HAL ca インタビュー 1st EP 『In the Fog』 | 自分と時間がもたらす変化
コンポーザー / サウンドアーティストである菊地晴夏を中心としたプロジェクト・HAL ca。ノイズや声、様々な音響オブジェクトを使った実験的音楽表現と、いま、ここに立ち返る、時間に対する円環的な音のデザインの融合により、抽象的な世界にある一瞬の輝きや鋭さを音に映し出すアーティストである。
HAL caは国立音楽大学卒業後に渡仏し、パリのエコールノルマル音楽院の映画音楽作曲科を審査員満場一致の首席で卒業。さらに、パリ地方音楽院のエレクトロアコースティック作曲科に在籍し電子音響を学ぶなど、音楽の道を突き詰めてきた。また、これまでに様々なヴィジュアルアートや空間インスタレーションの音響演出を手がけ、広告音楽の分野でも活躍中である。
本インタビューでは、HAL caが東京・パリのアカデミーで得た経験について、今年8月にリリースされた1st EP『In the Fog』について、アートや音楽に対する姿勢などを訊いた。
質問:玉手ゆみ子
企画・構成:島田 舞
音楽に興味を持ったのはいつ頃でしょうか。
幼い頃から当たり前に音楽が身の回りにある家庭でした。演奏する、作曲する、編曲するというのが特別なこととは思わず、気づいたら関わりを持っていた、という感じです。
好きなアーティストはいますか?
学生時代はHenri DutilleuxやOlivier Messiaen、Iannis Xenakisなど密度のある音楽を好んで聴いていました。振り返るとフランスの作曲家が多かった気がします。
そのアーティストの存在は、音楽を制作する上で自分の中で大きかった?
大きかったです。綿密なスコアをソースに音が紡ぎ出されるという実感の繰り返しがそこにはあって、その経験が今の作曲の根底にあります。
音大ではどのような勉強をしていたか教えてください。
主に室内楽やオーケストラの作品、いわゆる現代音楽と呼ばれる領域の作曲の勉強をしました。音楽に関わる人だらけの中で、自分の持ち場を4年かけて確認したような感じです。
日本の音大を卒業した後、渡仏し、パリのエコールノルマル音楽院のへ進学して、「映画音楽作曲科」を専攻した理由は何でしょうか。
日本で西洋音楽を勉強していると、その意味とは、という苦悩に自動的に追いやられてちょっと整合性がつかないなと感じていたのもあり、音楽留学というより前に、文化の出どころとしての意識が強い街に身を置いてみたいと思いました。映画音楽が好きだったのと、好きな作曲家もフランス人が多かったので、あまり迷わず決めました。
パリ地方音楽院にて、「エレクトロアコースティック作曲科」にも在籍し、電子音響を学んでいますが、その理由やきっかけも教えてください。
幼いころエレクトーンでオーケストラの作品を編曲して演奏するということが多く、その中の音作りで、楽器の音をホンモノっぽく作るにはどういうノイズや響きを加えれば良いか?ということを自然に考えていたのが、原体験としてあります。そのうち、そのノイズの部分だけが気になるようになり、いわゆる非楽音を深めることに興味を持ちました。音の書き方の前に、音の聴き方、切り取り方の重要性に気づかされる日々でした。
ファーストEP『In the Fog』について
ファーストEPリリース、おめでとうございます。
作曲にあたり、インスピレーションなどはありましたか?
