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誰も彼をも白けさせていい。

また変なことを考えていた。
カラオケの正解ってなんだろう。

多分、その場に居る人達全員がカラオケが終わって帰り際に
「楽しかったね!また皆で来ようね!」
と和気あいあいとした空気になって解散するのが成功な気がする。
さらに次はいつ行く?なんて声がかかろうものなら大成功と言って間違いないだろう。

決して精密採点モードで90点超えを叩き出す歌上手な猛者達が集まったからと、安心してはいけない。
そんなことは重要ではない。
帰り際にシーンとしていたら、それは次もまた来ようとはならない訳で。

しかし気心の知れた仲の良い友人だけでカラオケに行くと自然にそれが出来てしまう。
お互いの言いたいことを言い合い、好きに選曲し、思う存分に歌を歌う。
楽しかったね!となるのは至極当然のことだ。

そんな友人がいる幸運な人達はそれでいい。

問題はそういう人を求めて参加するであろう、不特定多数の人が集まるカラオケオフ会だ。

老いも若いも男も女も全てバラバラな人達がお互いのことをよく知らないまま同じ個室に詰め込まれる。  
皆歌うことが好きで、且つ新しい人脈を求めて参加する。
共通の趣味を持つ友達を作りたいと思っている。
皆どうしたらここで人と仲良くなれるかを考える。
答えは最初に書いたが
「楽しかったね!また皆で来ようね!」を達成することだ。

これは難しいぞ〜〜〜。

ちなみにこれは参加者側の目線で書いている。
一参加者として感じたことだ。
主催者側は一体どんなことを考えてこういう場を設けているのかはわからない。
会場を押さえ、お菓子や飲み物を用意し、メンバーに申し送りをし、金銭管理をし、参加者の体調を気遣い、休憩時間を考え、新規には何度も同じことを繰り返し説明する。
もちろん自身も楽しむのだろうが、会場では盛り上げ役に徹する。
後片付けもやる。
とても面倒なことばかりだ。
きっと良い人達なんだろう、純粋にカラオケ好きな人達に楽しんで欲しいと心から願っているのだろう。

そんな人達に想いを馳せるとこんな記事を書いている自分はほんとに捻くれてるなと感じる。

が書く。

この手のカラオケオフ会で人を集める為によく謳い文句として、各々人のことを気にせず好きな曲を歌って盛り上がろう等と書いてあるが、それだけでは不十分であるし、間違いであると思う。

特に面白くもないし、知らない曲を聞かされただけで、フォおおおおお!!!等と言って拍手喝采などが起こりようが無い。

それではまずい。
またこの人と一緒にカラオケに行きたいとは思えないのである。
次に繋がらない。
その場限りで終わってしまっては勿体ない。
またご一緒したいと思うのは、やはりお互いになんらかしらのメリットがあるから、だと思う。

しかしカラオケは難しい。
ほとんどの時間を歌って過ごす。
人とじっくり話すタイミングは間奏の間とか選曲中とか限られていて、深い話はできない。
更に最初に決めた席から自由に移動することはほぼ出来ないと言っていいだろう。
定位置に座り人の歌を聴き、順番になると歌う。
誰かが歌ってるときは大音量で室内が満たされるので、対面に座った人とじっくり話すのは至難の技だ。
つまり両隣に座った人と主にコミュニケーションを取ることになる。
ここで気の合う人の隣に座れるかは運だ。
コミュ障人見知り同士が鉢合わせると画面を見つめるだけの時間を過ごすことになる。

ではどうしたら良いのだろうか。

僕は皆が一丸となってその場を盛り上げられる行動が出来るか、が全てだと思っている。

まずカラオケの正解に歌の上手さは関係ない。
大切なのは自分の役割を全うするということである。
二通り考えた。
コミュ障で人見知りの人は選曲とフォローを大切にする。
人格者は突破力とユーモアを大切にする。

コミュ障で人見知りの人は選曲とフォローを大切にする。とは。
人と上手に関係を築けないのであれば、参加者を見渡し、その年代の人達に刺さるであろう選曲をすることである。
参加者を会話で楽しませられないのであればせめて皆が知ってる曲を披露して、懐かしんでもらう。自身の年齢とかけ離れているのであれば、ギャップを感じてもらう。
そういう意外性は面白さに繋がると思う。
そしてあわよくば声をかけてもらう。
そこから話が広がるかもしれない。

そしてフォロー。
人とコミュニケーションが取れないならせめて人が歌い終わったあとは、拍手をして声をだそう。なんでもいい。
よくわからない野生動物のような雄叫びをあげるだけでも、あなたの歌でこんなにこの場が盛り上がったんだよと伝える事が出来る。
感想を伝えられたら100点だ。
それでいい。
それで役割を全うし、盛り上げに加勢できたことになる。

人格者については最後に記載している。

でも歌が上手い人がいると盛り上がるのは確かだ。
その人の人格や風貌にいくら好ましくない部分があったとしても、歌さえ上手ければ尊敬の眼差しを向けてしまう。
カラオケに集う者として、皆歌が好きで上手くなりたいと思っているし、それをまざまざと至近距離で見せられるのだから。
皆がその人に注目する。
またその人の歌を聴きたいと思うし、その人がマイクを握ると期待する。
それくらいあの密室において歌が上手いというのは人気を得やすいし、盛り上がることに繋がる。

