薔薇の名前
母さん、外を見て。
いいお天気よ。久しぶりねー、こんなお天気。
(女、顔をのぞき込む)
ごめんなさいね、ちょっと最近こっちへ来られなくて。
母さん、変わりなかった?
(軽くため息をつく)
母さん、あたしは一華じゃなくて、祥子よ。
姉さんは忙しくて来れないの。姉さんは仕事もやり手だし、出張だって多いんだから。
ねえ母さん、今日は花束を持ってきたの。母さんの好きな薔薇。
ふと思いついてね、母さんが以前よく頼んでいた花屋さんにいってみたのよ、花藤さん。
「お母様はお元気ですか?」って聞いてくれて、、、施設に入ってることを伝えたら「そうですか。お母様はお嬢さんのブラウスに薔薇の刺繍をそれは綺麗に入れられてましたね。」って、、、
あたしはほんの数回母さんと一緒に行っただけだけど、あそこのおばさん、まだ私のこと覚えててくれたわ。
母さん、またあたしのことを一華って呼ぶ。 あたしは祥子。一華は姉さんの名前。
それにしてもここって本当に殺風景ねえ。カーテンに白い壁だけなんて味気なさすぎ。もう少し色味ってものがあればいいのにね。
ねえ、母さん、これ覚えてる?
母さんがバラを生ける時にいつも使ってた花瓶。昔これにへのへのもへじって落書きして、ふふっ、母さんにこっぴどく叱られたっけ。
あの時の母さんの怒り方ったらすごかったよね。姉さんだけ一目散に逃げちゃって、、、
結局あたしがあの落書き消したんだよ。
(女、薔薇の花瓶をベッドの脇に置く)
さ、これでどう?
これだったら小さくてここに置けるし、ベッドに寝てても見えるでしょ。
それにしてもこの薔薇、花びらもたくさん。艶やかよね。まるで今の姉さんみたい。
あーあ、どうせなら私も姉さんみたいに、美人を連想させる名前が欲しかったなー。ねえ、母さん?
(間)
母さん、また姉さんの名前呼ぶの?
あたしは姉さんじゃない。あたしは祥子よ。一華じゃない!
姉さんは、、、姉さんは、見舞いにも来ないじゃない、一度も。
母さんのことなんて気にかけてないのよ。母さんがここに来る前だって、母さんが寂しいって言ってるって何度伝えても、電話すらかけてこなかった。
あたしはずっと母さんのそばにいたのに。
小さいときから待ってたのに。
母さんがいつかあたしを見てくれると思ってたのに。
どうして? どうしてよ!
あたしを見て?
祥子って呼んでよ。
(間)
(薔薇の名前を読み上げる声に気づいて顔を上げる)
母さん、
このピンクのは、、、なんていう名前?
そう。じゃ、、、こっちの花びらの多いのは?
じゃ、このクリーム色のつぼみのは?
薔薇の名前は覚えてるのね。
(間)
母さん、大丈夫よ。何も怖くないわ。カーテンが風で揺れただけよ。
あたしがそばにいるから。
一華がずっとそばにいるから。
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