ありがとうございます。今回リリースする3曲は、ここ数年で書き溜めた作品の中から、共通したテーマのあるアンビエント作品を集めました。質素で平面的な絵をじっと見つめていたら、いつの間にかじんわり目に映る世界が動き出すような、自分と時間がもたらす変化を表現した3曲です。
この数年で、自分の中に情報や言葉が増えるほど、表現する音が静かになってゆく体験をしました。音を描いてみて気づくことも多く、貴重な瞬間として書き留めておきたいなと思い、今回この3曲のリリースを決めました。
収録曲について教えてください。
White Bird
真っ白な鳥が湖に浮かんでいて、自ら動くことをせずゆっくり流れに身を任せる姿にインスピレーションを受けて作りました。安らぎとか、不安とか、そういう紙一重だったり不確定で漠然としたものを映し出した作品になった気がします。
Draw waves
一人の男声のハミングを多重録音し作為的なピッチチェンジや加工を加えることによって、波の連続的な動きを1つずつ重ねるように作った作品です。
海の波だったり、山の姿など、実際には同じ瞬間は全くない偶然が連続した情景を”同じ景色だ”と感じていることがあると思い、それを作為的に作ろうとする過程のいびつさをそのまま表現してみたいと思いました。
In this silence
静寂の中に潜む様々な音のオブジェクトを拡張した作品です。「静かだ」と感じる時にも、だいたい何らかのノイズが存在するはずで、そのノイズや偶然生まれた音の切れ端のような存在が、時間と共に因果関係を作り出すようなイメージで書きました。
ノイズはどのように制作しているのでしょうか?
シンセサイザーで作るノイズや、収音して作るノイズ、人の息の音など、様々な方法で作ります。どんな素材作りでも共通するのは、柔らかい、やや尖っているなど、音楽的な質感が表現されるように作っています。
「時間」についての考えを教えてください。
音楽と時間は切っても切り離せない関係ですが、時間の中にどう音をしたためるのかという難題は、自分の中に常にあるように感じます。
もしかしたらそこに対する苦手意識もあるのかもしれませんがとにかく強く意識していて、その根本的なテーマと向き合うことが、作品作りの中核となっているような気もします。
LADERで手がけた作品について
これまでに手がけたヴィジュアルアート、空間インスタレーションの音響演出について教えてください。
2022年に国立新美術館で開催された 「BMW THE SEVEN ART MUSEUM」にて、日本とロンドンで活躍している ヴィジュアルアーティストYusuke Murakamiさんと、 オーディオ&ビジュアルアートインスタレーション 「Transcendence of Digital Form」を発表したり、2018年には「青の洞窟SHIBUYA」で400mに渡るケヤキ並木と楽器の演奏が連動する光と音の演出や、長野県松本城を取り囲む音楽演出などを作りました。
いつもどのような手順で制作を進めますか?
作品のコンセプトやシナリオを自分の中で反芻させながら、音のイメージを具体的にしていきます。楽器を使ったりはあまりせず、モチーフが先にできることもあれば、大きな意味での音像が先に決まる時もあります。スコアやDAWなどの制作環境に向かうのは結構最後の方で、書き始めたら割と早く終わることが多いです。
インスタレーションについての考えや今後やりたいことがあれば教えてください。
インスタレーションというのは広い意味がある気がしていて、コンセプチュアルであることと普遍的な良し悪しのバランスや、作為で作る部分と偶然生まれる部分の配分が、他のアートよりも不確定であると感じます。また、身体性を無視することはできず、身体で聴く、耳で感じるなど作品の生み出すアウトプットと体験者が受け取るインプットの因果関係の構造をデザインする必要があると思います。
従来の目で見て、耳で聴いて、身体で感じるという枠組みから解き放たれた作品づくり作りを深めていけたら嬉しいなと思います。
広告音楽は、通常の作品とは異なる考え方で制作するのでしょうか?
作品の伝えたいことを表現する為の手順は、あまり違いはありません。
音楽は言葉ではないので、明言することができない不器用さと、だからこその強さがあると思っていて、その両面と向き合って作品を作ることが、どの瞬間も大切だなと思います。
音楽に専念する中で、考え方や生活に変化はありましたか?
音楽を通して何か強い革命を起こしたいなどという気持ちは全然なく、音楽を続けること自体が、自分にとって必要という感じです。いくら続けても正解がない場所に居続けられるのは、この時代で幸せなことだなとよく思います。
Infomation
HAL ca - 1st EP 『In the Fog』
White Bird
Draw waves
In this silence
HAL ca Instagram:https://www.instagram.com/haru.kikuchi/