【アートのミカタ28】イワン・クラムスコイ Ива́н Никола́евич Крамско́й
【概要】北のモナリザを描いた人
彼の名がマイナーなのは、我々日本人がまだロシア美術をあまり知らないからでしょう。
彼の代表作『見知らぬ女 Unknown Lady』を語るだけでも充分一記事かけてしまいそうなほど素敵な作品です。この邦題がとっても素敵ですし、この女性に隠されたストーリも、なんともロマンチック。
見知らぬ女 Unknown Lady 1883
ですがこのストーリーは後半にとっておき、まずはクラムスコイの生きた背景から芸術の軌跡を辿っていきましょう。
なぜ美的センスを磨くのか。科学の発展に伴い、心を作る芸術的思考もより広く知ってもらいたい。このブログは、歴史上の偉大な画家たちをテーマに、少しでも多くの人にアート思考を築くきっかけにならないかと書いています。まずはそれぞれの画家の特徴を左脳で理解し苦手意識を払拭するのがこのブログの目標です。その後展示等でその画家に触れる前の下準備として御活用下さい。私たちの味方となり、見方を変える彼らの創造性を共有します。
【背景】遅咲きのロシア芸術**
クラムスコイが産まれたロシアの国では、他のヨーロッパ諸国などと比べるとかなり遅咲きで形成された芸術文化です。もちろん15世紀にもロシア出身の芸術家などは存在しますが(アンドレイ・ルブリョフ等)『ロシアらしい芸術文化』が花開いてくるのは19世紀も終りごろからの話です。
ソビエト連邦の時代が長かったこともあってからか、ロシアは国としては
「凍らない港欲しいよー」
ってな感じで南側と幾度も戦争をしてきた歴史があるようです。
やはり芸術史は万国共通で、戦争中ってあまり盛り上がらないんですね。大体平和ボケして暇を持て余してる時代や、革命時でなにやっても上手くいくタイミングで、面白くなってくるものです。
というわけで。クラムスコイが産まれた土地はこれまであまり美術が盛り上がっていなかった。
さらに、このクラムスコイ(1837-1887)は正に時代の変革期。一気に芸術がもりあがった頃といえるでしょう。
イワン・アイヴァソフスキー「The ninth wave」1850同じころを生きたロシア画家。海を描かせたら右に出るものはいなかったそうです。ロシアは凍ってない海の光景は珍しく、大変人気となった作家
文学や音楽が盛り上がりました。画家はイタリア等で絵の手ほどきを受け、帰国後にロシア芸術らしさを発揮するまでになりました。
『寒い土地はロマンチック、暑い土地は情熱的な表現を好む』ように、ロシアはその風土や景色を活かした芸術文化を築き始めていました。
【核心】小説の女性を描いた北のモナリザ**
さて、冒頭でも載せました「北のモナリザ」。
これを代表するように、当時のロシアではこのクラムスコイが最も肖像画家として優れていたようです。
彼の魅力といえば、何といってもこの美しい人物画。
当時は風景画が題材の主流となっていたこともあり、クラムスコイの存在は目を見張るものがあったでしょう。
ロシア南部田舎町の、決して裕福な産まれではないクラムスコイ。
しかし芸術アカデミー時代にイタリアの古臭い芸術体制(官製芸術)を嫌って追放されたり、その後に革命派的な思考から移動派(移動展覧会協会)と呼ばれる一派の主要メンバーになったりと、いろいろやらかしながら主張を続けた人物とも言えます。勢いが凄かったのかな。そうゆう時代だから、パワーのある人は歴史に残りますね。
トルストイの肖像1873人気作家トルストイを最初に描いたのがクラムスコイだったと言う
後にかれは、ある小説家との出会いがきっかけで、後に残る素敵な作品を作ることとなります。
それが、冒頭でもお話した「北のモナリザ」です。
高級そうな馬車に乗りこちらを微笑んでいるのか憂いでいるのか、という女性の肖像。しかし無蓋馬車なので高級娼婦なのでは?という見解もあるようです。ロシア人が描いたにしては黒髪で毛が固く、少しくせ毛。一体誰を描いていたのでしょう?
実はこの女性、小説家トルストイの長編作『アンナ・カレーニナ』に登場する人物という説が有力なようです。
これの執筆中、クラムスコイは肖像画制作のためトルストイと面会があったこともありますし、何より内容とも合致しているのだそうです。
『アンナ・カレーニナ』とは不倫小説です。
アンナとその義理妹、そして2人の男性との四角関係ドロドロエピソード(私の感想ですが)。しかもアンナは既婚者で息子もいるという昼ドラ展開の長編小説です。
なんやかんやアンナは最後、縺れにもつれた恋心を胸に列車から飛び降りることになります。
ここで登場する主人公のアンナは政府高官に嫁いできた奥様だったため、ロシア人っぽくない見た目と、クラムスコイがとらえたのでしょうか。
夫と愛してしまった不倫相手との間で生きた女性の表情は、悲しそうな、優しそうな笑みを浮かべています。
とはいえ、「タイトル:見知らぬ女」とだけ公表したクラムスコイの真意はつかめず、これが誰で、どんな思いでこちらを見ているのかは定かではありません。
しかし、以上の小説エピソードを元に、素敵な邦題がつけられました。
顔もみたこともない女性の像かもしれないけれど、その女性は見知らぬものとは言い難い。どこか心に残す余地をのこした邦題、
「忘れ得ぬ女(ひと)」。
ここまで読んでくださってありがとうございます。画家一人一人に焦点を当てると、環境や時代の中で見つけた生き方や姿勢を知ることができます。現代の私たちにヒントを与えてくれる画家も多くいます。また次回、頑張って書くのでお楽しみに。