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志と技術、社会のニーズをつなぐ「共創リーダー」を生み出す産総研デザインスクール 6年間の歩み

Laere(レア)は2018年より、国立研究開発法人 産業技術総合研究所が企画・運営する「産総研デザインスクール」の運営企画支援に携わっています。産総研デザインスクールとは、社会がほんとうに求めることを探求し、望ましい未来を共創する「共創型リーダー」を育成する8ヶ月間のプロジェクトベースの教育・実践プログラムです。産業技術総合研究所にて産総研デザインスクールを立ち上げた大場光太郎さん、小島一浩さん、そして株式会社Laere 共同代表の大本綾に6年間の軌跡を振り返りながら、今の時代に求められる共創とリーダーシップについてお話いただきました。

震災復興の実践で得た、社会インパクトを生み出すリーダーシップ

━ 大場さん、小島さんは2018年に「共創型リーダー育成」を目的に産総研デザインスクールを立ち上げられました。そのきっかけになったできごとは何ですか?

大場光太郎さん(以下、大場さん):きっかけになったのは、2011年10月に東日本大震災の支援を目的とした産業技術総合研究所(以下、産総研)の「気仙沼〜絆〜プロジェクト」です。気仙沼に仮設住宅となるトレーラーハウスを設置し、市民の方の困りごとを解決するためにさまざまな試みを行いました。

私はロボット工学、小島くんはシステム工学が専門です。プロジェクト当初は自分たちの技術をどう役に立てられるかを考えて進めていたのですが、「技術ありき」ではうまくいかないことが多くありました。自分たちが提供したい技術(シーズ)と、実際に生活者に求められること(ニーズ)は必ずしも一致しない。だからこそ、社会やそこで暮らす市民から何が求められているのかを理解する姿勢が研究者に求められているのです。そういったことを実践から学べる人材育成の場をつくろうと、2018年に産総研デザインスクールを始めました。

産総研デザインスクール 審議役*・共同設立者 大場光太郎氏(* 2024年3月取材当時。現在は立命館大学 OIC総合研究機構 教授/RARAオフィス兼務)

小島一浩さん(以下、小島さん):大場さんと話していたのは、例えばドローンひとつとっても、「社会にどのような価値を提供できるか」という社会インパクトを考えるところから始めないといけないよねと。社会にどのような価値をつくりたいのか、それを実現できるサービスとは何か。それらを考えた上で、やっとドローンというモノの設計に入っていくわけです。

気仙沼のプロジェクトでまちづくりをする際も、同じようなプロセスだと感じました。「自分たちがどのような生活をしたいんだっけ?」という問いから始めて、どのようなサービスを作る必要があるのか、誰と誰を連携するとうまく進むのか、どのようなモノを設計するのかを考えていく。システム工学の考え方は、まちの復興にも応用できると感じました。

産総研デザインスクール 事務局長・共同設立者 小島一浩氏

━ 小島さんは実際に気仙沼に住み込み、プロジェクトを推進されたのですよね。

小島さん:はい。私は気仙沼プロジェクトの後、気仙沼市と一般社団法人を立ち上げて、さまざまな企業やNPO、NGOと共に復興を共創する仕組みづくりを行いました。同時に、産総研の職員としてこの実践を研究としてまとめたいとも考えていたのです。そんなとき、早稲田大学大学院講師の西條剛央さんが主導する「ふんばろう東日本支援プロジェクト」の活動を知りました。このプロジェクトでは、被災地で必要とされているモノを聞き取ってサイトに掲載し、それを見た支援者が直接モノを送るという活動を展開していました。被災地にいる生活者のニーズと、現地を支援したい人のニーズをマッチングをしていたんですね。

西條さんの専門は哲学で、「構造構成主義」を基本としていることがわかりました。具体的にいうと、二者間で起こる対立を克服し、新たなコラボレーションを促すためのメタ理論のことです。実際、被災地の現場では信念の対立が起こっていました。助けたいという想いはみな共通しているけれど、原理原則や行動指針が異なるので対立が起きやすい。彼は対立を対立としてでなく、次のよりよい行動へと変えていくための思考と実践をしていて、「自分がやっていることもまさにこれだ!」とビビッときました。

私がこれまで研究してきたシステム工学、構造構成主義、そしてレアさんを通じて理解したデザインが合わされば、絶対に何か変えられると思いました。自分の研究に活かすことももちろん、人に教えることも可能だと思ったんです。それが産総研デザインスクールにつながっています。

心打たれたプロジェクトのスピード感

━ 「レアとの出会い」とありましたが、弊社との最初の接点はお二人にとってどのようなものだったのでしょうか?

