アンチ株主優待論
株主優待
株式を保有する動機として株主優待は大変人気だ。企業が自社の株式を保有している「すべての株主」に対して株主優待と呼ばれる特典を用意することで、自社株の魅力を高めようとしている。
読者の中にも株主優待を目的に特定の銘柄株を保有していたり、これから買おうかと考えている人もいるかもしれない。
確かに株主優待には「企業側から見て」いくつかの利点があるように見える。
・「株に詳しくない人にも株式を保有するメリットを伝えやすい」
・「投資家側の値下がりに対する感受性が鈍くできる」
・「会社のファン的な株主が増えることで経営層へのプレッシャーが下がる」
一方、株主優待は自社の売上を押し下げる直接的な要因にもなりうる諸刃の剣だ。例えば自社の製品やサービスを割り引くような優待券を配布した場合、割り引いた分だけ売上は下がるはずだ。結果的に株価が下がった場合、損をするのは優待を受け取った株主になる。
さて、株主優待は改めて考えると奥深いように見えるが、今回はさまざまな媒体で絶賛されがちな株主優待を少し否定的に見ていきたい。主として現時点で筆者が考える問題点は以下の3つだ。(特に3つ目が致命的だと考えている。)
・投資の目的が見えづらくなる
・会社のファンが株主になると経営層に圧力がかからない
・株主を平等に扱っていない
順番に見ていこう。
投資の目的が見えづらくなる
投資の目的は何か?
こう聞かれたら「資産を増やすこと」だとわかるだろう。間違っても目的そのものが「株主優待をもらう」ことではない。銘柄やサービスにもよるが10%割引の優待券をもらうより、株価が5%値上がりした方がずっと利益を得られるはずだし、仮に株主優待を廃止することで株価上昇を5%から7%にできるのであれば、廃止した方が「投資の目的」を果たせるはずだ。しかし、このような施作は株主(主として個人投資家)に歓迎されない。なぜか?
これは、株主優待が投資の目的そのもの(資産を増やすこと)を見えづらくしている側面があるからだ。すでにある株主優待がなくなると、それが将来の株価に効くとしても、その効果は見えづらいため「改悪」に感じられる。加えて、株主優待を受けていると、株価が下落している最中において「株主優待があるから気にならない」「株主優待目的で買ったのだから関係ない」といった目的を忘れた盲目的な投資家になりかねない。
企業の側からすれば株価下落に株主が目を瞑ってくれるのだから歓迎すべき話だが、その代償として傷んでいるのは株主の資産だ。
ここまで聞いて、上記の「利益」の中に株主優待も含まれているのだっという反論があるかもしれない。さすがに「投資の目的は資産を増やすことではない。株主優待を貰うことだ!」っと言い切る人は少ないだろうが、これついても少し追記しておく。
確かに株主優待は株式を保有することに伴って得られる利益の「一部」だ。しかし、その「利益」はもう少し分解してみると以下の3つに分けられる。
・キャピタルゲイン(値上がり益)
・インカムゲイン(配当益)
・株主優待
議論が拡散するので本稿で詳細は述べないが、上記の3つは資産を増やす目的で見た時に、上から順番に重要だ。誤解を恐れずに言うと、利益の大半は「キャピタルゲイン」によって実現するため、残りの2つはハッキリ言って「おまけ」だ。
インカムゲインも投資系の雑誌や本で「高配当利回り特集」のような形で取り上げられることもあって、株主優待に似た性質を持つ魔性なのだが、本稿での細かい説明は割愛する。
ここでは「おまけ」に釣られて余計なものを買わないことだ、とだけ申し上げておく。
繰り返すが株式投資で大切なのはキャピタルゲインである。この事実を見えづらくしてしまうことが、株主優待の1つ目の問題点だ。
会社のファンが株主になると経営層に圧力がかからない
「株主優待が目的だ」っと言って特定の銘柄に投資をする投資家は、おそらくその企業のことを好意的に見ているはずだ。その企業のサービスや商品を利用して充足感を得て、結果的に株主優待に辿り着くパターンが多いのでないか?
