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四阿山(2021.10.18)②
登山ルートに入ったわたしを待っていたのは、総力を上げて冬!を表している森の姿だった。
わたしが今この場所に名前をつけるなら、間違いなく「冬の入り口」とかにするだろう。
ハロウィンやクリスマスに合わせてテーマパークが装飾を一変させるみたいに、あまりにも見事に冬であった。
何よりもわたしを驚かせたのは、霧氷の美しさ。
その時は「樹氷」と思っていたのだが、広義に「霧氷」と言い、その中の一つに「樹氷」があるそうだ。樹氷というのはどちらかというと「アイスモンスター」とか「エビのしっぽ」と言われるそれであり、その日わたしが見たのは「粗氷」や「樹霜」の類であった、と1年後に人に教えてもらった。
氷点下の朝、葉の落ちた枝も、葉それ自体も、足元に咲く花も、すべてに霧の粒が氷となって吹き付けられ、ガラス細工のような美しい姿を晒している。
それがまた太陽の光に透けて、言葉では表せないくらいにきれいなのだ。
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風向きによって吹き付けられる方向が変わり、時が止まったようである。
針葉樹の葉先にはぷっくりと雫のような氷が溜まり、可愛らしい。北アルプスの冠雪姿を見て、登る前からこんなにいい景色を見てしまって大丈夫だろうか、と思ったのは杞憂だった。森に入ってからというもの、森の美しさに圧倒されっ放しである。
笹にも、自分の着ているフリースにも、ロープにも氷や霜がつく。全部が全部美しい。
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わたしと同じくらいのペースで登っていた二回りほど年上のご夫婦がいた。奥さんの方が、盛んに「すばらしい、すばらしい」と声に出し感激しながら立ち止まっては辺りの景色を写真に収めていた。
その様子にわたしも心の中で「本当にすばらしい、すばらしい」と深く同意しながら、今日同じ山にいる人たちが、一様に皆目を輝かせて、ただ山頂への道を急がず、道中を楽しんでいることを快く思った。
「今日はいい日ですねえ」「こんな日に森に入れてよかったですねえ」
交わす挨拶にも、お互い深く気持ちがこもっていて、うなずきもいつもよりゆっくりになる。
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その日は気持ちのいい快晴で太陽の光は暖かく、日なたの霧氷は温められてやがて溶け出し、輪郭が光に融けて美しい。
風が少し吹くたびに、落ち葉のように氷が降ってきて、その様もまた美しい…。
そうして登山道には氷の粒が降り積もってゆき、それもまたわたしたちの目を楽しませた。あまりにも美しいので、何度も枝から落ちた氷の柱を拾っては愛でた。ちょっとしつこいくらい美しいって言ってしまった。
つづく。