ひとりの男
しとしとと雨の降る夜、男は一人コンビニへと向かう。午後8時過ぎの街にしてはしんと静まり、遠くのサイレンが雨音を縫って耳に届く。
「いらっしゃいませー」
くぐもった声で店員が条件反射的に声を出す。自分のほかに客の姿は見えない。
「?」
以前なら、午後8時なんて夕方と変わらない認識だったのだが。暫くぶりのコンビニで少し感覚が狂う。今、コンビニはトレンドではないのだろか。
雑誌コーナーに並ぶマガジン類を横目で流しながら、飲料コーナーへ。カゴを取り、炭酸飲料、スポーツドリンク、ブラックコーヒー、発泡酒、オレンジジュース…気になるものを収めていく。そのままインスタント食品も。新商品もいいが、やはり定番のカップヌードル。焼きそば。念のため、レトルトカレーも買っておこう。
スナック菓子はどうしようかと視線を上げたタイミングで、奥の従業員スペースからカゴを持った店員が出てくる。廃棄か品出しかと思ったところで店員がこちらを視認し、再び姿を隠す。忘れものだろうか。ちらりとレジカウンターの店員へ視線を移すと、暇そうに欠伸をしながらこちらを窺っていた。
客ゼロといい店員といい、どうにも居心地が微妙だ。さっさと退散としよう。
弁当コーナーには三食丼とから揚げ弁当、ハンバーグ弁当、ちゃんぽんのみ。おにぎりが数個。さっきのはやはり補充だったのか。
補充してくれんかなと従業員用の扉を眺めるが、微動だにしない。から揚げ弁当とおにぎり二個を突っ込み、ついでにパンも入れる。あとはホットスナックでも…と思ってレジへ向かう。
「あれ?」
カウンターにカゴを置き、横を見るとホットスナックの保温器が姿を消している。
「どちらの電子マネーになさいますか?」
くぐもった声が聞こえ正面に視線を戻すと、店員がレジ前に提示されている『使用可電子マネー一覧表』を指差しながらバーコードを読み取っている。現金は使用不可らしい。
「じゃ…じゃあ、クレジットカードで」
「袋は有料になりますがよろしいですか?」
「は…はい」
ササッとレジを叩き、カードリーダーを差し出される。素早い動きに対応できず、慌てて財布からカードを抜き出しリーダーへ。
袋も有料化かー、プラスチックがどうこう言っていたもんなぁと考えている間にガンガン詰められて二袋分。差し出されたものを受け取りレジを離れる。
「ありがとっしたー」
中途半端に発音された定型文を背に店外へと出て、止まぬ雨に包まれた静寂を聞きながら傘を差す。
どうやら、半年引き籠っている間に世界は少し変わったみたいだ。
今まで生活を繋いでいた宅配が届きにくくなり仕方なく外へと繰り出したが、コンビニだけでなく街を歩く人の姿も見当たらない。そういえば、雑誌類は半年前の半分もなかった。一番変わったのはあらゆるものにビニールカーテンが張ってあることだが、一体何があったのやら。