大場さん:研究者が大きなプロジェクトを進めるときは、人材育成をセットにする必要があります。でないと、期限が終了した後はプロジェクトが跡形もなくなくなってしまうんです。研究における人材育成の強化について考えていたタイミングで、同僚の紹介によりレアさんと出会いました。教育デザインを主軸に、デンマークとつながりがあるという点で直感的にピンとくるものがありました。

その後、産総研でデザインスクールを始める話が持ち上がり、駆け込み寺のようにレアさんを再訪しました(笑)。

━ 「デンマークとのつながり」という点で、大場さんはもともとデンマークとの接点や関心があったのでしょうか?

大場さん:レアさんと出会う約一ヶ月前に、ロボット認証の件でデンマーク技術研究所「DTI(Danish Technological Institute)」を訪れていました。本当に偶然なんですけど(笑)。デンマークは社会実験をうまくやりながらロボットの認証を取り入れようとしていたので、その先進的取り組みを見にいったのです。

驚いたのは、決断力の速さ。あれだけ大きい組織でもロボット認証を即座に取り入れ、人間とロボットの共存型ロボットの生産まで行っていました。面白かったですね。また、シリコンバレー型のやり方がうまくはまらないと感じた日本企業がちょうどヨーロッパに押しかけていた時期でもあったので、余計に注目していました。

━ 偶然の出会いの積み重ねだったのですね。人材育成の観点で、デンマークから何か感じられたことはありましたか?

大場さん: デンマークでみたスピード感と、気仙沼のプロジェクトのスピード感が、自分のなかで重なりました。意思決定と実行のスピードが凄まじいんですよ。小島くんには一年半ほど気仙沼にいてもらったわけだけど、最大の理由はスピードが早すぎて追いつかないからです。私も毎週通っていた時期がありましたが、訪れた次の週には動きが大きく変わっていて、話に追いつけない。現場にいることの重要性を痛感しました。

同時に、あれだけのスピードでどんどんよいほうに転がっていく様子は、本当にクリエイティブだと感じました。現場にいる全員が復興という「共通善」を持って、その道を突き進んでいたからこそ生まれた空気感だったのでしょう。

産総研デザインスクールで求めていたのは、このような環境で人材育成を行うことです。だからパートナーシップの組手として、レアさんやデンマークを選んだというのもあるかもしれません。

産総研が人材育成において連携するデンマークのビジネスデザインスクール「KAOSPILOT」を度々訪れ、意見交換をおこなった

研究者に求められる、プロジェクトリーダーとしての共創力

━ 産総研デザインスクールでは「共創型リーダー」の育成を掲げています。なぜ「共創」に着目しているのでしょうか。

小島さん:特に技術者は技術を深めることに集中する傾向にありますが、社会インパクトのあるプロジェクトを育てていくためには自治体やNPO、法制度の専門家などさまざまなステークホルダーを巻き込む必要があります。そのため、産総研デザインスクールでは共創人材の輩出を主眼に置いています。

人材育成において、個別のプロジェクトで人を育てる視点と、プロジェクトをマネジメントする人を育てる視点の2つがあると考えています。産総研デザインスクールで学んだプロジェクトリーダーたちが、ゆくゆくは自分の組織やチームでプロジェクトマネージャーとして大きく育ててくれると期待しています。

━ 研究者・技術者に向けたデザインスクールは当時さきがけ的な存在だったと思いますが、周りからはどのような反応がありましたか?

大場さん:最初は逆境もありました。それぞれのステークホルダーの一人ひとりと会って話をして、相手が響くポイントを探っていきました。相手の反対意見でさえも次のアイデアを考える資産として活用する、まさに産総研デザインスクールで習う「クリエイティブ合気道」を実践していたように思います。

私の役割は、荒地を耕して、雑草を抜き畑にして、芽が出るところまでを担うことでした。時間はかかりましたが、その先の実をつけて収穫していく場面は、小島くんに託しています。

━ 最初の3年間は大場さんが校長を務め、その後は小島さんが引き継いでいますね。

小島さん:今のデザインスクールのフェーズは、尖った部分は残しつつ、産総研の事業として育っていくこと。両利き経営のいいバランスを取らないといけない時期だと思っています。そういった意味で、仕組み化をしていくのが私の仕事であり、得意な部分です。

