その買い物は「投資的」か?それとも「投機的」か?(小さなコーヒー屋が大きな経済を語る【1】)
これまでになく長い自粛を要請された反動と、緊急事態宣言の解除と、特別定額給付金の後押しで、買い物をしたがっている人がいるのは間違いない。
この一時の熱狂が終わる頃、小売業へのダメージが表面化してくるだろう。
その予兆はすでにメディアが伝えている。
indication
大手アパレルメーカーの三陽商会はウィメンズ全8ブランドの仕入額を前年同シーズン比で50%削減すると発表した。
業績の低迷が続いていたので、原因のすべてが長びいた営業自粛ではない。
とはいえ、半減するのは事実。この影響は必ず表面化する。
製造を担っていた下請け工場は減らされた分の仕事を失うこととなる。
発注元の都合に左右される関連企業からの失業者が増えるだろう。
日本で売られている服をつくってる工場は当然、国内外に及ぶ。
売上を維持できなくなった企業が何をするか?
国内某大手セレクトショップが製造委託していた商品仕入れのキャンセルを下請け企業に要求するという愚挙に出て問題となった。
世界的な企業でさえ生産を担ってくれている工場への支払いを拒んでいる。
NGOの調査結果には支払いに同意していない企業としてGAPの名前がある。UNIQLOやGUの親会社ファーストリテイリングやZARAを展開するインディテックスは支払いに同意しているそうだ。
職場である店舗が無くなったら、そこで働いていた人たちはどうなるのか?
考えるまでもない。
店舗を減らさざるをえない企業、倒産したレナウンがまず何をしたか?
人をだぶつかせるような余裕はアパレル企業にかかわらず、小売業界にもうありはしない。
そして、だぶつかせておけないのは保存のきかない在庫も、だ。
sale
なぜ決まった時期になると洋服屋はセールをするか、あなたは考えたことがありますか?
季節おきにセールを開催したりはしないというスタンスのブランドがセールに踏み切った。
【キャンペーン概要】
■オーダーメイドブランド『KASHIYAMA』は、2020年のリスタートに際し、服を通じて働く人を元気にすることをテーマに、また、国内の協力工場や生産に携わる取引先の企業活動を少しでも支援できればとの想いから、本キャンペーンをスタートします。
「コロナ禍で苦境に立たされている関連企業を支えたい。だから今回は特別にセールをやるんだ!」といったところだろうか。
支援ができるのならブランドのスタンスなど曲げても構わない。
美しく、筋の通った文脈だ。
本当にそれが理由だろうか?セールの真の目的はなにか?
reason
抱えた在庫を減らすためだ。
そして、サプライチェーンを維持し、自社の事業を継続するためだ。
ファッションには流行があり、旬があり、商品の鮮度が問われる。
売り時を逃せば現金に変えられぬ不良在庫となる。
セールは社員を食わせていくのに必要な慣習だ。
しかし、この仕組みは健全だろうか?
セールで売ることが出来れば製造原価くらいは取り戻せるだろう。
セールをしても売れ残る商品が出てくる。
自社ブランドを持つアパレルメーカーもオリジナルアイテムを扱うセレクトショップも、その売ることのできなくなった在庫を処分する費用を計算し、正規の商品価格に上乗せしている。
これは紛れもない事実だ。
c2m
※「Consumer to Manufacture」を略した表記
顧客から注文のあった分だけを作る。
余らせることがないのでセールは行わない。
かわりに、売れ残り商品の処分費用は上乗せせず、適正な利益が出るように製造原価にプラスした金額が価格となる。
そういう風に作られた商品を買うことを、僕は「投資的」な消費と呼ぶ。
そのサプライヤチェーンの維持に貢献し、その生産手段を選ぶ事業主の成長に寄与する消費だからだ。
では、「投機的」な消費とはどんな買い物だろうか?
speculative
「投機的」な消費とは手に入れた商品から直接便益を得ようとする買い物を指す。
買い物において完全な「投機的」な消費も完全な「投資的」な消費もありはせず、両方の要素が必ず含まれていると考えている。
「投機的」な消費をするのは当然だ、と思う人が大半だろう。
その通りだ。僕だってそういう買い物ばかりしている。
問題は『「投機的」な消費は今すぐやめて「投資的」な消費をしよう!』という二元論で片付けられる話ではなく、どんな買い物であっても「投資的」な消費が常に隠れていることに気がついていないことなのだ。
あなたが買ったその商品を作っている企業のサプライヤチェーンを維持し、その企業の存続に寄与することは(即時的でないだろうが)あなたに不利益をもたらす可能性がある。
jeans
UNIQLOやGUはもちろん、ZARA、H&M、しまむらやイトーヨーカードー、有名な海外ブランドもジーンズを作って販売している。
ストレッチのきいたスキニーデニムはポリエステルなどの化学繊維が使われている商品も多いがリーバイスなどのスタンダードなデニムジーンズの主な材料はコットン。綿だ。
1着のジーンズを作るのに必要な綿花を育てるにはどれほどの水を使うのか計算したことなんて、ほとんどの人がないだろう。
国連欧州経済委員会(UNECE)のアナリスト、ブリジット・リア・オルトマン(Birgit Lia Altmann)は、「1kg、つまりジーンズを1本分の綿を生産するには1万リットル以上の水が必要となる。つまりこれは、1人分の飲み水10年分を消費することを意味する。綿花栽培は全世界で使用される殺虫剤の4分の1、農薬の11%を占める。85%の繊維は最終的に焼却されるか埋立てられる。ポリエステルやナイロンなどプラスチック製の布地を洗うと、50万メトリックトンのプラスチックのマイクロファイバーがそのまま海に流される」と、ファッション業界が環境に与える悪影響をさらに具体的に指摘した。
