どこかのメルヘン

 嘘を吐き続ければいつしか本当になると思っていた。空から星は降ってくるし、月も後ろをついてまわる。海の底では宴会が繰り広げられて、人魚の子は陸で蝋燭に絵を描く。そして、未来から今日を観測しに来た人と、今すれ違う。言い聞かせ続ければ、どこかでそういう世界が出来上がってゆくのだと、漠然と信じていた。ちかちかと点滅する街灯の下、すれ違った男性の電話の声が遠ざかってゆく。買い物を頼まれて、それに迷惑そうに答える声だった。ざりざりと爪先で地面を擦っても、固いコンクリートは灰色のままで、顔を上げた先は、変わらずに炭を呑んだような空だった。外気に晒され続けた指先がかじかんでいる。掌を開いたり閉じたりしても、じんじんと痛むだけで、血が巡る様子はなかった。嘘を吐き続ければいつしか本当になると、歪ませた認知も真実になると思っていた。頭の中は誰にも脅かされないと、そう信じていた。花は歌い、妖精は靴を作り、風は誰かを求めて駆ける。けれど、冷たく光る自販機が世界で、現実だった。

 足が疲労と倦怠でいっぱいになるころ、国道沿い、駐車場の広いコンビニが目に入った。店内に入り、温かいココアを手に取る。氷が溶けるように、じんわりと指先に血が通うのを感じた。店を出るまでずっと、流行りの恋愛ソングが流れ続けていた。
 ココアを口に含み、また歩き出す。喉を通って胃に落ちる、そのじんわりと広がる温かさを感じていた。思ったよりも身体が冷えていたのだと自認して、そういえばマフラーも手袋もしてこなかったなと、上着の襟を寄せた。

 嘘を吐いているという自覚があった。もはやその時点で間違えでしかなかった。自分で自分を騙そうという、意図をはっきりと感じていた。何とかして、世界を思う通りに歪ませたいと願っていた。目に見えるもの、聞こえる音、そういう全てを変えたかった。けれど、皮膚に触れる外気の冷たさや、それに奪われていくココアの温もりが、どう考えても現実だった。嘘を吐き続けられるほど盲目でもなければ、現実を飲み干せるほど強くもなかった。そうだ本当には最初から、全て美しく失敗していた。ここではないどこへも行けないことを、幼心にすでに知っていた。今日も明日も全て地続きで、何一つ変わってゆかないと、頭の片隅で分かっていた。馬に翼は生えないし、飴色の雨も降らない。抜けた歯は等しく変色し、硬貨には変わらないし、サンタクロースも不法侵入しない。最初に用意される環境は不平等で、時間だけが等しく、美しくも愛おしくもない退屈は、劇的に変わることなどない。それは絶望というよりは、ただの厭世と諦念で、「子育てに失敗した」と言われた子どもの成れの果てだった。
 握ったココアはいつしか冷え切っていている。それを飲み干していると、上着のポケットから振動が伝わってきた。左手でそれを取り出せば、液晶が青白く光って、メッセージを受信していた。地続きの現実。後ほど電話しますとだけ返事をして、またポケットにしまった。そして、逆のポケットに空になったココアのペットボトルを入れ、マンションへ戻ろうと視線を上げた。まるでタイミングを見計らったかのように、さっと、目の前を細い線が落ちていった。それは落ちてゆく星屑で、落ちた先が赤くほのかに光り始めた。「火事、か?」一瞬驚いて、考え直す。よくあることじゃないか。それは、何の変哲もない、よくある流れ星が誘発する火事だった。

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