ひとりごと

ちょっと自己分析をしておくと、私
脳科学的にいう「物語の一貫性」の危機に陥ると
高速で「新しい物語」=「新しい名前」を自己修復構築しだすよう(デフラグ、再起動のようなものか)。
1980 独→日転居カルチャーショック
1986 チェルノブイリ原発事故
2011 東京電力原子力発電所事故
2021 今ココ

物語構造もついでに説明してみる。
大きな枠組みは多神教→(一神教→)立法社会と、部族社会→(仏教→)藩幕政治→法&管理社会?を認識しつつ
EndeのDie Unendliche Geschichteであり
1991-1994風の谷のナウシカ 原作連載再開&完結
2012息子出産、「生きろ」&ポニョの実践
といったところ。
日本という多島海を観察し続け不満も不安も膨大に抱えつつ自覚的に適応を試みて今に至ります。
幼い頃外側から見ていたJapan(ヤーパン)へのほのかな憧れがまだ胸の奥に灯っているようです。

なぜ原発事故の度に物語の崩壊の危機を迎えるかというと、母方の祖父母が廣島の総軍で被爆した出来事を孫にしげしげと物語していたので同じ敗戦国の独小学校で何度か披露する機会を与えられ、「ヒバク」がアイデンティティの一部と化してしまったから。

昔求愛してくれたバスク人がいたのですが、彼が別れ際になぜ自分をグリーンピースと規定したのか、やまやの一族出身というだけでなく、母なるビスケー湾への低レベル廃棄物投棄をグリーンピースが物理的に体当たり阻止したことがあったことと私の出自への共感があったのではと夢想しています。(あぶなっ、ヒバクシャをアイデンティティにして求愛受けて外国に行ってたら日本での原発事故の時のアイデンティティクライシス半端ないことになってたわ!)

総体としてはドイツで授けられた「地域を愛して全体主義を憎む勤勉な庶民」なのだと今は考えています。

最近差配された活計が日本の素朴なおじさま方が外国で頑張るお手伝いをすることなのですが、幼い頃の「両親を(通訳で)助ける喜びアイデンティティ」とミラクルフィットしたようでwin-win関係を築けており大変ありがたいことと感謝しております。

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