航空会社や旅行代理店の銘柄に株主優待目的の投資が多い(ように感じる)のは、旅行の思い出に美化されているためかもしれない。しかし、投資理論で言えば自分が好きな銘柄だけに投資するというのは、いかにも偏ったポートフォリオになる可能性が高い。市場は個人投資家の好みになど全く影響されないのだから、「好きな銘柄」から「好きではない銘柄」まで幅広く分散投資するくらいの度量が欲しい。自分が好きではないその銘柄は「他の誰かにとって好きな銘柄」であるかもしれない。「自分が好きな銘柄」の方が「他人の好きな銘柄」より優れている決定的な根拠がないのであれば、どちらが有利かは誰にもわからないからだ。
ファンのような感覚で株式を保有している株主は、経営に対して甘い「物言わぬ株主」になりがちだ。投資家は自ら保有する株式の価値を高めるため企業経営に参加する権利がある。その行動は議決権の行使が最もわかりやすいが、「株式を売却する行為」も立派な意思表示だ。そのような「行動」の広がりが結果的に株価を下げた場合、議決権を行使するよりも経営に対するインパクトは大きい。
しかし、株主優待を目的にした固定株主の場合、企業に対してこのようなプレッシャーをかけることができない。
株主を平等に扱っていない
これが株主優待の最大の問題点だ。この事実と比較すれば上記2点は先の言葉を借りれば「おまけ」である。この項目だけで株主優待を否定する理由になりうる。
本件を理解するために、視点を世界に広げて考えてみよう。
日本の株式市場は日本人に対してのみ開かれているわけではない。世界中の人や企業、ファンドや公的基金等が自由に日本株に投資することができる。今では東京証券取引所の50%以上が外国の投資家やファンドだ。
しかし、外国に在住している投資家が欲しがるような株主優待を提供できている銘柄は少ないだろう。
例えば「牛丼並盛り無料」という優待券を外国にいる投資家がもらったとして、有効に使える可能性が極めて低い。
すなわち、この「牛丼並盛り無料」の優待券は、「株主に平等に配っている」としても「株主を平等に扱っていない」。欲しがっていない人に使い道のないモノに配ってしまうと、それを「有効に使うことができる人」と「有効に使うことのできない人」との間でリターンが異なることになる。
では、株主優待を有効に使えない人(例えば外国人)は牛丼チェーンの銘柄を買わなければ良い話ではないかっと感じたかもしれないが、それでは東京証券取引所に参加している50%以上の投資家の参入を放棄しているのと同義だ。上場企業の経営として「愚策」である。配布している株主優待が原因で外国人投資家から敬遠されてしまっては本末転倒だ。
また、投資信託やファンドを通した投資においても、株主優待には問題点がある。幅広い銘柄に分散投資できるインデックスファンドは近年広く認知されつつあるが、ファンドを購入した投資家は直接の企業株を保有しているわけではない。
投資家はファンドに資産を預け、ファンドは預かった資産で投資(株や債券などの買い付け)を行なっている。そこから手数料を差し引いて損益を投資家に還元しているわけだ。つまり、直接株式を保有しているのはファンドであり、ファンドは大量の株主優待を受け取っていることになるが、受益者から預かった資産で運用した結果で得た株主優待であり、ファンドとしては使い道がない。
では、その優待券はどうするのか?
筆者もすべてを把握しているわけではないが、ファンドは受け取った優待券を換金してファンドに戻している場合がある。換金する際には手数料がかかるので、実際に配布された株主優待の金額よりもファンドに戻る金額は少なくなる。つまり株主優待は現金に戻す「換金手数料」が発生してしまうため、投資信託を持っている投資家は換金手数料分だけ損をしていることになる。このケースも「ファンド経由の投資家」と「直接個別株を買った投資家」でリターンに差が出てしまう。
株主優待は「有効に使える人」と「有効に使えない人」がいて、どちらも同じ株主なのにそれぞれを「区別」して扱っている点が大きな問題だ。
総括
株主優待は得られるメリットが投資に詳しくない人でもわかりやすく、投資の目的を「株主優待を貰うこと」にすり替えやすい。目的を勘違いした投資家は結果として企業経営に対して甘くなり、ステークホルダーとしての役割をしなくなる。
また、株主優待の最大の問題点は「株主を平等に扱っていない点」だ。国内、国外、個人、ファンド、機関投資家、公的基金など株式市場にはさまざまな立場の投資家が参加していて、株主優待を「有効に利用できる人」と「有効に利用できない人」がいる。
同じ株主である以上、利益は等しく分配されなければならず、立場によって区別されるべきではない。
今後、もし全ての株主に対して平等な株主優待が誕生したら、それは革命的だ。株主優待を継続する企業には是非考えて欲しい。