
ふみ・・・の続き
「お父さんを助ける方法」
夏休みが近づいてきた頃、フミはたまよばあちゃんに相談をした。
「おばあちゃん……。お父さんの事故を防ぐことはできないのかな?」
たまよばあちゃんは少し驚いた表情を見せた後、静かに微笑んだ。
「フミ……あの時、斉藤凜君は私の頭の中にあったから、あなたたちが助けることができたの。でも、お父さんのことは……私の世界にはいないと思うのよ。」
フミは少し俯いた。
「そっか……。でも、もしかしたら何か方法があるかもしれないよね?」
たまよばあちゃんは優しく頷いた。
「そうね。もし何か手がかりを探すなら、一度みさえにお父さんとの話を聞いてみるといいわ。そこから何かヒントが見つかるかもしれない。」
フミは少し考えてから、決意したように顔を上げた。
「うん……。夏休みに家に帰ったら、お母さんに聞いてみる。」
めいが心配そうに尋ねた。
「フミ……大丈夫?」
フミは笑顔を見せた。
「うん、大丈夫。もしお父さんの事故を防げる方法があるなら、やってみたいんだ。」
めいは少し考えてから頷いた。
「そっか……。フミがそうしたいなら、応援する!」
たまよばあちゃんは優しく二人を見つめながら、静かに言った。
「真実を知ることは、時に痛みを伴うこともある。でも、フミならきっと受け止められる。焦らず、しっかり話を聞くのよ。」
フミは力強く頷いた。
「うん……ありがとう、おばあちゃん。」
夏休みが待ち遠しく思えた。フミの胸には、新たな決意が芽生えていた。
「お母さんの思い出話」
夏休みに入ると、フミはたまよばあちゃんに大分空港まで送ってもらい、羽田空港へと向かった。到着ゲートを出ると、そこにはみさえが立っていた。
「フミ!」
みさえは駆け寄ると、フミをぎゅっと抱きしめた。その腕は震えていて、肩には涙が落ちる感触があった。
「お母さん……泣いてるの?」
「だって……寂しかったのよ……。フミに会いたくて……。」
フミは少し驚いたけど、ぎゅっと抱きしめ返した。
「私も会いたかったよ。」
しばらくして、二人は手をつないで家へ向かった。
久しぶりの家。懐かしい香りがした。リビングにはフミの好きなハンバーグが並んでいた。
「お母さんのごはん、久しぶり!」
「たくさん食べてね。」
二人は並んで食卓につき、フミはたまよばあちゃんの家での出来事をすべて話した。たまよばあちゃんの物語の世界、お姫様、そして過去へ行ってたまよを助けたこと……。
みさえはじっと話を聞いていたが、最後に大きく息を吐いた。
「すごいことをしたわね、フミ……。」
驚きと誇らしさが混ざったような表情だった。
その晩、二人はリビングのソファに並んで座った。
「ねえ、お母さん。お父さんのこと……聞いてもいい?」
みさえは少し目を伏せた。そして、小さく頷いた。
「お父さんとのこと、話してあげるわ。」
フミは息をのんで、みさえの言葉を待った。
みさえの目は、過去を思い出すように、少し遠くを見つめていた——。
「お母さんの過去」
夜のリビング。フミはソファに座りながら、みさえの言葉を待った。
みさえは小さく息を吐き、静かに話し始めた。
「お母さんもね、中学の時にいじめにあっていたの。」
「え……お母さんも?」
フミは驚いた。自分とめいだけじゃなく、お母さんも?
