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予言書『日月神示』発祥の地、麻賀多神社に行ってみた

『日月神示』についてはだいぶ前から知ってはいたけれど、紹介している記事やYouTubeを見るくらいで・・・なんか、難しそう・・・で、本を読むには至らず。
大した知識もないけれど、母が成田方面に引っ越してもう4年も経つというのに、日月神示が初めに降ろされたという「麻賀多神社」が車で20分くらいの所にあることをつい先日知り、母を訪ねたついでに行ってみた。

神典研究家であり画家の岡本天明氏が、第二次世界大戦も終盤となる1944年6月に、知人の誘いで千葉県印旛郡公津村台方(現在の成田市台方)にある「麻賀多神社」を訪れ、その末社の「天之日津久神社」を参拝した後に社務所で休んでいると突然、右腕に痛みを感じて自動書記現象が起こり、意味不明の文字や記号のようなものを書き連ねたそうだ。
それが国常立尊という神霊の言葉を降ろした『日月神示』の記述の始まりとなったという。

岡本天明氏には大変失礼だけど、中学生の時にこっくりさんが流行って、放課後に友達とやっていたら、突然、使っていた十円玉がポーンと机から飛び出して、これはこっくりさんを怒らせた!と怖くなり、慌てて学校近くのお稲荷さんに行ってお詫びして、油揚げを奉納したのを思い出す。

さて、日月神示には「今後、人類が大変な試練の時を迎えるから、正しい食生活や行いをもって心身を浄化し、身魂磨きをしなければ、その大峠を乗り越えることはできない」といったことなどが記述されていて、今の世の中がこのままで良いわけがなく、その先の明るい未来のためには破壊と再生が必要なんだろうと思っている私にはこれは本当に神様から降ろされた日本人への戒めと目覚めを促すものだと思える。
ちなみに日本は世界の雛形であるとも書かれていて、この世界の在り方は良くも悪くも日本人にかかっているという。

初詣の賑わいは過ぎ、旧正月にはまだ早い、寒い曇り空の日。
参拝客はほとんどいない、静かな境内。
周りもなんにもない、緑のなかにひっそりと佇む神社。
陰気になりそうな”曇りとひっそり”なのに、とても心地良かった。

何よりもその存在感に圧倒されたのが、樹齢約1400年!!!という大杉の御神木だった。
しっかりと根を張った大地から天空に向かって伸びる大杉の、すべてを包み込むような壮大で、厳かな立ち姿。
その存在がありがたく、しばらくの間、じーっとお側にいさせてもらい、神聖な深い癒しの時となった。
曇り空だったからこそより神秘的で、異次元的な空間となっていた気がする。

御神木に深くお礼をしてから、麻賀多神社の裏側にある「天日津久神社」を参拝。
思いのほか小さくて、ここで岡本天明氏がご神託を受けたのかと想像して、思いを馳せてみた。

その後、車で5分ほどの場所にある麻賀多神社の奥宮にも出向いてみた。
麻賀多神社は1700年余り前にこの地の地方長官のような役職であった伊都許利命(イツコリノミコト)が崇めた地元の鎮守様だそうで、この奥宮の方にはイツコリノミコトの墳墓があり、神社ばかりか古墳も拝めるという、ちょっとお得感のあるパワースポットであった。

こうやって麻賀多神社を訪れたことで、日月神示を読んでみる気になった。
きっと私には頭が痛いことがたくさん書いてあるだろう。
でも、今年に入って世の中が大峠に近づいていることを見せられていると感じるし、今、自分に必要だからここに導かれたのかもしれない。

カナダ在住の娘が、先のJAL機と海保機の事故の際の日本人の沈着冷静さとお互い助けあう姿に海外の人々が驚き、SNSで話題になっていると言っていた。日本でなければ機内はパニック、我先にと逃げ惑う人々で大混乱になっていただろうと。

日本は世界の雛形・・・ならば、
最近話題のペンキ画家ショーゲンさんのお話のように、”本来の日本人の心”を日本のみんなが取り戻したら、どんなに素晴らしい世界に変わるのだろうかと思う。
なので、まずは自分から。
身と心と魂を綺麗にキュッキュと磨かなければ!
そう思えただけで大変なご利益だ。
今日もありがとう。


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