美味しすぎない「ステーキ定食」
勘違いされては困るので、冒頭に述べさせてもらう。ここ、うまいものや麺遊喜のステーキは美味すぎるほどに美味い。店主は代官山小川軒で腕をふるい、東北随一の繁華街・国分町でフレンチのオーナーシェフだったと言う。なぜ知っているかって、壁に新聞の記事が飾ってあるのだ。年齢が布テープで幾重にも隠されているのがミステリアスだ。
このお店に顔を出すようになって数年経つのだが、どうやら最近全国放送で紹介されたらしい。クセの強い女将さんが、忙しくて休む暇もないと愚痴をこぼす。だが、その笑顔を見る限りまんざらでもないようだ。
マスメディアの影響で麺類が売り切れたとのこと。どうやら塩ラーメンが番組で取り上げられたようだ。目指してきたのはステーキ定食(1,100円)だから問題ない。申し訳ないから肉を増量してくれると厨房から店主が顔を出す。願ってもないテレビ効果だ。すると短髪が男前な女将さんに肉の焼き具合を聞かれる。
よっく焼く?普通がいい?生っぽいやつ?
厨房の奥からウェルダンとかレアとか言う聞き慣れた単語も聞こえるが、彼女はそのスタイルを貫く。敬意を表して「普通」でお願いする。ミディアムではない。そして生っぽいのは何となく嫌だ。
しばらくすると小さなテーブルの上に次次と小鉢が運ばれてくる。冷奴にモヤシのナムル、大根のおでん、玉子焼きにワカメの酢のもの。金胡麻を使ってるから美味しいよ!と今日はほうれん草の胡麻和え推しだ。その数は実に9皿にもなった。
場違いな雰囲気の前菜と声が大きすぎる女将さんのキャラクターが、絶品のステーキを見事にドレスダウンする。美味すぎない「ステーキ定食」は総合力なのだ。
ちなみに美味すぎるステーキはこんな感じだが、味については蛇足だろう。
よっく焼く?普通がいい?生っぽいやつ?
相変わらず生っぽいやつを頼む客はいない。「ミディアムで」とのオーダーに、聞こえているのか否か、彼女は焼き方を幾度も聞き返した。