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【平成大合併地名考】平成の大合併最悪の地名(前編)
【長文注意。約6,600字あります】
はじめに
病気に倒れる前、エキサイトブログに平成大合併で登場したりしそうになったりした地名についてあれこれと調べて「地名考」として書いたことがあった。これから書く「平成大合併地名考」はその時の記事を推敲して書き直したものである。
当時地名考で平成大合併によって登場したとんでもない地名の候補をいくつか取り上げたことがある。いずれも罷り間違えば実際の自治体の市町村名になっていたかも知れない。それが以下のものだ。
太平洋市(不採用) 千葉県
南セントレア市(不採用) 愛知県
あっぷる市(不採用) 青森県
この三つに「れいめい市」(不採用・鹿児島県)と「つくばみらい市(採用・茨城県)」の2つを足したものを紹介したことがあった。
最初に出てきた3つはどれも日本中で大騒ぎとなり実現はしなかった。そんな名前騒動で大もめになりながらも合併を実現させた千葉県山武市(候補に太平洋市があった)については紹介をした(noteではいつか推敲して紹介の予定)。しかし残る2つは合併の話そのものが立ち消えになってしまっている。「れいめい市」に関してはのちに「いちき串木野市」と言う名前が生まれ合併は成立するも、その名前がおかしいという記事を書いたことがある。これもいずれはこちらでも紹介したいと思っている。
個人的な見解に過ぎないのかも知れないがあまりに非現実的な地名は合併そのものにも支障を来す。だからこその合併協議会であり、場所によっては新地名を制定する小委員会も存在し、他所の例や一般的な常識に照らし合わせて地名の候補を絞っていった。もちろん新名称を決めることだけが合併協議会の仕事ではない。平成の大合併の際には新名称を決めずに既存の地名をそのまま用いることを前提で話が進む例も珍しくはない。
合併に伴う新市町名は公募が多く、面白半分な名前を勝手につけて投票するケースが非常に多い。どこの自治体でも必ず投票される名前には「ハッピー市」だの「きらきら市」などという元の場所が全然特定できない名前が必ず寄せられる。
そんな能天気な地名を候補から外すのも協議会なり小委員会の重要な役目でもある。それにもかかわらず奇妙な地名が数段階の選考審査を経た後にもまだ登場することからどうしてなんだろうと調べてみたのがこの地名考の始まりでもある。その始まりが津軽半島、ここは飛び地が目立つ上になんともヘンテコな地名にひらがな市名(つがる市)、そして津軽地方といえばかつて世の中を騒がせた「あっぷる市」という突拍子のないすごい名前が新市名候補として登場したということで話題になった。
そんな理由から津軽地方の平成大合併後の市町村の経緯を調べてみた。下はつがる市合併直後の津軽地方地図。五所川原市の南にある2つの町が今回の舞台。地名についているマークはのちに同じマークの市町村が合併することを意味している。
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(市町村変遷パラパラ地図から引用)
北津軽郡に新しい市を
前置きが長くなったがここからは問題の「あっぷる市」について書くことにする。合併協議会名は「津軽中央地域合併協議会」。上の地図の五所川原市の南西にある鶴田町と板柳町の2町の新設合併の協議会。2004年(平成16年)7月7日に第1回の協議会が行われている。協議会は板柳町多目的ホール「あぷる」で行われた。
協議会における新市名に関する協議は協議第8号。地名制定に小委員会は設けず協議会で直接協議が行われた。第1回の協議では
その地域の歴史、文化あるいは特性など様々な観点から対外的にも覚えやすい名称を公募。
全国的にも同じものや両町の名前は使わない。