しかし採点モードだけはだめだ。

もし採点モードで70点代など低い点数を連発しようものなら、その場をとても白けさせてしまい、皆の士気を盛り下げる。

本人は自身の歌の下手さを画面上に数字としてデカデカと露呈され、辱めを受け、少なからず落ち込む。決して落ち込んでる様を皆に見せず、道化を演じていようとも、内心はしっかり落ち込んでいる。

そして周りは周りで声をかけられない。
いや70点かよー!なんて声を掛けようものなら相手を傷付けてしまうかもしれない。
せいぜい、いい声だったよー!とか良い選曲するよね!とか懐かしい!とかこの曲好きなんだよなー!とか歌の上手さと関係のない所でフォローをする。
しかし本人はもちろん気付いていて受け入れられない。申し訳なさそうに苦笑いするだけだ。
そのフォローができるのも最初の数曲だけで、何度も続くと皆声をかけられなくなり、ウン…。となる。

やはりよくお互いのことを知らないうちに採点モードを利用するのはリスクがある。
もうほぼ事故である。

採点モードで盛り上がることができるのはある程度の点数を担保できる人達だけだ。
自身の歌が下手なことを理解している人からしたら、歌うことに対してプレッシャーを感じてしまうだろう。

では採点モードを採用せずに、普通にカラオケを楽しめばいいかと言うと答えは否である。

人が歌っているときにスマホを見ていたり、身体が硬直していたり、人と話していたりすると、歌っている人は聞いてもらえていないのでは?
もしかして聞きたくない?
等と言った不安が頭をよぎる。
それではやはりその人の士気を下げて、結果的に会場全体を盛り下げてしまうことに繋がる。
間奏や後奏で拍手や声がかからなかったり、トイレや煙草等で部屋を出てしまうと、やはりあれ?滑ってる?と思ってしまうだろう。
だから周りの人がどういう態度で人の歌を聞くかというのはとても大事だ。

しかしそれらの問題を全て吹っ飛ばす人が存在する。
それが人格者だ。
人格者はそれら全ての細かい決まりみたいなものを自身の突破力とユーモアで全て解決する。
常に面白おかしく雑学やら感想やらを、ここぞというタイミングで仕掛けてくる。
誰に対しても別け隔てなく話しかける。
その人の周りでは常に笑顔が絶えない。
さらに突破力という言葉があるのか知らないけど、それくらい勢いのある歌唱を惜しみなく披露してくれる。
大昔のアニソンを普通に歌うだけでは若い子達はキョトンとした顔で画面に映し出されるアニメーションを見ているのか見ていないのか、良くわからん顔をしているが、全身全霊で歌うと知らない興味のない曲でもなぜか盛り上がる。
マジンガー…ぜえええええええええッ!!と決めポーズまでしてしまえば、さっきまでキョトンとしていた子達も楽しそうに大はしゃぎしてくれる。

これだ。
やはりこういう力が必要なんだ。

人目を気にせず、恥ずかしがらず、まず自分が全力で楽しむ。
そんな突破力を持つ人が空気を変える。
人格者は本当に凄い。
しかしマイクはコミュ障人見知りの自分の所にも必ず回ってくる。
この流れを遮ってはいけない。
流れに身を任せて自分も全力で楽しむ必要がある。
歌の上手さなど関係ない、失敗しようとも全力で楽しむ姿に人は惹かれていく。
その姿を見た人達に楽しいは伝染していくのだと思う。
そして皆が心を開き出す。
リラックスして自分の選曲に自信を持って臨めるようになる。
皆がただ歌を歌うことに集中し楽しめるようになったとき、連帯感、一体感、結束感みたいなものが生まれる。
「楽しかったね!また皆で来ようね!」となってカラオケは成功となる。

しかし無茶はいけない。
よし、全力で楽しむか、と決めて最初からフルスロットルをかまし、喉をカスカスにして2曲目から声が出なくなってしまっては皆が心配するし、そこから何時間も自分の番をスキップし聞き専になってしまっては目も当てられない。
喉の調子というのはある意味怪我のようなものなので、治しようがない。

やはりカラオケは難しい。

と長々とカラオケにおける正解みたいなものを考えてたけど、おそらく全部間違ってる。
そうではないと、こんな苦しいバカみたいな、苦行のような空気の読み合いをするものが流行るわけはないし、全国に何店舗も店が存在するのがおかしい。
シンプルに僕の性根が終わってるだけである。
大体の大人は皆人格者である。
僕がマイノリティ側の人間だからこんな思想に行き着くのだと思う。

そして受け身の方法だと思う。
波風立たせず、このコミュニティを荒らしたくない思いでこんな守りに入った行動を取る。
攻めていい。
好きな曲を歌い、誰も彼をも白けさせていい。
もしかしたらあなたの好きな曲を同じように好きな人が参加しているかもしれない。
ただ1人にだけほんとのあなたを見つけてもらえれば、人生勝ったようなものだと思う。 
やっぱこれかな。


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