の祖先は何らかの形で前漢(= 中国文明)の影響を受けた人であり鉄製品になじみがあっただろうと思われる。彼らの出自は様々で、東北アジアを中心に広い範囲からの流入があったと考えられる。
✔ 西暦350年ごろ以降
西暦350年ごろ 朝鮮半島に新羅、百済、加羅(伽耶諸国)諸国が成立したとされる。これ以降に日本列島に来た人は古文書などにも登場する朝鮮半島系の「渡来人」とされる。もちろん、朝鮮半島以外の出自を持った人も日本に渡来した人はいるが、比較的少数であったと思われる。
渡来理由のパターン
次のような理由が考えられる。
✔ 自然災害による被害からの回復(生活の場を求めて)
✔ 戦乱・戦争からの逃避・難民
✔ 航行中に何らかの理由で漂流(意図しない漂着)
✔ 新しい土地を求めて(狩猟目的)
✔ 新しい土地を求めて(主に農地を目的として)
「渡来人」という用語
「渡来人」という語がある。でも、大陸から日本列島に渡って来た人を渡来人と言うなら日本人の祖先はすべて渡来人である。
歴史学でいう渡来人は、次のような人を指すのだろう。
西暦350年頃以降、朝鮮半島に百済や新羅など「国のような存在」が日本列島の人に認識された後に、朝鮮半島から日本列島に移り住んだ人
不思議なこと
日本人の祖先に関する伝説や言い伝えで、大陸から来たことを伝える話・伝説を聞いたことがない。(一般的にも周知されていないと思われる)
これは、主に、古墳時代以降に渡来した人が自分の過去や出自をあえて消したのだたと想定する。日本列島は広いと言えども、利用しやすい土地は限られているので、誰であれ、祖先はずっと昔からこの土地に住んでいたことにしたいのである。
その他の日本に来た人達
日本人の祖先ではないが、古代より日本列島に渡って日本で亡くなった人は多い。次のような人達がいる。
鑑真 がんじん 688-763 中国揚州生まれ 唐代の僧
多くのキリスト教宣教師
William Adams ウイリアム・アダムス (三浦按針) 1564-1620 英国人航海士
Lafcadio Hearn ラフカディオ・ハーン 1850-1904 ギリシャ生まれ 新聞記者、作家
Neil Gordon Munro ニール・ゴードン・マンロー 1863-1942 英国人医師
その他、移住ではないが日本に滞在して日本の情報をヨーロッパに伝えた人物もいる。
Siebold シーボルト 1796-1866 ドイツ生まれ医師、博物学者、オランダ官職、ミュンヘンで没
Isabella Bird イザベラ・バード 1831-1904 英国の旅行家、紀行作家
William Gowland ウィリアム・ゴーランド 1842-1922 英国人冶金技師・古墳研究
Ernest Satow アーネスト・サトウ 1843-1929 英国外交官・駐日公司
John Batchelor ジョン・バチェラー 1854-1944 英国人宣教師 アイヌの救済に尽力(*2)
脚注(Footnote)
(*1) Fig01. は 以下の記事で作成使用した画像の使いまわしである。
✔ 縄文時代の言語とは?(最終更新 : 2021 1105)
Fig01. は 約3年前に作成した画像である。同画像に記載しているように時代区分と気候・火山・文明・言語を関連づけて一覧で きる資料は良いものがない。よって、自分が作った画像が一番ましだと思っている。
(*2) ジョン・バチェラー は 日本永住を希望していたが日英関係悪化により1940年に帰国させられたとされる
改訂(Revisions)
2024 1007 初版