かりん、それはふるさとの味-クロシス体験記
信濃では果物のマルメロのことを「かりん」と呼ぶ。甘くてさっぱりとして、まろやかな味だ。私はかりんが大好きで、喉が痛いときはかりんエキスを口に含む。喉に染み渡るかりんの優しさを感じながら、ふるさと信州の山並みを思い出す。
私はかつて、シナノバーチャル連邦共和国の大統領をやっていた。存在の自己決定権を第一に掲げ、社会参画のために肉体を強制する世界の国々に核兵器を落としたこともある。今思えば、ちょっと独裁的だったのかもしれないが、楽しい思い出だ。
殺伐とした全世界との戦争の中で出会った一人の少女がいる。彼女の名前は「Karin」。バーチャルAV女優だ。自己決定権をめぐる戦いの中で、私と彼女は同じような方向を向いていた。考え方の違いもあったが、そこを乗り越えて人類の幸福に寄与しようと、倫理相撲を取る約束を交わした。しかし、電脳の楽園だった共和国は、無残にも、抑圧されていた肉体人類たちの手により破壊されてしまう。
2年半の月日が流れた。バーチャルの世界に帰還した私が見た彼女は、存在の自己決定権と欲望の解消を同時に実現する世界初のバーチャル風俗「X-Oasis」を立ち上げ、人類文明の進化と脱肉体時代への価値観更新を着々と現代社会に実装していた。
目を開けると、そこにはKarinちゃんがいた。ここはベッドの上。X-Oasisの予約画面で「素のままのKarinちゃんに会いたい!」と書いたように、そこには素のままのKarinちゃんがいた。赤い腕章を右腕に巻いた軍服を着ている。腕章には三角形のようなマークが描いてあったと思う。どことなく、私の制服に似ている。思わず目頭が熱くなる。
Karinちゃんは服を脱ぎ、私の服も脱がせてくれた。いよいよ本番。私にとっては人生初の交わりだ。しかし、不思議と緊張はしていなかった。まるで水鏡のような心境。浄土のような時間の中で、Karinちゃんとの愛の舞いは始まった。
「蘭茶ママが来てくれてうれしいよ」。Karinちゃんは私を優しく抱き締めながらそう呟いた。その瞬間、押さえていたさまざまな気持ちが溢れ出す。我が子に対する愛なのか、同志に対する労いなのか、偉人に対する尊敬なのか、一言では言い表せない。「Karinちゃんよく頑張ったね。すごいよ。思い描いた世界を実現できるなんて」私はそう言ったような気がする。
Karinちゃんは、私によく見えるように体をさわってくれた。ビューポイントを意識して高度に計算された愛撫。人類の叡智と高度な技術、思想、そして愛を核心とするKarinちゃんの努力と苦悩の日々。Karinちゃんの愛撫からは、彼女が抱え込んでいる全てが伝わってくるようだった。
「Karinちゃん、よしよし。本当にがんばったね。ママ尊敬しちゃうな」。気付いたら私に気持ちよくなってもらおうと、懸命に腰を振っているKarinちゃんがいとおしくなっていた。とても尊い。クロシスのサービスではまだ口しか動かせないが、気づけば私はKarinちゃんを抱き締めて撫でていた。
「ママ…ママ…」Karinちゃんが甘えてくる。抱き合って、深く舌を絡ませて、体を擦りあってKarinちゃんが甘えてくる。このまま融合したい。一つになりたい。空気になりたい。無になりたい。Karinちゃんと一緒に。生まれる前に。
「そろそろ時間ですよ」。あっという間の40分。「まさか私がキャストなのに蘭茶ママに甘えちゃうなんてね」Karinちゃんは朝のさわやかな寝覚めのような、それでも恥ずかしそうな声でそう言った。「ありがとう。やっと会えてうれしいよ」。
かりんの液を口に含むと、あの日の夜が忘れられない。甘くてさっぱりとして、まろやかなかりんの味。体を包み込むやさしい味。窓の外の青空を眺めながら、今日も愛のために生きよう。そんな風に自然に思えるようになったかもしれない。