という目標が掲げられた後さらに具体的なスケジュールにまで話が展開していた。第1回協議会でいきなりこのペースである。双方それなりに気合いも入っていたのだろう。
新市名の候補とその理由
2004年(平成16年)7月23日に開かれた第二回協議会では新市名称募集要項が制定され、募集スケジュールに関する話が続く。
同年(平成16年)9月1日に行われた第5回協議会では以下の報告がされる。
応募総数342点、有効票数290点、無効は52。無効内訳は現存する名前等。有効290の中から各委員が事前にはがきの投票で3つずつ選び12までに絞り込まれたものが資料として配付。
ところが議会上で当日中には候補が絞れないと言い出す委員が複数出て、即日決定にするか、後日に持ち越すかで意見が二分してしまう。
挙がった候補は以下の通り。あいうえお順で得票内訳と理由も記す。理由については協議会資料に載っていたものをそのまま引用。
1、あすなろ市(応募1、委員投票2)
あすなろ 桧<ひのき>に似た木材の事で、「あした桧になろう」とい うことから「あすなろ」と言われる。具体的な樹種として青森「ひば」能登「ひば」などが「あすなろ」といわれる。将来の夢と希望 を持たせてくれる市(町)名と思う。
「あすなろ」という市町名候補はよその場所でも結構お馴染みだが、大抵の協議会では初期段階で弾かれて相手にもされない。ただしここに限っていえば青森とあすなろ(ヒバ)の繋がりが他所よりも強いということで選ばれたのかもしれない。
2,あっぷる市(応募8,委員投票4)
・両町林檎を生産している。今や国際に通用しなければいけないので。
・両町の主生産物りんごを表現している。
・子どもからお年よりまで親しみやすく、両町の主生産物で両町を象徴する。
これが今回のメインターゲット。誰もが「これは変だ」と思ったあのあっぷる市の始まりだ。こんなモノが選出されて候補に上ってきたこと自体がこの協議会がまともではない証拠でもある。これまでの経緯をもう一度書くとユルいとは言え目標をしっかり掲げた上で公募した290点から合併協議委員が三点選びそれを葉書で投票した上での結果なのだからクラクラ来る。当初から委員投票も4票あったという事も見逃せない。
よくもまあ、こんな名前を四人もが選んだなと呆れるしそれ以上に誰もこれはダメとは言えなかったのか考えると空恐ろしい。
3,岩木川市(応募10,委員投票4)
・両町とも岩木川の中流に位置し、歴史的にも日常生活においても、町民の信条に深く入り込んでいるから。
・岩木川の名称は比較的知られているので全国的にも認知されやすい。
地域にある山や川の名前が新しく採用されるケースは珍しくはない(新潟の胎内市、山梨の南アルプス市、高知の四万十市など)。これはこれでアリとまでは言わないが致し方ないのではないかと思っている。
4,北中央市(応募1,委員投票2)
津軽中央地域の津軽を北にした。
この名前だけを聞いても青森県のとある地名だとはわからないだろう。こう言うのが案外選ばれてしまうものだ。こんなのが選ばれたら地元の人はたまらないだろう。
5,北津軽市(応募8,委員投票6)
・北津軽が消えるのは寂しい。板柳町も鶴田町も北津軽郡の仲間。
・北津軽に愛着をもっていて、どちらも北津軽なので。
・郡名で慣れ親しんでいるので。津軽は、知名度もあり全国のアピールも容易だと思う。
実は新市町名が決まる際に一番多いパターンが東西南北を使って新しい地名が作られるケース。ただこの二町はは北津軽郡だということも理由なのかもしれない。だとすれば「また方角をつけて片付けるのか」という文句は通用しない。通用しなくてもやっぱり安直なイメージは拭えない。また旧郡名を名乗る自治体は結構多い。例を挙げれば千葉県山武市(元は山武郡)、匝瑳市(元は匝瑳郡)、三重県いなべ市(元は員弁郡)、福岡県みやこ町(元は京都郡)、佐賀県みやき町(元は三養基郡)など。それだけ合併協議会でも注目されるのだと思う。
6,中央津軽市(応募4,委員投票数2)
・津軽地方の中央部に面しているから。
