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「クリアボイスラボ」第3回・前編:危機的な状況にある難民支援に踏み切った理由

※ 2023年11月開催イベントのレポート記事です

私たちが2015年から毎年開催してきた「Creative Leadership」。職種や組織、地域を超えて、のべ1000名もの多種多様な方々に受講していただいています。

私たちは今年から、これまで受講してくださったアラムナイ(同窓生)の方々を応援し、繋ぐ場となる「クリアボイスラボ」を開催することにしました。本イベントでは日本海外問わず、目的を持って人々を巻き込み、活躍している方々をゲストとしてお招きし、それぞれのクリアボイスについてお聞きします。日本社会におけるさまざまな課題を解決するために、デンマークで行われた実践がヒントになればと考えています。

私たちは今年から、これまで受講してくださったアラムナイ(同窓生)の方々を応援し、繋ぐ場となる「クリアボイスラボ」を開催することにしました。本イベントでは日本海外問わず、目的を持って人々を巻き込み、活躍している方々をゲストとしてお招きし、それぞれのクリアボイスについてお聞きします。日本社会におけるさまざまな課題を解決するために、デンマークで行われた実践がヒントになればと考えています。

今回は2023年11月に開催された第3回目より、ゲストスピーカーのアン・ケア・バーセル氏による「インクルーシブな社会のデザイン ~危機的状況におけるクリエイティブリーダーシップ~」と題した講義の様子を前・後編に分けてお届けします!

目次

●ゲストスピーカーの紹介
●テクノロジーの専門家ではなかった私
●難民危機で感じた「どうすれば救える?」
●難民キャンプでの出会いが学校創立のヒントに
●ReDI Schoolの考え方は「Win-Win-Win」
●学校にかかわる人々からの「声」

●ゲストスピーカーの紹介

Anne Kjær Bathel(アン・ケア・バーセル)さん
ドイツ・ベルリンに本部を置くReDI School of Digital IntegrationのCEO兼創立者。KAOSPILOTを卒業後、国際基督教大学(ICU)で平和学で修士号を取得。またコンサルタントとしてスカンジナビア サムソンやドイツコカ・コーラのクライアントのCSRに焦点を当てた大規模なプロジェクトに携わった。また、スタンフォード大学のPeace Innovation Labと共同で、2012年にベルリンでベルリンでPeace Innovation Labを立ち上げた。

●テクノロジーの専門家ではなかった私

私はドイツ・ベルリンで「ReDI School of Digital Integration」という、難民にITスキルを教える学校を創立しました。2015年の難民危機※1がヨーロッパを揺るがした際に、その学校を立ち上げることにしたのです。
※1 2015年、中東や北アフリカから100万人を超える難民・移民が海路でEUに到来したことによる出来事

まずは私自身の経歴についてお話ししましょう。
現在の仕事から、私もテクノロジーについて学んできたと思われることが多いのですが、実はそうではありません。高校時代、私はテクノロジーの授業を取っていました。でも、そこには女子生徒は2人しかおらず、手を挙げて質問されても無視される始末。「テクノロジーは私が学ぶべき分野でない」と感じてしまい、言語や社会学に興味を持った私はカオスパイロット※2で学びました。
※2 カオスな時代の中で、クリエイティブリーダーシップを発揮できる人材を育成する、デンマークのビジネスデザインスクール

カオスパイロットを卒業してから、私は、営利団体と非営利団体との間で働くことにしました。そのときの仕事のひとつに、サムソンとデンマークの赤十字社とのコラボレーションがあります。赤十字の活動の認知を高めるため、サムソンが赤い携帯電話を作って販売するというキャンペーンでとても成功したのですが、終わってから私は気持ち的に空っぽになってしまいました。
こうして作られた携帯電話も、数年経てば劣化して捨てられてしまう。そうして数年しか市場に出ないプロダクトのために懸命に働く人々がいる。「それってどうなんだろう?」と、違和感を抱くようになったのです。

