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ジェレミー・ファラーのメールと著書からSARS-CoV-2の起源について分かること(2)

前回の記事に続いて、ジェレミー・ファラーの著作"Spike: The Virus vs. The People - the Inside Story" から、SARS-CoV-2の起源および研究所流出説に言及されている箇所を紹介してきます。

これまでのまとめ

・イギリスのパンデミック対策のアドバイザーであるジェレミー・ファラーは2020年1月の段階で、SARS-CoV-2は人工改変の跡があると疑っていた。
・クリスチャン・アンダーセン、エディ・ホームズ、ボブ・ゲリーなど英米のトップ学者も、7-8割型、研究室で改変されたウイルスだと考えていた。
・ファラーはアメリカのアンソニー・ファウチに呼びかけ、欧米のトップのウイルス関連学者を集めて2020年2月1日(土)夜に緊急の電話会議を主催した。
・彼らは、本当にウイルスが人工なのか、その場合どのようなアクションが求められるかを話し合った。

ファラーの著書より - 2020年2月1日の電話会議

原著66ページ

私は2020年2月1日のイギリス時間7時に電話会議を主催した。ワシントンにいるトニー(ファウチ)には午後の2時、シドニーにいるエディ(ホームズ)には日曜朝の6時だった。
クリスチャン(アンダーセン)とエディは、アンドリュー・ランバートとボブ・ゲリーにも参加するよう呼びかけた。他に参加した専門家は、フランシス・コリンズ、ロン・フーシェ、マリオン・クープマンズ、クリスチャン・ドロステン、そしてゲッティンゲンのドイツ霊長類センターに所属するウイルス学者のステファン・プルマン、ウェルカムトラストの副会長で生化学者のマイク・ファーガソン、同じくウェルカムトラストのポール・シュライア、そしてパトリック・ヴァランスだった。

ファウチのメール記録に何回も出てきた電話会議そして事前・事後の協議のメールは、すべてSARS-CoV-2の起源と人工改変を話し合うためのものだったことが明らかになります。

ロン、マリオン、そしてクリスチャン(ドロステン)は、このコロナウイルスが出来上がるために、まだ見ぬ人間の仕業を前提にする必要はないと論じた。

彼らによれば、このウイルスの素材はすべて自然に存在していた。野生動物のウイルスは頻繁に人間と頻繁にクロスオーバーし、または他の種とクロスオーバーした後に人間に入り込んでいる。彼らは、この新しいウイルスは研究室起源ではなく、自然発生と考えた方が科学的にも説明が容易だと主張した。

電話会議は1時間に及び、(中略)その後も参加者たちは自分の意見をメールで交わした。

(中略)翌日、私は参加者全員と、(訳註:アンダーセンの同僚の)マイケル・ファーザンなどの意見をまとめ、トニー(ファウチ)とフランシス(コリンズ)にメールした。

「自然発生を0、研究所起源を100とすると、私は正直なところ50くらいだ!思うに、起源についてはグレーなままだろう。武漢の研究所にアクセスを得られない限りはね。そして、それは実現しないだろう!」

電話会議ではゲルマン系の科学者が自然発生説に立ったことが強調されます。つまりはアングロ・サクソン系のアンダーセンやホームズは事前に述べていた通り研究所流出説を主張したことが見て取れます。

そして会議が終わっても、ファラーはどちらが正しいか全く分からず、そして真相が明らかになることはないだろうと予想していました。

原著67ページ

最初の会議の後、5人の科学者が集まって調査を続けることになった。クリスチャン(アンダーセン)、エディ、アンドリュー、ボブそして、イアン・リプキン。イアンは、コロンビア大学のウイルス学者で、映画「コンテイジョン」の科学監修も務めた著名なウイルスハンターにしてSARSの専門家だ。彼らは、文献を自らの手で探し、このウイルスに関するこれまでの研究をかき集め、疫学データを研究し、ウイルスのサンプルを精査し、まだ見ぬ人間の手の痕跡を探すこととなった。

エボラやジカ熱で経験が豊富にも関わらず、クリスチャン(アンダーセン)は、極度に神経を使うこの調査を前にして、かつてないほどのプレッシャーに苛まれていた。「私は、自分がこの新しいウイルスが研究所から出てきたことを証明する人間になるかも知れないという恐れと闘っていた。」「願わくば、そんなことで世界中で有名になんてなりたくなかった。でももしウイルスが研究所起源だとして、どうすればいいんだ?FBIに電話するべきなのか?私たちはどんな立証責任を追おうとしているんだろう?」(中略)このテーマはあまりにもデリケートなため、クリスチャンの数人の上司を除いては、彼が何を調査していたのかは伏せられた。

