【画家の小噺】 -マネとアスパラガス-
マネとアスパラガス
印象派の画家として知られるエドゥアール・マネは、それまでの常識を覆した手法で女性モデルの裸体を描き、画壇に旋風を巻き起こした画家です。
その時代を先取りした表現により、現代において”近代絵画の父”と呼ばれています。
そんなマネが1880年に制作した“一束のアスパラガス”という絵画。
画面いっぱいに、机に置かれた白いアスパラガスの束が描かれた絵です。
制作当時、マネはこの絵を800フランの値で出品しました。
この絵を見た印象派のパトロンであるシャルル・エフルッシは甚く気に入り、提示額よりも多い1,000フランを支払い、購入したのです。
絵が売れただけでなく、気に入られたことに喜んだマネは、エフルッシに新たに“アスパラガス”という作品を送ります。
そこに描かれていたのは、机に取り残された1本のアスパラガス。
「あのアスパラガスの束から、1本抜け落ちていました」と手紙が添えられていました。
この粋な計らいに貰った当人はもちろん、話を聞いた人々も、よりマネを好きになったに違いありません。
アスパラガス
今でこそ、フランスで人気のアスパラガスですが、描かれた当時は高価な品で、まだまだ庶民には手が出せませんでした。
とはいえ、その歴史は古く、白いアスパラガスは“マドモアゼルの指先”、“食べる象牙”、“白い黄金“などと称され、ヨーロッパの上流階級の間では人気の品でした。
マネが描いたのは、白いアスパラガス。
白いアスパラガスは、日に当たらないように手間をかけて育るため、一層入手が難しかったであろうことが推測されます。
一見、何気ない題材に感じますが、このことからもマネが裕福なブルジョワジーであったことが伺えます。
アスパラガスの芸術
マネの“アスパラガス”に触発され、アスパラガスを同じく芸術に昇華した人がいます。
フランスの小説家、マルセル・プルーストです。
彼の著書、“失われた時を求めて”にその一文があります。
アスパラガスを前にして、ここまで思いを巡らせることが出来るとは…。
羨ましい限りです。
色彩描写の秀逸さ、耽美な比喩、シェークスピアを引き合いに出すセンス、どこを取っても一級の表現で、感嘆のため息が漏れます。
1つの芸術作品が新たな作品を生み出すきっかけになるとは、なんて素敵なことでしょう。そうした作品を手がけられたことは、作家冥利に尽きるのではないでしょうか。
まとめ
現在、マネの“アスパラガス”はオルセー美術館。 “一束のアスパラガス”はドイツのヴァルラフ・リヒャルツ美術館に所蔵されています。訪れた際には、ぜひこのエピソードを思い出してご鑑賞下さい。
今この記事を読んでいる方は、“アスパラガスを買いに行きたい。”と思われたでしょうか。絵画であれ、料理であれ、あなたの“創作”のきっかけとなりましたら、大変喜ばしく思います。