Xジェンダー的「自分らしい」スーツスタイルを求めて(1)
Xジェンダーは自分が一般的な男性、女性の枠から外れたところにいると感じる人が多い。いわゆる男女二元論の外側にいるのだ。しかし書類の性別欄やトイレなど、男女二択を強制してくるモノは依然世の中にたくさんある。
中でもスーツは人生の重要な場面に繰り返し登場するアイテムでありながら、メンズとレディース以外のその他という選択肢がほとんど存在しない。
それは何故なのか?そして、解決策はあるのか?
今回、一風変わったスーツを手掛ける会社への取材を通して、Xジェンダーにとっての「自分らしい」スーツスタイルとは何か、またそれを手に入れるための方法について考えてみた。
スーツに関する深い悩み
Xジェンダーの団体であるlabel X内では、度々スーツについての悩みを耳にする機会がある。全体としてどのような悩みを持っているのかを探るべく、label Xの会員を対象としたアンケートを行った。
この質問では、半数近くの人が「非常にある」と答えている。悩んでいる人がアンケートに回答したことを差し引いて考えても、この割合は非常に高い。悩みの深刻さが伝わってくる。
さらに、悩みの具体的な内容についても質問をした。
この結果から、多くのXジェンダーがスーツに関して以下のような悩みを抱えていると考えられる。
世の中のスーツはメンズとレディースの二択であり、どちらを選択しても違和感がある
参考となる情報が乏しく、どうすれば違和感が解消されるのかわからない
既製品スーツ、オーダーメイドスーツのいずれにしても、反応が怖くて店員に相談できない
さらにオーダーメイドスーツは高そうで敬遠してしまう
こういった悩みに直面して、欲しいスーツが世の中にないなら自分が作るしかない!と立ち上がった人がいる。keuzesの田中さんだ。
keuzes
keuzesは2019年に代表の田中さんが立ち上げたオーダーメイドスーツのブランドで、主に女性の体に合うメンズパターンスーツを手掛けている。
きっかけはご友人の結婚式で、スーツが着れなかったこと。田中さんは本当はメンズスーツが欲しかったけれど、スーツの店で店員にそのことを伝える気まずさがどうしても嫌で、スーツを買いに行けなかったそう。
誰かが解決してくれるのを期待していたが、何年経っても状況は変わらない。一生このようなもどかしさを抱えて生きていかなければいけないのか。同じ悩みを抱えた人が周囲に何人もいる。「服装が理由で何かを諦めている人が全国にどれくらいいるんだろう」「それは普通のことじゃない」と、田中さんはブランド立上げを決めた。
ところで女性の体に合うメンズパターンスーツというのは、メンズスーツを少し小さくしただけなのだろうか?それならSサイズのメンズスーツを着ればいいのでは?と思ったが、そう簡単な話ではないらしい。
「スーツの縫製工場は普通の服の縫製工場とは全く別で、さらにメンズとレディースでも分かれています。メンズスーツの工場で作るスーツは身長165cm以上しか対応していなかったりして、そもそも小さめサイズを作ってもらうことのハードルがすごく高いんです。」と田中さん。知らなかった。
田中さんは数十軒の工場に掛け合い、女性の体に合うメンズスーツを作ってもらえないか頼み込んだが、何をしたいのかわからないという反応が多かった。そんな中で一人だけ、「何でそれをやりたいの?」と訊いてくれた人がいた。その人が田中さんの思いを理解し、よしやろう!と言ってくれて、keuzesのブランド立ち上げにこぎつけたのだそうだ。
同じ悩みを抱える人たちの矢面に立って工場の頑固おやじたちと果敢に戦ってくれた田中さんに、心から敬意を表したい。
keuzesのスーツは、どれもクールでカッコいい。
女性の体でもメンズが似合うようにウエストのラインや着丈などに気を遣っているそうだが、基本はその人のこだわりに沿って作ってもらえる。※1
実際にオーダーメイドスーツを作るとなると、やはりお値段が気になる。keuzesのスーツも決して安くはないが、田中さんは「元が取れる」スーツを目指していると言う。これからその人が予定している成人式、就職活動、卒業式、仕事など、様々な場面で着回せる一張羅にするということだ。
とりあえずこの一着を持っておけば、人生何とかなる。その安心感は正にプライスレスである。
それでもやはり、こういったスーツを公の場で着るのは勇気が要ることである。keuzes利用者の中にも、LGBTフレンドリーを標榜している会社にもかかわらず、職場の男性に「何でメンズスーツ着てるの?」と非難された方がいたそうだ。多様なジェンダーに理解のある人ばかりでないのが現実である。
だからこそ田中さんは、keuzesのスーツを作ろうと心に決めてくれた方たちに感謝しているのだと言う。勇気を持ってkeuzesのスーツを着る。その姿をいろんな人が見る。中には同じ悩みを抱えた人もいるだろう。その人が自分の好きなものを着ていいんだ!と気づかされる。
田中さんの中には、そんな風にkeuzesのスーツを通してゆっくり世の中の価値観を変えていくビジョンがある。keuzesの客は、一緒に世の中を変えてくれる仲間なのだ。
keuzesはオランダ語で選択肢を意味することばである。田中さんが目指すのは、全ての人が自分の着たいものが着られる世界。そのためには、keuzesだけでなく様々な会社が多様な人に合う服を作り、たくさんの「選択肢」から着たい服を選べる状態になることが必要だと強調する。
なるほど、ということで他にこういったスーツを手掛けている会社はないのか探してみたところ、あった。Fabric Rainbowという会社である。
(2に続く)
※1 keuzesは女性の体向けメンズスーツを手掛けているが、依頼があれば男性の体向け含め性別問わず対応したいとのこと。
なお、本記事は3部構成になっております。
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