電話会議の後(2月1日の数日後)になっても、クリスチャン・アンダーセンは、ウイルスが研究所から流出した可能性に強く悩まされていました。それは、恐らく彼自身がこの時点で研究所起源の方があり得ると感じていたからでしょう。そして、彼自身は研究所が起源であって欲しくなかったと吐露しています。

ここは後から非常に重要になる点です。なぜなら、まったく同じ時期に彼は公の場(Twitterなど)では、研究所流出説を頭ごなしに否定し、陰謀論だと一蹴していたからです。これについては後で詳しく述べます。

ファラーの著書より - 一転、流出説の否定へ

原著70ページ

翌月に入り、新しい情報、終わりのない分析、激しい議論と幾度もの眠れない夜を経て、クリスチャン・アンダーセン、アンドリュー・ランバート、イアン・リプキン、エディ・ホームズ、ボブ・ゲリーは、この新型コロナウイルスの起源について発表をする準備を整えた。2020年3月17日、"The Proximal Origin of SARS-CoV-2"と名付けられた短く簡潔な論文で、彼らは述べた。「我々の分析は、SARS-CoV-2が研究で作られたり、人為的に目的を持って改変されたのではないことを明らかにした。」

ここで、研究所流出説の議論を公から長らく封印することに貢献した、Proximal Origin論文に繋がります誰かが「専門家は研究所流出説を否定している」と主張するときにほぼ確実と言って良いほど持ち出される論文です。

なぜProximal Origin論文が研究所流出説を否定するのか、そしてこの論文の論理的な瑕疵については、既に様々な解説記事など出ており、また本noteでも別途時間を割いてカバーしたいと思いますので、ここでは詳しくは述べません。

さて、ここで自然発生説に着地して終わりと思いきや、ファラーはもう一度立ち止まり、自分自身の考えを再度明らかにします。

原著76ページ

2021年の5月になって、ラルフ・バリックやジェシー・ブルームを含む何人かの科学者が雑誌Scienceにレターを書き、新しい調査と武漢ウイルス研究所を含むいくつかの研究所がデータを開示することを求めた。ラルフ・バリックはノースカロライナ大学でコロナウイルス研究において世界の指導的な位置におり、またジェシー・ブルームがシアトルに構える研究所はウイルス変異について最先端の研究を行なっていた。それからまもなく、バイデン大統領も、証拠を再度検証することを求めた。
私たちは、このウイルスがどこから来たのかを知る必要がある。特に、将来同じようなパンデミックが起きるのを防ぎたければ尚更だ。だから、私たちは答えを探し続ける必要がある。新しい証拠が明るみにでる希望を持ちながら。(中略)現時点では、エビデンスはCovid-19が自然発生したイベントであることを強く示唆している。だが、誰も他の仮説を排除することはできない

ファラーは著書の丸々一章を割いたウイルス起源を、このように締めくくります。自らアンダーセンらの起源調査チームを組織し、Proximal Origin論文が世に出るきっかけを作っておきながら、まるで傍観者のように「研究所流出説もあり得る」と含みを残します。

クリスチャン・アンダーセンの真っ赤な嘘

さて、先ほどクリスチャン・アンダーセンは「まったく同じ時期に公の場(Twitterなど)では、研究所流出説を頭ごなしに否定し、陰謀論だと一蹴していた」と書きました。

アンダーセンは後にProximal Origin論文を著して研究所流出説を最も強硬に否定し、またDRASTICのメンバーともTwitterなどで幾度となく論争を重ねることになりますが、当初は非常に強く研究所流出説を疑っていました。

改めてファラーの著書から2020年1月末-2月第1週にかけて、アンダーセンがSARS-CoV-2の起源についてどのような意見をもっていたか振り返ります。

ファウチ氏のメール記録の記事で触れた、2020年1月31日のメールで、アンダーセンはファウチにこう述べています

「事前に伝えておくと、今日エディ、ボブ、マイクと私で議論したところ、全員がこのウイルスのゲノムは進化論から予測される中身とはズレがあるという認識に至っている。」


また、ファラーの著書から、それに先立つ1-2日前(2020年1月28日-1月30日)に行われたエディ・ホームズとファラーとの電話会議でもアンダーセンは人工改変を疑っています。

クリスチャンはエディに対し、このウイルスについて3つ引っかかる点を感じていることを告白した。(中略)(自然にしては)あまりにも出来すぎているように見えた。


2020年2月1日に行われた電話会議の直前、アンダーセンは60-70%の確率で研究所流出だと考えていた、とファラーが述べています。

「あの会議の前の時点で、私は8割型は研究所由来のウイルスだと確信していた。」とエディは言った。クリスチャンは60-70%研究所起源だと信じており、アンドリューとボブもそう遠くなかった。


