「お掃除屋さんは見た!家の裏側はミステリー」第1話〜A様宅〜
本日のお客様はA様。
A様は何度もリピート利用してくださるお得意様で、いわゆるおひとりさまを謳歌しているような女性でした。
A様のお宅は、駅近3LDKの高層マンション。
おひとりで暮らすには若干広いのでは?
と思いましたが、それぞれご事情があるのでそこには触れずに黙々とお掃除。
A様がご依頼されるのは、水回りのクリーニング。
バスルーム・トイレ・キッチンの3カ所をメインにお掃除していました。
普段は外食が多いそうで、キッチンはそれほど汚れていないのですが、それでも毎月のようにご依頼があり。
予定より早くお掃除が終わると、キッチンのカウンターでコーヒーをご馳走になりながら雑談することもありました。
A様はピカピカに磨いたキッチンの窓を見ながら……
「FIX窓(開閉できない窓)から見る夜景が好きなの」
何度もそう話されていました。
そんなA様宅の定期クリーニングを終えた日。
オートロックマンションにはなかなか入ることができないので、管理人の許可を得て、マンション内の郵便受けにハウスクリーニングのチラシをポスティングさせていただきました。
そして、後日。
そのチラシを見た方からご連絡をいただき、A様宅の3階下のお部屋へクリーニングに伺うことに。
そのお客様のご依頼は、キッチンクリーニング。
A様と色違いのキッチンカウンターが設置されていました。
(同じ形でも選ぶカラーで雰囲気が変わるものだなぁ)
そんなことを思いながら換気扇を分解し、シロッコファンなどの部品を洗剤につけ置きしていきました。
こちらのお客様は食べ盛りのお子さんがいらっしゃって、揚げ物料理が多いとのこと。
それを物語るように、壁にべったりついた油汚れや五徳にたっぷりついたコゲを、洗剤やスチームでふやかしながらゴシゴシお掃除。
作業中、暑くなってきたのでお客様にお声をかけ、キッチンの小窓を開けさせていただきました。
窓から入ってくる涼しい風を感じながら、ふと思います。
(A様宅はFIX窓だったのに、こちらのお宅は開閉できる窓……同じマンション内でも仕様が違うことがあるのかしら?)
そんな考えが頭をよぎりましたが、つけ置きした大量の部品を洗うのに集中しようと、ゴシゴシゴシゴシ……
いつもキレイなA様のキッチンと違い、お掃除しがいのあるキッチンクリーニングは正直、大変でした。
でもクリーニング後にお客様の笑顔を見ると、疲れも吹き飛ぶというもの。
喜んでいただいたお客様宅よりクリーニングの資材を片付け、地下駐車場にとめた車へと向かっていると……
マンションを巡回していた管理人さんに会ったのでご挨拶。
「この前、入れさせていただいたチラシのおかげで、本日のお仕事が受注できました。ありがとうございました!」
そうお伝えすると、管理人さんも喜んでくださいました。
そのお礼にと、おやつに食べようと思っていた缶コーヒーとクッキーを管理人さんに手渡し、クリーニング中に気になったことを聞いてみることに。
「このマンションは、お部屋ごとに窓の仕様が違うのですか?」
すると管理人さんの顔がみるみる曇り。
「あんた……もしかしてAさんのところもお掃除しているのかい?」
「毎月お掃除に伺いますけど……どうかしましたか?」
「実は…あの部屋は……」
管理人さんがここだけの秘密と聞かせてくれたお話。
お客様が特定されないよう詳細は省きますが……
A様はあのお部屋で同居していた彼がいて、その彼が数年前にキッチンの小窓から飛び降りたそう。
その後、A様のお部屋だけ、はめ殺しのFIX窓に変えたとのこと。
「なるほど、そんな事情が……」
「あんた、キッチンを掃除する時、何か見なかったかい?」
「いいえ何も。いつもキレイなのですぐお掃除が終わっちゃいます」
「キッチンを使うと、出るんだって」
「何が出るんですか?」
「飛び降りた彼が、窓の外に立っているんだって」
A様宅はマンションの上層階。
窓下に足場になるようなものはなく、人が立てるはずもありません。
そう、生きている人ならば……
そんなやり取りがあった翌月。
私はA様宅の定期クリーニングに伺いました。
管理人さんのお話がチラチラ頭をよぎりましたが、平常通りクリーニング。
いつものようにバスルームとトイレのお掃除を終えて、最後にキッチン。
管理人さんの話を聞いたせいかキッチンに入った時、いつもと違う感じを受けました。
全体的にはキレイなのですが、窓がうっすら曇っているように見えます。
(窓が汚れているって珍しいなぁ)
そう思いながら、ガラス用洗剤をつけた雑巾でささっと拭き取っても、窓の曇りは取れません。
(おかしいなぁ?)
私の視力は両眼で0.5くらい。
普段は運転する時しか使わないメガネをかけて窓を見てみると……
ガラス窓に手形がペタペタついていたのでした。
それも内側ではなく外側に。
「これは……拭いても取れないはずだわ」
内心、動揺した私でしたが、お掃除屋さんとして冷静にA様にお伝えしました。
「窓の外についた汚れのようなので、内側からは拭き取れません。
マンションの管理人さんに、次回の外壁クリーニングの際に窓もお掃除するよう伝えていただけますか?」
A様は表情を変えずに言いました。
「私、この窓から見る夜景が好きなの。曇っていたら夜景が見えないと思わない?」
「力不足で申し訳ありません……」
A様は花柄の封筒に入れたクリーニング代を手渡し、静かな声で言われました。
「キレイにできないなら、もう来なくていいわ」
それ以来、私がA様のマンションに行くことはありませんでした。
不思議と怖さというよりも……
A様が幸せに暮らせていることを、今でも願っています。
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