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【画家の小噺】 -マネとアスパラガス-

©️La Colle "マネとアスパラガス"

マネとアスパラガス

印象派の画家として知られるエドゥアール・マネは、それまでの常識を覆した手法で女性モデルの裸体を描き、画壇に旋風を巻き起こした画家です。
その時代を先取りした表現により、現代において”近代絵画の父”と呼ばれています。

そんなマネが1880年に制作した“一束のアスパラガス”という絵画。
画面いっぱいに、机に置かれた白いアスパラガスの束が描かれた絵です。

制作当時、マネはこの絵を800フランの値で出品しました。
この絵を見た印象派のパトロンであるシャルル・エフルッシは甚く気に入り、提示額よりも多い1,000フランを支払い、購入したのです。

絵が売れただけでなく、気に入られたことに喜んだマネは、エフルッシに新たに“アスパラガス”という作品を送ります。
そこに描かれていたのは、机に取り残された1本のアスパラガス。
「あのアスパラガスの束から、1本抜け落ちていました」と手紙が添えられていました。

この粋な計らいに貰った当人はもちろん、話を聞いた人々も、よりマネを好きになったに違いありません。

『アスパラガス』Edouard Manet 1880年 油彩、キャンバス 16.9 × 21.9 cm オルセー美術館

アスパラガス

今でこそ、フランスで人気のアスパラガスですが、描かれた当時は高価な品で、まだまだ庶民には手が出せませんでした。
とはいえ、その歴史は古く、白いアスパラガスは“マドモアゼルの指先”、“食べる象牙”、“白い黄金“などと称され、ヨーロッパの上流階級の間では人気の品でした。

マネが描いたのは、白いアスパラガス。
白いアスパラガスは、日に当たらないように手間をかけて育るため、一層入手が難しかったであろうことが推測されます。

一見、何気ない題材に感じますが、このことからもマネが裕福なブルジョワジーであったことが伺えます。

アスパラガスの芸術

©️La Colle "マルセル・プルースト"

マネの“アスパラガス”に触発され、アスパラガスを同じく芸術に昇華した人がいます。
フランスの小説家、マルセル・プルーストです。
彼の著書、“失われた時を求めて”にその一文があります。

けれども私が思わずうっとりしたのは、群青色とバラ色に濡れたアスパラガスを前にした時で、その先端には薄紫色(モーヴ)と空色が細かくちりばめられ、一方まだ畑の土で汚れている根元の方に下がるにしたがって、地上のものとも思えない七色の虹で少しずつぼかされてゆくのだった。こういった天上の色のニュアンスは、アスパラガスが実は美しい女たちであることを示しているように見えた。彼女たちは面白がって野菜に変身し、その食べられる引き締まった肉体の変装を通して、この生まれ出たばかりの暁の色、さっと描いた虹の図、青い夕べの色の消滅のなかに、貴重なその本質を見せており、私は夕食にアスパラガスを食べると、あとまでその本質を認めることができるのだった。この美女たちはひと晩中、まるでシェークスピアの夢幻劇のように詩的でしかも下品な笑劇を演じ続け、その芝居のなかで私の尿瓶(しびん)を香水の壜に変えてしまうのである。

マルセル・プルースト『失われた時を求めてⅠ』鈴木道彦訳、集英社文庫、262頁

アスパラガスを前にして、ここまで思いを巡らせることが出来るとは…。
羨ましい限りです。
色彩描写の秀逸さ、耽美な比喩、シェークスピアを引き合いに出すセンス、どこを取っても一級の表現で、感嘆のため息が漏れます。

1つの芸術作品が新たな作品を生み出すきっかけになるとは、なんて素敵なことでしょう。そうした作品を手がけられたことは、作家冥利に尽きるのではないでしょうか。

まとめ

現在、マネの“アスパラガス”はオルセー美術館。 “一束のアスパラガス”はドイツのヴァルラフ・リヒャルツ美術館に所蔵されています。訪れた際には、ぜひこのエピソードを思い出してご鑑賞下さい。

今この記事を読んでいる方は、“アスパラガスを買いに行きたい。”と思われたでしょうか。絵画であれ、料理であれ、あなたの“創作”のきっかけとなりましたら、大変喜ばしく思います。

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