また、ファラーの言うことが正しければ、電話会議を終えた数日後の2020年2月2日-3日、あるいはそれ以降も、アンダーセンは研究所流出説が正しいかも知れないというプレッシャーと闘っていました。クープマンズやフーシェの反対意見を聞いても、彼の中では研究所流出説の方が優勢だったと考えて良いでしょう。

クリスチャン(アンダーセン)は、極度に神経を使う調査を前にして、かつてないほどのプレッシャーに苛まれていた。「私は、自分がこの新しいウイルスが研究所から出てきたことを証明する人間になるかも知れないという恐れと闘っていた。」


なぜ日付を出して長々と振り返ったかと言うと、全く同時期に彼が別の場所で真反対の意見を口にしている記録が残っているからです。

ファウチやファラーのメール記録とはまた別に、武漢ウイルス研究所への資金提供者であるエコヘルス・アライアンスのCEOピーター・ダシャックのメール記録の一部が昨年よりNPO団体US Right to Knowによって明らかにされています。

ご存知の方も多いと思いますが、ダシャックのエコヘルス・アライアンスの内実はアメリカ政府の科学研究助成金を受け取って様々な研究機関に配分する流通業者であり、また武漢ウイルス研究所と長年に渡って協業関係を築き上げ、コロナウイルスの機能獲得研究にも資金を提供してきました。

ピーター・ダシャック

ダシャックは2020年2月19日に医学雑誌ランセットに掲載されることになる研究所流出説を非難すレターを企画しており、ちょうどその草稿をクリスチャン・アンダーセンと相談しながら作っていた頃のメールが、公開された記録に含まれています。日付は2020年2月4日午後0時5分で、メール原文はここで読めます

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これは、研究所流出説を封じるためのレターの草稿についてダシャックから意見を求められたアンダーセンの返答です。2パラグラフ目に以下のような文章があります。

レターを読んだが、内容は良いと思う。だけど我々は(訳註:ウイルスが人工的に)改変されたという疑念に対してもっとはっきり意見表明をした方がいいんじゃないかと思う。今このウイルスが意図をもって改変されたという頭のおかしな議論が横行しているが、それは誰が見ても明らかに間違っている。改変といっても基礎研究のためのものもあれば、悪意を伴う改変もあるが、この(訳註:新型コロナ)ウイルスについては、どちらもあり得ないことをデータが示している。

前も書いた通り、これはアンダーセンによる2020年2月4日の発言です。ファラーの著書によれば、2月4日頃、アンダーセンは「自分がこの新しいウイルスが研究所から出てきたことを証明する人間になるかも知れないという恐れと闘っていた」はずです。

一方でこのメールの記録では、アンダーセンは研究でウイルスが改変された可能性を「誰が見ても明らかに間違っている」と述べています。著書でのファラーの記憶が間違っていないのであれば、アンダーセンがダシャックとのメールで嘘をついていることになります。

わずか数日の間で考えが180°変わったことを訝しみ、研究所流出説を疑う共和党の下院議員2名が最近になって、アンダーセンに「なぜこうも短い間に意見が変わったのか」の質問状を送っています。


またダシャックとのメールに先立つこと2020年1月30日、彼はTwitterで以下のような発言をしています。(現在はアカウントを削除)

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そうだな、それに彼らが中間宿主の候補を見つけられないとは必ずしも思わない。思うに、非常に優秀な人々が今これに取り組んでいるはずだ。1ヶ月以内に塩基配列が分かるかもね

「中間宿主を見つけ、その塩基配列が分かる」とは、即ち自然発生説を証明すること(=研究所流出説を否定すること)とほぼ同義です。1月30日、ファラーの著書が正しい限り確実に、彼は研究所流出説を強く疑っていたはずです。それにも関わらずTwitterではまるで自然発生が今にも証明されると信じているかのように振る舞っていたのです。

ではなぜ彼はこんな嘘を付く必要があったのでしょうか?

