夫の推しが辞めた。
去年夫に好きなアイドルができた。元からアイドルが好きな夫なので説明が難しいが、とにかく今までとは違う感じで推し始めた。どうやら現場にオタクがとても少ないらしい。自分しか客がいなかったと言って帰ってきた日もあった。目立ったり責任を負ったりすることが好きでない夫はその状況に当初面食らっていた。でも、いつしか「使命感」が芽生え、段々増えていったオタク達と一緒に応援に熱を入れ始め、ほとんど全部のライブに通うようになった。普段しょっちゅう友達と出かけて家をあける私と違って、友達と呼べるような友達もほとんどおらず、店の店員と話すのも苦手なほど人見知りの夫が初めてオタク友達との飲み会に行くようになった。高校生もいるからほぼラーメン屋なんだけどね、と言って嬉しそうに好きでないお酒も飲んでは推しについて語り明かして帰ってきた。今までは私の方がその手のライブに行って遊びまくっていたので、いろいろ教えたし、夫にもそういう場ができて何となくよかったと思った。
それなりに人気も出てきて、単独ライブもソールドアウトとグループが気流に乗ってきたと思われた頃、突然夫の推しにスキャンダルが持ち上がった。とは言え、まだまだ無名のアイドルなのでニュースにもならず小さなコミュニティ内だけでの話題程度だ。しかし、打撃は思った以上に大きく、すぐにグループの様子は変わり、行く末に暗雲が立ち込めた。夫はすっかり落ち込んだ。スキャンダルそのものより楽しくて大好きな「いつもの」ライブの時間を失ったこと、その原因が推しであることが悲しかった。滅多に感情を出さず、嫌なことがあっても一晩寝れば忘れる、と言っていた夫がライブに行っては涙を流しているようだった。メンバーの前では平静を装っていたようだったが、オタク友達と飲みに行く頻度も上がったし朝になることもあった。私も好きなグループの解散や理不尽な離散の経験はあるので、気持ちは分かるし、ライブがある限りは是非行って欲しいと思った。事実、夫のラストになってしまいそうなオタ活を応援した。(騒動後のライブを一度見たが、確かに可哀想になるくらいかつての勢いを失っていた)
しかし、何故か、何故だろう、夫がネガティブにのめり込めばのめり込むほど私は何だか付いていけないと感じた。いや、付いていく必要はないのだが、ため息をついては四六時中LINEとTwitterに忙しく、家のことやライブ以外で出かけることには興味を示さず、オタク友達や運営(運営?)との約束を優先する姿に淋しくなってしまったのだろうか。見たことのない夫の姿への違和感か?それは楽しそうな時期から存分に感じていた。今まで私の方が自由にしていたし、同じようにアイドルのことで落ち込むこともしょっちゅうあった。夫のそれを否定する理由はない。精神的に不安定な夫が急に不機嫌になるのもしょうがないと思える。だが、しかし。
「何なんだあいつ!」と夫が先に出かけた家で一人声を荒げていた日、初めて離婚とググった日、ついに、夫の推しの脱退が発表された。同情はしたが、寄り添う心がもうあまり残っていなかった。夫もそういう時は放っておいて欲しいと言っていた。今まで夫に頼りきっていたという反省もあるし、とその日は完全に夫を突き放してしまった。何も心当たりがない夫はただただ不思議そうにしていた。最終的に夫に思いは伝えたが、やはり今は推しのことが優先ということだった。分かる。分かる?分かる、しかない。結局私も私の思いに名前が付けられず、何となく夫の名前を口にするのも嫌になってしまった。今後自分達がどうなるのか、何となく騒動の前に戻っていくんだろうか、今度は自分が夫に嫌われるのか、今は予想もつかないが、こんな自分の気持ちもあんな夫の姿も出会って17年目にして初めてである。そんな記録としてひとまず。