みさえはゆっくり頷いた。
「仲の良かったグループがあったの。でも、その中の一人が好きだった男の子が、お母さんのことを好きになっちゃってね……。」
「えっ……それで?」
「告白されたの。でも、もちろん断ったのよ。その子の気持ちもわかってたから。」
「……なのに、いじめられたの?」
「そう。その子が、ほかのグループの子たちに『みさえが私の好きな人を取った』って言いふらして……。気づいたら、お母さんはどんどん孤立していった。」
フミはギュッと手を握りしめた。
「学校を休まなかったの?」
「うん。でも、毎日がすごくつらかったわ。友達だと思ってた子たちが急によそよそしくなって、無視されたり、陰口を言われたり……。」
みさえは遠い目をして続けた。
「でもね、高校に行くと、そのグループの子たちはほとんど別の高校に進学したの。それで、お母さんは心機一転、新しい高校生活を送ろうって思ったのよ。」
「ふーん……それで?」
「入学式の日、校門をくぐろうとしたら——」
みさえはフフッと笑った。
「隣にいた男の子と同時に門をくぐったの。その時、ふと目が合ってね。」
「……え?」
フミは一瞬、頭が真っ白になった。
「ちょっと待って、それって……」
「そう、その男の子がね——フミのお父さんだったの。」
フミは目を丸くした。
「えぇぇ!? それって、めいと私の出会いと一緒じゃん!」
みさえはクスッと笑った。
「そうね。不思議な巡り合わせよね。」
「お母さん、その時はどんな気持ちだったの?」
「うーん……特別な感情はなかったわよ。ただ、なんとなく気になる存在ではあったわね。」
みさえは懐かしそうに微笑んだ。
「高校を卒業して、お母さんは地元の短大に進学したの。お父さんは東京の大学に進んで、離れ離れになったけど……。」
「……それから?」
「短大を卒業したお母さんは、お父さんのいる東京で就職したの。それでね、同棲を始めたの。」
「へぇ……!」
「そして、お父さんが大学を卒業して、就職が決まったタイミングで、結婚したのよ。」
フミはじっとみさえを見つめた。
「お母さん……お父さんのこと、すごく好きだったの?」
みさえは少し驚いたようにフミを見た。そして、優しく微笑んだ。
「……うん、とても。」
フミは、その言葉をかみしめるように頷いた。
お母さんにも、いろんな過去があったんだ——。
「お母さんの話、夢のない夜」
「続きはまた明日ね。もう寝なさい。」
みさえは優しくフミの髪を撫でた。
「……うん。」
フミは布団に入りながら、小さく返事をした。
たまよばあちゃんの家では、夜になると不思議な夢を見た。夢の中でめいと一緒に、まるで物語の世界に入り込んだみたいに——。
「今夜も夢を見るかな……。」
そう思いながら、フミはゆっくりと目を閉じた。
——もし、あの日、お父さんが出張に行かなかったら。
——もし、あの時間に、あの道を走らなかったら。
何度も考えたことだった。
でも——
その夜、フミは夢を見なかった。
次の日の夜も、またその次の夜も。
みさえはフミに話をしてくれた。
「お兄ちゃんたちが生まれた時のこと」
「うん……。」
「二人ともね、生まれた時から元気いっぱいでね。お父さんなんて、立ち会いの時に涙ボロボロこぼしてたのよ。」
「え、お父さんが?」
「そうよ。『ありがとう、ありがとう』って、何回も言ってたの。」
フミは目を丸くした。
「ふふっ、お母さんは『こっちが痛い思いして産んでるのに、なんで泣くのよ』って思ったけどね。」
二人はクスクス笑った。
「……フミが生まれた時もね、お父さんはすごく喜んでたわ。」
「そっか……。」
フミは、心の中がほんのりと温かくなるのを感じた。
「お父さんが事故にあった日のことも……話しておくね。」
みさえの声が少し震えた。
フミは、息をのんで続きを待った。
「出張先から会社へ向かう途中のことだったの。高速道路で事故に巻き込まれて……。」
「……。」
「電話がかかってきた時、何が起きたのかわからなかった。でも、病院に駆けつけた時には、もう……。」
みさえは言葉を詰まらせた。
「お母さんはね、その時、一生分の涙を流したと思う。それくらい、つらかった。でも……。」
フミは、みさえの瞳をじっと見つめた。
「でもね、乗り越えたの。お父さんがいなくても、お兄ちゃんたちがいて、フミがいて……お母さんは前を向くしかなかったから。」
「……。」
「フミがいじめにあって、学校に行けなくなった時も……つらかった。でも、無理に行けとは言えなかったの。お母さんも、昔、つらい思いをしたから。」