その後、私は平和学に興味を持つようになり、2010年から2年間、日本の国際基督教大学(ICU)に留学しました。「平和」とは非常に大きく、複雑なコンセプトです。学ぶうちに「How do we measure peace?(どうやって「平和」を測定するのか?)」という問いが、私の頭に浮かぶようになりました。
そして私はスタンフォード大学にあるピース・イノベーション・ラボに入り、修士論文を書きました。そこで私はテクノロジーが人々の平和のために、どのような形で貢献できるのか、またどのように測定できるのかを考えていました。

●難民危機で感じた「どうすれば救える?」

2015年、私がドイツのベルリンに移住したとき、難民危機が起きました。シリアやイラク、アフガニスタンなどから120万人もの難民がボートに乗って、ドイツにやってきたのです。

上記はそのときの状況を絵にしたものですが、写真ではなく絵を使用したのには理由があります。それは危機的な状況にある人々への配慮です。それまでの住居や家族から離れ、決死の覚悟で難民として国を渡る―彼らも私たちと同じ人間であり、彼らに共感することが、この問題に向き合うにあたって非常に重要だと考えています。

難民危機に直面した私は、自分に対して次の問いを投げかけました。

How can I help?(どうすれば救える?)

そこで私はさまざまな環境にいる人々を集め、どうすれば難民を救えるかを議論しました。2時間の話し合いの後、私たちは「この場に難民を救うためのエキスパートがいるのか?」とハッとしました。そう、そこには難民の方々自身がいなかったのです。

やり方を変えるべきだと気づいた私は、次のスローガンを掲げることに決めました。

Stop talking about refugees.
Start talking with refugees!

難民の人たちについて話すことはやめて
難民の人たちと一緒に話を始めよう

●難民キャンプでの出会いが学校創立のヒントに

ベルリンの難民キャンプを訪れるようになった私は、イラクから来た25歳のモハマドさんと出会いました。彼はバグダッド大学でコンピューター科学の学士として学んでいたのですが、ドイツにパソコンを持ってこられず、学び続けることも、ドイツで仕事に就くこともできないのではと不安に思っていました。

最初、私は家にある古いパソコンをあげようとだけ思ったのです。でもすぐに「彼にパソコンを渡すだけでは本質的な課題解決につながらない」と気づきました。彼と同じように仕事を探したくても、ビジネス市場との関わりを見つけられずにいる多くの難民がいるはず。

そこで私はFacebookに「もし難民のためのコーディングスクールを始めるとしたら、誰か手伝ってくれますか?」と書き込んでみたのです。
そしたら翌日には20人もの方々が連絡をくれました。パソコンを寄付するよと言ってくれた方もいれば、コーディング自体を教えられる方も、教えるための場所があるよと言う方も、なかにはコーディングについてはわからないけれどケーキは焼けるよと言う方もいました(笑)。

こうして「ReDI School of Digital Integration(以下、ReDI School)」が始まったのです。最初にオンラインで試行錯誤した後、リアルな学校をつくるに至りました。

●ReDI Schoolの考え方は「Win-Win-Win」

2016年に学校を創立してから、これまで1万3000人以上もの生徒がReDI Schoolで学んできました。 昨年は、5000人ほどの生徒が学んでいます。

ReDI Schoolの考え方は「Win-Win-Win」。難民、行政、ビジネスの3者が互いに利を得られる構造を作ることを目的としています。コーディングを学ぶことで難民は早く仕事を得られ、難民は働くことで行政に税金を支払うのでコスト削減につながり、ビジネス界は当時不足していたテック人材を獲得できます。

全体で106のプログラムがあり、主にテクノロジーに関する教育プログラムを提供していますが、キャリア開発にも力を入れています。ドイツの会社訪問、ジョブフェア、ビジネスの現場にいる方と出会うためのトークイベント、履歴書やLinkedInの書き方を指南する1on1のキャリアカウンセリング、ワークショップなども開催しています。

