祝いか、呪いか -マジカルミライ2019-
マジカルミライというイベントが始まって、今年で早くも7年目。
初音ミクの初めてのライブである「ミクFES’09(夏)」から数えると、今年は初音ミクのライブ10周年という記念すべき年になる…のだが、不思議とそのことはあまり話題になっていないようだった。
既に彼女がライブをするのが当たり前のようになってからボカロファンになった、という人の方が遥かに多くなったからだろうか。
もっとも、ミクFESからほぼ毎年初音ミクのライブを見てきた自分のような人間にとっても、「初音ミクが本当にいる!ライブしてる!SFが実現してる!」という感動をする段階はとうに過ぎてしまった。
今や内容が問われるミクライブ。
10周年は特別なものになるだろうか。
結論から言うと、その通りになった。
ただ、こういう形の特別だったとは…
自分が見たのは8/11の夜、大阪の千秋楽の回。
そのセットリストを書き出してみる。
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テオ / Omoi / 初音ミク
すきなことだけでいいです / ピノキオピー / 初音ミク
愛の詩 / ラマーズP / 初音ミク
快晴 / Orangestar / 初音ミク
深海シティアンダーグラウンド / 田中B / 鏡音リン
メインキャラクター / *Luna / 鏡音レン
ロキ / みきとP / 鏡音リン・レン
砂の惑星 / ハチ / 初音ミク
どうぶつ占い / すこっぷ / 初音ミク
ロミオとシンデレラ / doriko / 初音ミク
キレキャリオン / ポリスピカデリー / 初音ミク
ある計画は今も密かに / 森羅 / 初音ミク
ラムネイドブルーの憧憬 / アオトケイ / MEIKO
~巡音ルカ10周年~
Never Die / ゆよゆっぺ / 巡音ルカ
Just Be Friends / Dixie Flatline / 巡音ルカ
どりーみんチュチュ / emon(Tes.) / 巡音ルカ
それがあなたの幸せとしても / Heavenz / 巡音ルカ
Jump for Joy / EasyPop / 巡音ルカ
バンドメンバー紹介
大江戸ジュリアナイト / Mitchie M / 初音ミク・KAITO
ブレないアイで / Mitchie M / 初音ミク
ヒバナ / DECO*27 / 初音ミク
グリーンライツ・セレナーデ / Omoi / 初音ミク
僕が夢を捨てて大人になるまで / 傘村トータ / 初音ミク
~アンコール~
裏表ラバーズ / wowaka / 初音ミク
Hand in Hand / livetune / 初音ミク
ブレス・ユア・ブレス / 和田たけあき / 初音ミク
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風の噂で「今年のセトリは強い」と聞いていたが、確かに強かった。
演出もこれまで以上に贅沢で。
開幕テオか!今年のSNOW MIKU LIVE!でも一瞬で爆発したしな。
ミクさん、もうMCも慣れたもんだなぁ。
快晴だと!?ペンライト振るよりPVみたいに横揺れしよう。
深海シティ、ライブでかかるの待ってたんだ…
どうぶつ占い!意外なとこ持ってきた。
Never Die、強い宣言。
どりーみんチュチュは何度聴いてもホロッときてな…この曲も振り付けを真似したくなる。
「ミークー」と呼びかけるルカさん、仲良しな2人、いいもんだ…
大江戸ジュリアナイトw 楽しいなおい。わ、鼓童仕込みの太鼓!
コール入れられる曲の連チャンはテンション上がるなぁ。
僕が夢を捨てて大人になるまでが本編の最後って、大役じゃないか…
wowakaさんへ捧げる演出、素っ気なくもクドくもなく。難しいところだけど、良かったと思う。
今回は撮影タイムまであるのか。ありがたい。
…と、その時その時でいろんなことを思ったのだけど、実際には記憶がやや朧気になっていて。
というのも、2曲目の「すきなことだけでいいです」であまりにも強烈にブン殴られて、ずっとその衝撃を引きずっていたから。
ピノキオピーさんは特に好きなボカロPで、数々の曲の詞に心を深く刺されてきた。
この曲もその中の1つであり、ボロボロに泣きながら「すきなことだけでいいです!」とコールにならないコールを入れていた。
ライブで聴けてそりゃあ嬉しい。だけど、だけどさ…
よりによって今年これ持ってくるか!?
