QUANTA retreat in Yamagata④~2日目MOTOKOさんのセッション
2日目の午前中はMOTOKOさんのセッションがありました。
上の方の階にある素敵なお部屋に通されて。
ハワイアンな音楽が流れており、外には青い空と海。
あれ?ここハワイかしら?
そんな素敵な雰囲気から始まったセッション。
部屋にメンバーがそろって端の方から一人づつ
「今思っている事」は何かを聞かれて行って・・・。
昨日のオリエンテーションで
「皆さんは立ち止まるためにここに来たのだと思います。
皆さんの中に劣等感や優越感はないですか?
その二つは同じものの対であるように、片方があれば同じだけ
反対のエネルギーをも持っているのです。
立ち止まった時にのみ違った視座から自分の価値観を見ることができます。
皆さんはとても頑固ですよ?皆さんの中にある頑固さは安全パターンや
勝ちパターンのようなもの。それを考えてみてください」と
呼び水となるような宿題が出されており、皆さんまじめでそれを昨晩中に
考えていらしたのだと思います。
「昨日の夜は寝られなかった」というチームメンバーもいたし、
皆ちゃんと真面目に考えたんだなぁ、って。
(一応私も同室のKちゃんとお話ししながら自分の答えは出しましたよ?)
だから、思うことを一人づつ話していって
MOTOKOさんが
「このチームの人は本来はやりたいことが明白な人達です。
それなのに他人が関わると自分軸がずれる。
必要としてくれていることにいい味を覚えてしまうので、誰かに
何かをやると”してやったのに”が出て、さらにはそう思う自分を
罰してしまったりします。
あなた方は主語が”We are"になってしまっている。そして、
他の人のための仕事を有能にこなせてしまうが故に利用されてしまいます。
人と関わらない売り物で「私は」をやって行ったら上手く行く人達。
孤独を愛しているし、そちらがベース。
”自分のやりたいこと””I am”の土台の上に余力で他人のためにも
なることをするを乗っけましょう。
自分ファーストや”I am"を主語としているか自分を律しましょう。」
というようなことを言われたのだけれど(私の解釈ですが)
そんなことを言われた後に発言するメンバー達はどんどん
空気が沈んでいき、涙ぐんだりする人も出てきて、
それと連動するように空は曇り、雨が降り始め、そのうち
雨が激しくなり窓に打ち付けるほどになり、
あれ~ハワイどこ行った~?みたいな天気になったから不思議です。
ちなみに、私はこの時チームメンバーと同調して
涙が出てしまったりもしましたし、その場で発言したことが
「ほら!今のがWe areのやり方でしょ!」とMOTOKOさんにも
メンバーにも指摘されたので黙っていることにしたのですが、
実は心の中でちょっとしたワクワク気分を感じていたのと、
「MOTOKOさんの言っていること、一々どこかで
聞いた気がするなぁ?」と思っていました。
これは、リトリートから帰る頃になって気づいたことなのですが、
チームメンバーの皆は恐らくこの時初めて、
「あなたの認識の基本は”We are"の視点になっていて、
”I am”がないよ」と指摘され、それに気づいて愕然としており、
QUANTAチームの思惑通りに「絶望した」のだと思います。
(最終日に明かされるのですが、今回のリトリートの
裏テーマは「絶望のリトリート」だったのです!!)
けれども、私が絶望したのはもっと前で・・・。
それはちょうどネイタルの月の上をトランジットの冥王星が
通過する頃。
2人の子供が続けてコロナに罹り、その看病明けに
自分もコロナに罹りました。
自宅待機と部屋に隔離されている子供のために
自分のほとんどの時間を費やしましたし、
その流れで自分もコロナになったので、身心が本当にボロボロで。
そん中、仕事が忙しかった在宅勤務の主人が
なぜか「私の分だけ食事を作ってくれない」という
行動に出たのです。
コロナの診断がつくまではマスクをつけて
熱のある体で家族の食事を作り、
(コロナが全盛期の頃は病院にかかるのも予約待ちで、
診断が出るまでに日数がかかったのです)
食事ができたと家族に告げた後、自分は2階の寝室にこもり、
皆が食事を終えてリビングからいなくなってから
一人で食事をとっていました。
コロナの診断がついてからは
体調的にも動けなかったので家族の食事は
主人が作っていたのですが、
時々水分なり栄養なりを補給しようとキッチンに
降りて行っても皆は食事をとっていたはずなのに、
私の分だけ食事がない・・・みたいな状況が数日続いて。
「食事いる?」とも聞かれていないし、
最初は「家族のためにも早く治りたいと思うし、
そのためには栄養も取らなくちゃいけないから、
私の分もご飯を作ってもらえないかな?」と丁寧に頼んでみたのですが、
それでも次の日ご飯が私の分だけありませんでした・・・。
この事がきっかけで仲の良かった主人と本気で
離婚を考えるような事態となり、ストレスで
布団から起きられなくなってしまい、
その際に思ったのです。
「もう、家族や夫、他の人のために尽くす人生は嫌!
私は私の時間とエネルギーの
ありったけを自分の人生を生きることに
向けることにする!」
そして、そのためのサポートをしていただこうと
MOTOKOさんの4回に渡る継続セッションを
申し込んだのです。
こちらの記事に書かれているように↓
この時、私は正に絶望しましたし、その時出した
結論と主人に告げた言葉はこうでした。
「私はもう、妻、母という役割からは降りさせていただきます。
これからは私を生きますので、今まで妻として母として
やってきたことでやりたいと思えないことはやりません」と。
それについて主人は戸惑いながらも
「良いと思うよ」と言ってくれましたし、
本当に最初は家庭において、家族に奉仕することの全てが
馬鹿馬鹿しく思えて、家事や育児の一切を止めるような
日々を過ごしていました。
けれども、そんな中で今までやっていた事の中にも
「自分がやりたいからやっていた事」は残って。
(例えば、食事は買うことも出来るのですが、
自分で作ることが好きだから、結局自炊するスタイルになり)
少なくとも家庭の中では
「私のやりたいことだけやる」とか
「どうしてもやらなきゃいけないことだけやる」みたいな
スタイルが出来上がっていて。
リトリートのセッションで言われたことは
私的には
「あなたが家庭でやっていた不良母スタイルを
外の世界でもやって良いのです」と言われたも
同然の気がして、
「やった~!MOTOKOさんの許可が出たー!
これからは外の世界でも自分のやりたいを軸に
やったるで~♪」と思えてワクワクしてしまっていたのでした。