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「くせの私」を抜けていく
言葉でうまく言い表せないけれど、心にあることを
一次置き場として・・・・。
様々に「自分」というものを観察する。
周りに起きること、時の流れ。
その中で「今までやってきたことの反対側に振ってみようか?」
とか「本当は自分の中にあった要素なのに使っていなかった部分を
使って行こうか?」という気持ちがとても芽生えている。
長らく頭脳を使って、いわゆる成長するということを目指して、
より高みへと、というような生き方をしてきたけれど、
「本当の私」ということに立ち返った時に、
「私の心からしたいことはそれか?」というと今の自分には
それがしっくりこないような気がする。
それらは外から取り込んだ価値観であったり、
例えば親から求められた価値観であって、
私自身の望む何かではなかったかもしれないな、と。
今まで自分が使ってきたことって(資質という意味で)
今までの時代において役に立ちそうな自分の持っている側面であって、
でも、「役に立ちそう」という部分を取っ払ったら
別の自分の側面があり、でもそれをずっと使ってこなかった気がする。
例えば、「遊ぶ」とか「自己表現する」とか
「自分から体験を取りに行く」とか「感覚的」とか?・・・・。
どこかで「得意なことから手放しなさい」というタイトルの本が
あった気がするのだけれど、
それが「本当だな。差し迫ってきたな」と感じている自分がいる。
使い慣れてきて、今までイケてたものを手放すのは正直怖いな、
と思うのだけれど時代が変わるってそういうことなのだろう。
ちゃんと?外圧がやって来て今までのものからまだ使っていなかったものへと道具を持ち換えたり、自分の発揮する才能を変更させられるポイントにいる気がする。
「(今までの時代だったら)、これが上手くいくんだよなぁ」とか
「これが好きで使いやすいのでこのやり方を専ら使ってます」といった
「くせの自分」を手放してこれからはまっさらなポイントに立ち返ってからより本心の望む自分で日々を作っていけたら良いなぁ、と。
佐野直樹さんの半年にわたるカルマからの解放の講座、最終日を終えて思う
自分がいる。