初めの一筆。

27歳。
気が付けば20代の後半も折り返して、本格的に俗に言うアラサー世代へまい進している今日この頃。

10代の最後からほぼ変わらず、水樹奈々とアイドルが好きな人間として生活してきたが、そんな自分でもかつては日記中心のブログを書いていた時期もあった。

まだ中学2年生の時の話。当時は『中学生が自分のケータイを持つ』というのがまだ浸透し始めてきた時期だった気がする。周りの同級生たちが学年が上がるにつれて持ち始めていった時代。今でいう『ガラケー』を駆使して、何でもない文章をしたためていた。何でもない文章でも時々コメントが付いたことがあり、それに返信していた時もあった。あの時に交流していた島根の女の子、まだ元気にしてるのかな。甲子園に出場する開成高校の名前を見るたびに思い出す…。

高校生になった頃にはブログよりも個人HPの製作が盛んになる時代が来た。日記だのリアルだの、モバスペで作ってた時代があったものだ。いつしかブログは書かなくなってしまい、そっと閉鎖してしまった。

高校卒業を控えた頃、Twitterが広まり始める。国公立大学の2次試験を終えた夜、自分もアカウント開設して、かれこれ9年近く更新を続けてきた。その間に、ブログから始まった「インターネットに140字以上の長文を書く」という習慣からかなり遠ざかっていった。

私が再び長文を書こうと思ったきっかけは、年始に流れてきたツイートに貼られたリンクを何気なく読んだことがきっかけだ。

2016年の9月、自分もこの場にいた。
アリーナ席だったけども、ずいぶんとメインステージが遠くに見える場所。頭上に屋根などない場所だったため、自分は筆者とは正反対の『濡れた側』にいた。別の場所から同じライブを観ていたはずの人間と自分がこんなにも印象が違うものになっていたとは、正直考えたこともなかったために衝撃を受けた。

その後も何本か記事を読ませて頂き、ふと思いかえしていると「文字にして記録を残す」「記憶を呼び戻すために残す」ために使っていた140字のツールには、実は限界があったのかもしれないことに気が付いた。

…いや、過去にも何度か気が付いていたと思う。思い出せないだけで。
何度かまとまったものにして残そうとしていた時があったけども、機会を逃していたのだと思う。ツールが無い・時間が無い・やる気がない…どれも言い訳でしかないが、「無い」以外に理由なんてあったのだろうか、自分のこととはいえ定かじゃない。何とも恥ずかしい限り。

上記は前述の筆者の別の記事であるが、この記事の中で筆者はこのようにも強く提唱している。

『あなたは、あなたにしか書けないことを書かねばならない。』

そして末筆ではこのようにも記されている。

『あなたのアウトプットをおもしろがる人間はかならずいる。』

この記事を書き上げるにあたって、すでに2度も3度も4度も心が折れかけている。一応これでも人並みに国語の授業は受けてきたし、文章を書くことには抵抗はない。好きな教科だった方だ…いや、古文はまだマシだったけど漢文は嫌いすぎてまともに出来た試しがなかったし、わりと授業中に寝てた気もする。センター試験の時ってどうしてたんだろ…。20歳を過ぎてからは酒とスラングに侵されてしまって、言い訳として「語彙が無い」言い換えとして「エモい」と呟いてきた気がする。そんな自分でも、今書いているこの記事をきっかけとして、これから長文をいくつも書いていこうと思うのである。

末筆として、記事中に引用として使わせていただいた「ななし」氏には、きっかけを下さったことと、連絡なく勝手に引用したことへの謝辞を申し上げる。

2019.2.12

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