「お母さん……。」
「だからね、翌年になって、フミがまた学校に行くようになった時、本当に嬉しかったの。」
みさえは、ぎゅっとフミの手を握った。
「……ありがとう、フミ。」
フミは胸がいっぱいになった。
「うん……。」
それから、布団に入った。
「今日こそ、夢を見るかな……。」
そう思いながら、そっと目を閉じた。
だけど——
やっぱり、夢は見なかった。
「海の宮殿での再会」
夏休みが始まる一週間前。
フミはたまよばあちゃんの家に戻ってきた。
「おかえり、フミ。お母さんとはたくさん話せたかい?」
「うん……。」
フミは、みさえから聞いた話をたまよばあちゃんにゆっくりと話した。
みさえが中学時代にいじめにあっていたこと。
お父さんとの出会い、高校時代、大学時代のこと。
そして——お父さんが事故で亡くなった日のこと。
たまよばあちゃんはじっとフミの話を聞いていた。
「そうかい……お母さんも、お前も、よく頑張ったねぇ……。」
そう言いながら、ばあちゃんはフミの頭を優しく撫でた。
その夜——
フミは再び、たまよばあちゃんの物語の世界へと入っていった。
「フミ! 見て!」
めいが空を指さした。
フミが顔を上げると、そこには——
「……えっ!?」
みさえと、お父さんがいた。
「パパ……?」
フミは思わず駆け寄った。
「フミ。」
お父さんは微笑みながら、フミの頭を撫でた。
「パパ……本当に?」
「本当にパパだよ。」
フミは涙をこらえきれずに、お父さんに抱きついた。
「会いたかった……ずっと……!」
お父さんは優しくフミを抱きしめた。
「お前が元気でいてくれて、嬉しいよ。」
「パパ……。」
「ふふ、なんだか夢みたいね。」
みさえも笑いながらフミの隣に立った。
「ママまで……。」
「きっと、おばあちゃんの物語の中だからよ。」
そう言うと、ペガサスが空から舞い降りてきた。
「さぁ、行こう。」
お父さんが手を差し伸べる。
フミはその手をしっかりと握った。
3人とめいは、ペガサスに乗り、青く輝く海へと向かって飛び立った。
海に着くと、そこは現実の世界とは違い、人間でも何時間でも息ができる海だった。
フミたちは海の中へと潜った。
「わぁ……!」
透き通る水の中で、色とりどりの魚たちが優雅に泳いでいる。
「なんて綺麗なの……。」
「まるで、別の世界みたい……。」
お父さんと手をつないで、フミはしばらく泳いだ。
「パパ……ずっとこうしていられたらいいのに……。」
「フミ……。」
その時——
「ようこそ、私の宮殿へ。」
美しい声が響いた。
そこには、海の宮殿のお姫様が立っていた。
「お姫様……!」
フミはお姫様の前に進み出た。
「お願いがあります。パパを……生き返らせる方法はありませんか?」
お姫様は、少し寂しそうな目をしてフミを見つめた。
「……それは、とても難しいことなの。」
「どうして? たまよばあちゃんの時みたいに、何か方法があるんじゃないの?」
フミは必死に訴えた。
お姫様は優しく微笑んだ。
「フミ……確かに、ここではあなたはお父さんと一緒にいられる。でも、この世界は“現実”ではないのよ。」
「え……?」
「この世界は、あなたの心が作り出した場所でもあるの。だから、お父さんとはここで会うことができる。でも——」
お姫様はゆっくりとフミの手を取った。
「お父さんが現実の世界に戻ることは、できないの。」
「……。」
フミは、ぎゅっと拳を握った。
「でもね、フミ。」
お姫様は優しく語りかけた。
「あなたが覚えている限り、お父さんはずっとあなたの心の中に生き続けるわ。」
「心の中に……?」
「そうよ。思い出がある限り、お父さんは消えない。だから、現実でも、いつもお父さんを感じて生きていけるの。」
フミは、お父さんの方を見た。
「パパ……。」
お父さんは、優しく微笑んだ。
「そうだよ、フミ。パパはいつでもお前のそばにいる。だから、強く生きていくんだよ。」
「……うん。」
フミは涙を流しながら、お父さんの手を握りしめた。
この時間がずっと続けばいいのに——。
そう願った。
でも、それは叶わないことだと分かっていた。
「パパ、ありがとう……。」
「フミ、元気でな。」
そう言うと、お父さんはフミの額にそっとキスをした。
そして——
フミは、ふと目を覚ました。
朝の光が差し込む部屋の中。
フミはしばらくぼんやりと天井を見つめていた。
「……パパ……。」
夢だったのかもしれない。
でも——
「夢じゃないよね……。」
フミはそっと胸に手を当てた。
心の中に、お父さんの温もりが残っている気がした。