今年のマジカルミライのテーマソング、「ブレス・ユア・ブレス」。
しかし、華々しいイベントのテーマソングとしては歌詞が穏やかではない。
その真意はWeb上やオフィシャルガイドブック、スポーツ報知の特集号などのインタビュー記事で作者の和田たけあきさん自身によって語られている。
曰く、ボカロPは「歌わないシンガーソングライター」だ、アーティストだと主張しても世間はそう見てくれない、だから不本意ながら自分で歌うようになったと。
また、ライブで初音ミクが歌う曲はボカロPの曲であるはずなのに初音ミクが自分の曲のように歌っている、初音ミクがアーティストになってしまった…と。
和田さんはこの曲を自分だけのものにしたくない、自分と同じような立場にいるクリエイターにも何か感じ取ってもらいたいとも語っている。
初音ミクに関わるクリエイターの葛藤、ジレンマを表しているこの曲が柱となっている今年のマジカルミライ。
それなのに、あろうことか、初音ミクは平然と言い放つ。
「すきなことだけでいいです」
だから!
それができなくて苦しんでるんだろ!
「全人類が好きなことやったら 世界は滅亡するけど」
他人事みたいに言うなよ!
あんたのせいで苦しんでるのに!
初音ミク、あんた天使じゃなくて悪魔だよ…
そんなショックを受けた直後に投じられる、ラマーズPの「愛の詩」。
「うーぱぱ うぱぱ うーぱうぱうぱぱー うーぱぱ うぱぱ うーぱうぱぱー」
かわいい。
とにかくかわいい。
文句なしにかわいい。
前の曲との大きすぎる振れ幅に、打ちひしがれた心は混乱する。
初音ミクが誕生してから12年。
彼女は何万という数の曲を歌ううちに、人間の感情を学習し、翻弄する術を身に付けていたのかもしれない。
もう敵わない。怪物だ。初音ミクは怪物だ。
だがしかし、そんな怪物を生んだのは人間自身。
なんてことをしてしまったんだ、人類は…
この曲からずっと、動揺が収まらなかった。
振り返ると、今年のSNOW MIKU LIVE!のセットリストも1曲目が「テオ」、2曲目が「愛の詩」という今回のマジミラに似た始まり方だったけど、終演した時には素直に、楽しかった!幸せ!という感想を持った。
ところがその背後に「ブレス・ユア・ブレス」が構え、「すきなことだけでいいです」が挟まることで、まったく意味合いが変わってしまうとは…
当日は他の曲まで聴き込む余裕を奪われてしまったけど、あらためて聴き直してみると、*Lunaさんの「メインキャラクター」や、傘村トータさんの「僕が夢を捨てて大人になるまで」などもここに関連するメッセージ性を持つ曲だと気付いた。
葛藤に葛藤を重ねるセットリスト。
確かに、強い。強いけど。
そんな中で救いとなったのが、森羅さんの「ある計画は今も密かに」。
この曲があることで癒やされなかったら完走できなかったかもしれない。
あるいはそれも計算のうちなのか、初音ミク。
ブレス・ユア・ブレスがトリで終演。
恒例の三本締めの後で周囲の観客の表情やTwitterを見ると、ショックを引きずる自分とは違って、みんな満足そうにしていた。
新しく知ったのは、この曲はメッセージ性を抜きにすると、ライブではコールをいっぱい入れられるとても楽しい曲だということ。
だけど、それがまた何とも皮肉だよなと思ったりもした。
自分にとっても今回のライブが楽しかったのは確か。
でも、ただ単に楽しかったで片付けられない。
どうしたって無理なのかもしれないけど、どうにかこのボカロ界隈にいるすべてのクリエイターの葛藤が報われてはくれないか。
彼ら彼女らのおかげで、この楽しいライブも成り立っているのだから。
半ば茫然自失となったまま、気がつけば「01」の旗がたなびく通天閣。
大阪の街を、人間を、初音ミクが見下ろしていた。