水は潤沢にあるのだから、10年分の飲み水を消費するくらい大したことではないと思うだろうか。
僕自身、今年に入ってUNIQLOでもう2着もジーンズを買ったが水のことなど気にもとめていなかった。
このままUNIQLOのリーズナブルなジーンズを皆が喜んで買い続けたらどうなるかなど想像できないのは、僕を含め多くの消費者が「投機的」な消費の裏で「投資的」な消費を無意識に続けていたことを長い間業界全体で隠してきたからでもある。
今から想像力を鍛えればいいだけのことで、遅すぎることなどない。
t-shirt
綿花栽培に農薬が使われ続けると、その栽培に携わる人たちの健康と寿命に影響する。そういう綿で作った製品を着用する僕たちへの影響も0とは言い難い。
少し長くなるが、以下に2016年に行われたパタゴニア日本支社長・辻井隆行氏によるセミナーの内容を引用する。
私たちは、1988年に米ボストンに直営店を設けました。ところがオープン数カ月後に、スタッフが体調不良になったんですね。頭が痛くなったり、呼吸器系の調子が悪い。すぐにお店を調べたら、換気扇が壊れていたことが分かりました。
しかし、普通、換気扇が壊れても体調不調にならないじゃないですか? 不思議に思ってさらに原因を追究していくと、実は地下室に保管してあったコットンのTシャツから「ホルムアルデヒド」という物質が空気中に放出されていたことが原因だと分かりました。
私たちは、コットンはナチュラルなファイバーだから、地球にも体にも良い素材だと思っていました。だから、びっくりしてすぐに、当時お取引のあったカリフォニアにあるコットン農場に行きました。そこで、すごく衝撃的なことがたくさん分かったんですよ。
91年、92年当時のデータですが、コットンの耕地面積は地球上の穀物が使っている土地の1%に過ぎませんでした。にもかかわらず、全世界で使用されている殺虫剤の4分の1がコットンだけのために使われていたんです。害虫が多いからです。 でも、私たちが一番びっくりしたのは、枯葉剤の使用です。コットンはコットンボールという綿花が最後にできて、それを収穫し紡いで糸にして、生地にしますが、紡ぐ時にコットンの葉っぱなど不純物が入っていると良い糸ができません。
ですから、良質なコットンを作る際の強敵は、コットン自体の葉っぱなんです。そのため、当時私たちが行った農場では枯葉剤を撒いていました。主成分は、ベトナム戦争で使われ、問題となったものと変わらないものです。
だから、コットン農場で働いている農家さんは、毒ガスマスクをして、仕事をされていました。私たちはこのことにすごい衝撃を受け、社内でいろんな議論をしました。従来のコットンを使い続けるのは問題ではないか、と。でも、当時パタゴニア製品の5分の1はコットン製品で、その原材料をすべて転換することはビジネスにとって大きなリスクでした。
そして創業者のイヴォン・シュイナードは、すべてのコットン製品を、農薬や殺虫剤、枯葉剤を使わない育て方をしたものだけ使おうと決断します。それから2年後の96年春には、すべてのコットン製品をオーガニック栽培のコットン製に切り替えました。それから20年間、パタゴニアはコットンに関しては全て、オーガニックコットンを使っています。
(当日使われたスライドの写真)
ちなみに、一昨年のWHOの発表ですと、コットン農家で働いている方々が年間で2万人から3万人亡くなっています。これは農薬や殺虫剤、枯葉剤による病気だと考えられます。そして、300万人もの方が病気に苦しんでいらっしゃいます。
※ここで言う一昨年とは2015年
investmentive
※これは「投資的」を意味する僕の作った造語だ。
「投資的」な消費というのは新しい概念だと思っている。
だから、それに当たる言葉も新しく作る方が馴染んでいきやすいだろう。
「投資的」な消費は直接でも即時的でもなく、めぐりめぐって好循環の影響が自分に届くことが想像できる買い物だ。
(以下の太字は思考実験)
オーガニックコットンを材料とする製品を選び、買うことで綿花栽培にたずさわる人の健康寿命が延びる。そして、農薬を使って栽培をしていた時よりも収入を得る。有機栽培に切り替えたおかげで収入が安定する。
安定した収入で燃費のいいハイブリッドカーを購入する。ハイブリッドカーを買えることに憧れをおぼえて周囲の農家も有機栽培を始める。
綿花農園の周辺で食用作物を育てている農園も有機栽培に切り替え始める。外貨獲得のために有機栽培した作物を輸出する。
結果、僕は近くのコンビニでも有機栽培の作物で作られた食品を気軽に手に入れられるようになる。
どうだろうか?こんな好循環が起こるはずがないと思うかもしれない。
だが、起こるかもしれないのだ。
recycle
アディダスは昨年、100%リサイクル可能なランニングシューズ“フューチャークラフト.ループ”を発表。その翌年には、世界各国の200人に配布した“第1世代”を回収し、“第2世代”の素材としてリサイクルに成功した。
“第2世代”の素材の10%に“第1世代”を循環させたものを使用している。
僕たちの活動はどんなことであれ地球に影響を及ぼし、その循環がその身に降り注いでくる。
日常の買い物のひとつひとつに「投機的」な消費と「投資的」な消費が組み合わさっていると意識して生きていくことが未来を変えていく。
その買い物は「投資的」か?それとも「投機的」か?(小さなコーヒー屋が大きな経済を語る【1】)了
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