コーヒーの香りが包む時間
コーヒーを飲むようになったのは、母の影響でした。
いつもより遅く始まる朝。
家族みんなが揃う休日は、朝食前にコーヒーを飲みながら団らんの時間がありました。
いつもは慌ただしく私や家族のために動く母も、休日の朝だけは、コーヒーを淹れ、それを飲んでいる間は、ゆっくりと、ゆったりと、自分のために時間を使っているような、そんな印象を抱いていました。
そしてそんな母を見て、とても嬉しく思っていました。
まだ幼かった私は、その時間が大好きで大好きで、眠い目を擦りながら、1階のリビングへと足を運んでいた記憶があります。
コポポと音を立てるコーヒーメーカーの前で、
最後の一滴が深く黒い波紋を広げるその瞬間まで、じっと見つめて、
できたよ!と知らせるのが、幼い頃の私の役割でした。
もちろん私はコーヒーなんて飲めなくて、
それでも飲みたいと騒ぐ私に、
母はミルクをたっぷり入れたカフェオレを作ってくれました。
みんなと同じ、憧れの白いマグカップ
みんなが飲む、憧れのコーヒー
ふわふわと立ち昇る湯気さえも美味しそうで、
それも逃すまいと急いで口に運ぼうとする私を、
まだ熱いからと言って、ふーっと冷ます母の姿を今でもよく覚えています。
当時の私は、その時間さえも惜しく、
早く私もみんなの仲間になりたいのだと、必死でマグカップを取り返しました。
ゆっくり飲みなさいね。
そんな母の言葉を聞きながら、初めてのコーヒーを飲みました。
にがい。
多分、そんなことを言ったのだと思います。
だから言ったでしょう。と家族が笑ったのを覚えているから。
ミルクがたっぷり入っているのだから、
こんなに優しい色をしているのだから、
こんなにいい香りが家中を包むのだから、
家族があんなに美味しそうに飲むのだから、
そう思っていたのに、苦かった。
それでも、思い焦がれたコーヒーを飲めたことの感動が大きくて、
ちょっと大人になったような、くすぐったい気持ちが心地よくて、
母と同じものを飲んでいるのが嬉しくて、
ソファに座る姿勢を正しながら、美味しいねって、ズズッと音がするまで飲み干しました。
次の週の休日から、
母は、コーヒー飲む?と私に聞くようになりました。
飲む!
コーヒーを飲むようになったのは、母の影響でした。
私の大好きで大好きな時間は、いつもコーヒーの香りで包まれていました。
ブラックコーヒーが飲めるようになるのは、まだちょっと先のお話です。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?