ファラーはウイルスが原因の戦争を恐れていた

嘘をついたアンダーセンだけでなく、ファラーやファウチも、土曜のディナータイムに緊急で電話会議に集まるほど真っ先に研究所流出を真剣に疑っておきながら、まるでそんな疑いは最初から無かったかのように振る舞ってきたのでしょうか。

そしてその電話会議から2週間しか経たないうちに、研究所流出説を陰謀論として非難するダシャックのレターに力を貸したのでしょうか。

そして、自分たちと同じ疑念を抱いた在野の研究者やジャーナリストを、長い間陰謀論者のように扱ってきたのでしょうか。

もしファラーが、著書で自分の心情を正直に吐露しているのだとナイーブにも信じるのであれば、いくつかその理由を考えるヒントが同書には散りばめられています。ファラーは、もし研究所流出説が本当であれば戦争が起きることを危惧していたことを隠そうとしません。


原著53ページ

これら(人工改変の可能性)が私を心配にさせた、という表現は生ぬるい。2020年1月、アメリカと中国間の政治は決して良好な状況にはなかった。
(中略)
世界的な公衆衛生の危機へと変貌と遂げつつあるこの状況を引き起こしたスケープゴートを人々が探し始めるのは、火を見るより明らかだった。トランプは中国にウイルスの責任を着せようとし、「中国ウイルス」や「カンフルー」という言葉でウイルスを呼んでいた。
(中略)
実際、この新しいコロナウイルスは生物兵器だという考えが広まりつつあった。
(中略)
今から考えると目も覚めるようだが、緑豊かなオックスフォードの家にたたずみながら私は、冷戦以来もっとも歴史的に分断された瞬間に身を置いていたのかも知れない


原著54ページ

アメリカの緊迫した国際関係と、偏った国粋主義のレンズを通して生物学的な危機を受け止める予測不能な大統領を前にすれば、人工改変されたウイルスが、事故で漏れたのであれ意図的に放出されたのであれ、国々を戦争へ向かわせると考えるのは、あながちメロドラマでもないように思えた。


原著55ページ

私がエリザ(マニンガム・ブラー、元MI5長官)に、新型コロナウイルスの起源についての疑念を伝えると、彼女はそのデリケートな議論を知っている人間は皆セキュリティを高めた方が良いとアドバイスしてきた。まっさらな電話を用意し、メールでのやりとりを避け、いつも使うメールアドレスや電話番号は用いないようにするのだ。(中略)そうして私はこの目的のためだけに使う専用の携帯を手にした。


原著58ページ

もしこれが実験用のウイルスで、何かしらの理由で研究所から漏れ出たのであれば、あるいは意図的に放出されたのであれば、その意味するところはとてつもなく大きい。私はすぐに、これは恐ろしいエピデミックから、戦争を伴う世界的な危機になる可能性があると考えた。


原著66ページ

トニー(ファウチ)とフランシス(コリンズ)は、物凄く機微な話をしていることを理解した。トランプ大統領とポンペオ国務長官の両者が、反中国的なレトリックを口にしているのを思えば尚更だ

何回も言及する戦争という言葉が、物理的な戦争を表しているのか貿易戦争の比喩なのかは議論の余地がありますが、MI5元長官に勧められて専用の電話暗号を用いて研究所起源説を話し合っていたのですから、気分はスパイだったのかも知れません。

その恐れが、研究所流出説を否定する動機に繋がったかどうかまでは分かりませんが、少なくとも自分たちが最も真剣に検討し恐れていた流出説を公にせず、ごく一部のインナーサークルを除いて情報をシャットアウトしたのは事実でしょう。

ではファラーはなぜ今になって開けっ広げに真相を語るようになったでしょうか。これは完全な憶測ですが、(知られている限り)武漢に直接利害のないファラーは、アメリカ大統領がバイデンに替わり、彼が恐れていた戦争の危機が遠のいたことによって、流出説を隠す必要がなくなったのかも知れません。

一方で武漢の機能獲得研究に直接資金提供を行う判断を下したファウチや、武漢との協業を長年行なってきたダシャックは、ファラーとは異なる動機があります。研究所流出が本当であれば彼らは職業生命を失うでしょう。このためダシャックのように今も流出説を全否定するか、あるいはファウチのように歯切れが悪い言葉で誤魔化すしかないのかも知れません。

アンダーセンはファウチのメールが公開され、自分が流出説を真剣に検討していたことが世の中に晒されてしまうと、追求を嫌ったのかTwitterアカウントを閉鎖しました。

まったく同じ時期に彼は公の場(Twitter)では、研究所流出説を頭ごなしに否定し、陰謀論だと一蹴していた建前の上では、流出説を唱える人々との喧嘩腰の議論にうんざりしたと述べています。しかし、彼がエビデンスを集めて論理を構築し、自ら納得して流出説を完全否定するに至ったのであれば、そういう人々とも議論を厭わなかったのではないでしょうか。

これも完全な憶測ですが、アンダーセンは研究所流出説を真剣に恐れていながらそれを隠すためにProximal Origin論文を書き、今でも内心は流出説を否定しきれておらず、しかし議論で尻尾を表してしまうのを避けるために、Twitterを閉じたのかも知れません。

真相の究明はまだまだ続きます。




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