・北津軽郡の中央に位置を占めているので。
・名称どおりのご発展を願って。
北津軽ならまだ旧北津軽郡なので理由もあるが、こっちに理由は全く感じられない。
7,津軽中央市(応募15,委員投票7)
・青森県の津軽と呼ばれる地方の中心部に合併する2町は位置しているから。
・名称どおり本県の中央都市としての発展を願って。
・津軽平野の中央に位置する市。
理由だけなら結経理に適っているような気もするが、字数がちょっと気になる。
なんちゃら中央という平成新地名は山梨の中央市や愛媛の四国中央市など現実化したものがあるのでこの地名も罷り間違えてという結果になったかも知れない。だとしても「あっぷる市」よりはずっとマシだ。
8,津軽富士見市(応募20,委員投票5)
・父なる岩木山を裾野から頂上まで一望できる板柳町と鶴田町にふさ わしい。津軽富士見湖がある。
・津軽のシンボルである岩木山が美しく見える地域。
応募数などを鑑みても新市名として選ばれるのであればこのあたりが一番無難ではないかと思われる。ここでいう「富士」は津軽富士、岩木山のことを指しているので名前から地域も想像しやすい。「北中央」やましてや「あっぷる」ではどこなのかもわかったものではない。しかし「津軽富士見」という名前の湖が実在したことがこの悲劇(喜劇?)の始まりにもなった。
9、津軽平野市(応募3,委員投票2)
・平野の中央に隣接する鶴田、板柳の合併。他県からの知名度からも 岩木山・川・平野を連想できる名称
・全国の人が吉幾三の歌で覚えており全国的にPRになり特産物のブランド化にもつながる。
・津軽平野のど真ん中の地域で、田園と果樹園が最も美しい平野。
理由としては説得力はあると思う。しかしあまりにも漠然としていて元々は板柳だ鶴田だとあえて語り継がなければいずれ忘れられてしまいそうだ。しかしながら吉幾三のあの歌をすべての人が知っているわけでもなく、そんなことを理由にするのなら「雪国市」でも「おら東京さ行ぐだ市」でもいいんじゃないの。
10,鶴柳市(応募9 委員投票11)
・「鶴田町」の「鶴」と「板柳町」の「柳」の二つの町の各一文字を 組み合わせて命名しました。
・2町が一体となって末永く繁栄してほしいので、2町から名前を1 字づつとる。
このパターンは結構見られる。合併前の自治体から一文字ずつ持ち寄って合わせる。これを個人的には「小美玉パターン」と呼んでいるのだが、旧地名に愛着があるとこういった候補が出てくる。また字の順番で争いになることもある。最も風当たりが大きいが時代の流れと共に馴染むパターンで、全国的にもこの手の新地名が思いの外多い。元の地名を部分的にでもいいので残したいという気持ちから採用されがちだがどこのレガシーも受け継いではいない。
11,みちのく市(応募4,委員投票3)
・東北地方でこんな地名があったらいいと思う。
・青森と言えば頭に浮かぶ。
・「みちのく」はなじみがあり、また万葉集の歌にも出てきており、歴史ある呼称である。
広く東北地方一帯を呼ぶ呼び名をこんな狭い地域が名乗っていいものか、決まれば絶対に反発は免れない。
12、みどり野市(応募2,委員投票2)
・板柳町も鶴田町も農業主体の町で「農業=みどり」と思っています。 心と健康に良い「みどり野市」です。
・田園都市として広く緑を残した町づくりをしていくことの表れ。
これは明らかに両町をイメージした|瑞祥《ずいしょう》地名である。この手の候補は親しまれやすいが逆をいうとそこがどこなのかがわからなくなってしまう。津軽半島にあるとは地名からだと位置がわからなくなる。栃木県の「さくら市」、群馬県の「みどり市」、徳島県の「美波町」など決まった例も多々あるが後で必ず文句が殺到する。
協議会内に不協和音
こうして候補は12にまでは絞られたのだが、そこからが先に進まない。それは協議会の中の意見が主に以下の…
この中から選ぶのか(どれも気に入らない委員が文句を言う)
今日選ぶのか(決めたくない委員がいる)