なお、先生方は全員がボランティアで、さまざまな専門家が950人以上参加しています。彼らのほとんどが普段は企業で働いているため、優秀な学生がいたらスカウトすることもあるので、難民が早く仕事を得られる機会にもなります。また、100以上の企業や財団がReDI Schoolにかかわっています。

当初はベルリン校だけでしたが、2018年にはミュンヘン(ドイツ)、2019年にはコペンハーゲン(デンマーク)、2020年にはドイツのNRW州(デュッセルドルフやエッセン、デュースブルク)でも設立されました。また、2022年には倍の規模に発展し、マルメ(スウェーデン)やハンブルク(ドイツ)、オーフス(デンマーク)にも設立されています。NPO団体として、これほどのスピードで規模が拡大するのはレアケースだと思います。

学生の内訳について数字でご紹介しましょう。

・106カ国からの学生
・そのうち60%以上が女性
・全体の52%が難民(地元の人や移住してきた人も学んでいる)
・全体の75%が学士の資格を持っている
・全体の70%が仕事に就いた経験がある
・平均年齢は33歳
・全体の80%が比較的流ちょうに英語を話せる
・全体の40%が比較的流ちょうにドイツ語を話せる

卒業生のその後も定期的に調査しています。卒業して18カ月後には、卒業生のうち、59%が就業していて、12%は学生として学んでおり、25%が仕事を探していることがわかっています。さらに、84%の修了生がテクノロジー業界で働いているか、そのスキルを普段の仕事で頻繁に使っているそうです。

●学校にかかわる人々からの「声」

この講座は「Clear Voice」にかんするものと聞いていますので、ReDI Schoolにかかわる人たちからいただいた「声」をご紹介しましょう 。

【卒業生からの声】
「ReDI Schoolに入って、私はようやく自分のことを疑うバブル(泡)から抜け出すことができました。そして自分の信念を持ち、それを実現できると気づけたのです。素敵なコミュニティで、私を後押ししてくれる先生方に出会い、私は自分がIT企業で働く人々と何も変わらないと感じるようになりました。シスコやマイクロソフト、コカ・コーラ、Googleのような会社で働くことは不可能ではないと教えてくれたのです。振り返ってみると、学びの旅は簡単ではありませんでしたが、ReDI Schoolがそばにいてくれたから実行できたのです」―アブドゥルさん(実はこの方は今ではGoogleに入って働いています)

【ボランティアの方からの声】
「ReDI Schoolはただ勉強を教える以上の場所です! 私はそこで素晴らしい先生方、同志と出会うことができました。その方々なしでは、私が非常に愛している一方でつらく感じているものから離れる勇気を持つことは難しかったです。 ReDI Schoolには素敵なボランティアの方がたくさんいて、私は笑ってばかりいました。そして多くを学ぶこともできました。ここは私にとってセーフプレースだったのです」―ナタリアさん

【パートナー企業からの声】
「私が忘れられないのは、ReDI Schoolのチームが信頼とつながりを築き、そして全体を整えるために、プロフェッショナルでオープン、さらに人間的でフレンドリーな方法で育てた人間関係の魔法のような瞬間です。この組み合わせ、つまりビジネスを真剣にとらえながらも共感力を持つという能力こそが、ReDI Schoolがうまく機能している主な理由だと私は確信しています」―ニカさん(キャップジェミニ社)

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★次回の後編は、日本において難民の雇用創出に取り組むピープルポート株式会社で働く藤井優花さんとの対談形式でお届けします!

▼運営企業:株式会社Laere
株式会社レアは「人の想い」から始まるプロジェクトを北欧社会をヒントに、引き出し・支援し・実践する。共創型アクションデザインファームです。 北欧社会のインスピレーションなど定期的にお届けしているニュースレターのご登録はコチラより。

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