気仙沼のプロジェクトも、産総研デザインスクールも、最初の着想は大場さんから始まって、私が言語化したり仕組み化しています。うまく役割分担ができているように思います。適材適所ですね。

━ 産総研デザインスクールも一つのプロジェクトとして、大場さんと小島さんの志から始まり、まさに共創を通して育っている様子が伝わりました。

人とアイデアが育つ関係性の土壌づくり

大本綾:レアは産総研デザインスクールの運営支援に入らせていただいていますが、このスクール運営自体も共創によって、毎年アップデートしていますよね。お二人からみて、私たちレアとの共創はどのような特徴があると思いますか?

大場さん:レアさんは発想を飛ばしてくれるようなサポートをしてくれるし、ファシリテートしながら考えさせられる問いを投げかけてくれます。どんなアイデアも言いやすい、受け止めてくれるという環境をつくってもらえるのは、とてもありがたかったです。

特に産総研デザインスクールの初期構想段階では、何も型がない状態で話をする必要があります。型が決まっていない共創のプロセスをどうマネジメントしていくか、レアさんのやり方をみて学ばせてもらいました。

大本:ありがとうございます。最初の準備期間の1年間かけて、構想のゼロ段階から関われたことは、私たちとしても本当にありがたい機会でした。小島さんとも当初からご一緒させていただきましたが、はじめから現在にかけてどのような変化を感じていますか?

小島さん:最初レアさんはデザインやリーダーシップの分野に強い「先生」という存在でしたが、今は「パートナー」のような存在ですね。私はテクノロジーやシステムを中心に、レアさんは人間性を中心に教育の場をみているように感じます。お互いにない部分を補完しあって、対等に共創できる大切なパートナーです。

大本:デザイン、クリエイティブリーダーシップの共通言語・共通体験を持っているからこそ、このようなパートナーシップに発展していきました。それぞれの強みが活かしあえていると私も感じています。

小島さん:あとは、レアさんの「プレイフル(遊びごころ)」を意識したプロジェクトの進め方には影響を受けています。例えば、私は柏の葉高校の探求に関する授業を担当しているのですが、ただの一方通行の講義にするのではなく、生徒が能動的に行動できるようにイベント型の講義をつくろうと考えました。結果、高校生によるフェスをつくろうと逆提案をしたんですね。昔の自分だったら思いつかないアイデアだと思います。

━ ありがとうございます。最後に、産総研デザインスクールに対する想いを教えていただけると幸いです。

小島さん:産総研デザインスクールも6期目を終えて、過去の修了生たちが活躍の幅を広げています。もちろん受講者を増やすことも大切ですが、学んだあとに実際に行動できる人を増やしていくことにも力を入れていきたいですね。

現在、修了生に対してディープインタビューを行っていて、話を聞くとやはり周りにいい影響を与えている方が多いです。自分だけの知識として溜め込まず、使ってこそ価値があります。そのような人がどんどん増えてほしいし、支援したいと思います。

レアさんには引き続き、私たちでは提供できない刺激を与えていただきたいです。北欧での学びをはじめとして、自分で見聞きし、体験する経験は産総研デザインスクールの大きな特徴の一つでもあると思うので。

大場さん:今後の産総研デザインスクールに期待していることは、私が想像もできていないことが起こることです。そのために、レアさんには起爆剤を時々投入してもらえると、受講生も想像以上の学びや体験に出会えるのではないかと思います。

産総研デザインスクールでは8ヶ月間のプログラム内で「デンマーク視察」を導入し、社会イノベーションに寄与する先駆的な取り組みを行う企業・教育機関・行政を訪れ対話を行う。写真はデンマーク・デザインセンター(2022年)

大本:ありがとうございます。これまで6年ご一緒するなかで、受講生が持つ技術力がデザインとかけ合わさることで、社会の見方が大きく変化することに驚いています。さらにもっと複雑で難しい課題、例えばグローバル規模の気候変動や貧困といった問題に対して取り組む事例を増やしていきたいです。修了生がいろんな人々を巻き込んで何かに取り組んでいく事例がさらに増えていくことを目指したいです。

自分自身も成長しながら、共に学び、共に成長する。関わる全員がそして幸せになる本物の共通善みたいな形で、歴史に名を刻めると嬉しいなと思います。


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