の2つに集約されるが、特にあっぷる市を推したい人たちの決定延期とさらに多くの人たちの意見がほしいという意見が目立った。そしてそれらは全員板柳町の委員だったのだ。一方の鶴田町側の委員は歴史的な意味合いやこれまでの地域にある名前も尊重すべきと主張をしている。それもそうだがここで折れたら新市名が「あっぷる」になってしまうのが一番怖かったのではないだろうか。
新しい市名のことでもあるので慎重にはなろうという点では一致するが、それ以外のところがなかなか意見がまとまらない。さらにこの協議会、時間的に大分ギリギリで、ほかにもたくさん協議事案があり新市名称だけに時間をかけてはいられなかった。
さらに12の地名候補からそのまま選ぶのには抵抗を感じている数人の委員は決定延期を要求しているのが会議録を読んでいるとわかる。中には今日決めていいが決めるのならどうしてこの地名に票を入れたのか説明をする必要もあるだろうと言い張る者も登場。最終的に即日決定は断念、ただし12候補の中から選ぶと話がまとまってきた。それだってどうにも無理を通し難癖をつけて話の筋をそっちへと曲げているようにしか感じられない。
しかも話がその方向へ向かうとさらに12候補が気に入らない一部の者が延長した時間の間に他の人から意見を聞いてもいいのではないかとこれまでの話し合い聞いてなかったのかよといいたくなるような意見が出てくる。話の流れでは12候補ではきめきれない、時間もない。ならば時間は少しとれるがその代わりに12の候補から地名を選ぼうと話が進んだはずだった。結局各町の委員の私情が多々挟まり、まとまるものもまとまらない泥仕合になっている。
12の候補?オラには関係ない
協議の最終期日を次回の協議会に延期とし、そこで必ず決めるというという点は決定になった。ところがその後でも12の候補は考え直した方がいいという意見は続いてきた。ここで最終期日は決まっても12候補に対する不満が徐々に膨らんで来る。そんな中でまずは次回の決定法を確定。12候補から委員が一つずつ投票して決めることで話はまとまる。
しかしながらそれ以外の部分では話はなかなかまとまらない。後は各自が勝手な意見を述べ始める。下にいくつか例を挙げる。
そこは今までの事情を両町長さん方お聞きだと思うので、ひとつ二人 にご一任申し上げた方がいいんじゃないかと思います。
と言うようなここまで一度として出てこなかった案が突然出てきたり、
今まで何でもはい、どうぞ、どうぞで余り順調過ぎてどうなるのかと思っていたのですが、 やはりこのぐらい時には議論白熱しないとだめだと思うんです。
何か誤解しているよコイツ。さらに続けると…
(上と同一の委員)
新市の名称の選定方法等については事前に 我々がちゃんと納得した上でやったのですから、したがってこれに従ってやるべきだと。実際私が入れたのは一つも入っていません。正直言って12どれも好きでありません、はっきり言うけれども。
と、どさくさ紛れに言いたいこと言って議会をかき回しては「おお議論が白熱しているね楽しいぞわーいわーい」と楽しんでいる輩までいる。そしてその理由は事前に自分が投票した3つの候補がすべて選から外れていたから。それじゃただ拗ねたガキの戯言にしか見えぬ腹いせにも受け取れない行為としか思えない。(まあそこまでというい訳ではないだろうけど、でも自分の希望が無視されての発言としてはなんとも虚しい。)
これで無駄な時間が費やされ、結局は12候補の中から次回の協議会で一つに選ぼうというところで落ち着いてこの泥沼の第5回協議会協議第8号は終了。次の議題へとそのままのメンバーで入っていくのだから協議会ってのはタフだなとつくづく思った。
ということで今回は猛反対で消えてしまった幻の「あっぷる市」がどうして登場したのか、候補にまで上ってきたのかを書いたのだが、気になる第6回協議会については、そしてこの鶴田、板柳の合併はどうなったのかについては項を改めて紹介したいと思う■
次回につづく