ブリオベッカのパーパス制作秘話
パーパスに行き着くまで
クラブチームは今年で設立35周年を迎えた。
浦安ジュニアサッカークラブとして長年ジュニアの育成を主軸として地域の子供達にサッカーを通じて様々なことを学び、体験し成長をしてもらってきた。
そして2000年にトップチームが立ち上がり、当時は選手もアマチュアとして働きながらサッカーに打ち込み、仕事や学業を優先していた。
紆余曲折はありながらもトップチームはJFLに昇格をし、本年にはオフィシャルに「Jリーグを目指す」と宣言。多くの選手がプロ契約を獲得するに至った。
しかしブリオベッカはJリーグに昇格することを目的としていない。あくまでもユース、ジュニアの選手たちを成長させ、そして社会人選手も。サッカーだけでなく高い社会性を身につけ、将来日本を背負って活躍して欲しい。それはプロサッカー選手としてだけではなく、日本に貢献する社会人として。
このように地域で成長する子どもたち/選手たちの身近な目標としてはやはりJリーグというカテゴリーは魅力的だと思う。ブリオベッカに関わる選手、スタッフや地域の子供達の目標として私たちはJリーグという看板を目指したい。そうすればみんなの成長が加速する。そう考えている。
そんな考えを持ちながら長年使っていたクラブビジョンの見直しプロジェクトをスタッフ3名で立ち上げたのは2024年シーズンが始まってすぐのこと。しかし頭の中ではメンバー同士が同じイメージを共有しながらも、わかりやすい言葉にうまく置き換えることができなく悶々としていた。
そんなある日、私は昔のコンサルタント時代の仲間達に助けを求めることにした。アクセンチュアOBネットワークは結構大きく、今では2000人ほどが加入してるのではないだろうか。悩みをオープンにしたら、そこで立ち上がってくれたのが矢野陽一郎さん。もう30年前になるが、一緒に知恵を絞ってビジネスを開拓してきた仲間の矢野さんは、戦略的ブランドコンサルティングの「グラムコ株式会社」代表取締役社長として辣腕をふるっていらっしゃるのだ。
これまでのビジョン
話しは飛ぶが、最初にビジョンを打ち立てたのは2012年、関東サッカーリーグ2部に昇格をして初めてのシーズンを終えた頃だったと思う。
11月ごろの寒い日、1泊2日で初日の朝から翌日の夕方まで那須の山荘にリーダークラス4名で閉じこもってブレストを徹底して行った。
クラブはまだ法人化されておらずチーム名を浦安サッカークラブに変更した年だった。
自分はシスコシステムズで仕事をしていたので週末だったと思う。どちらかというと取りまとめ役に徹した。ここはちょっとコンサルテクニックを使わせてもらった。モデルを提示したり、ブレストで100の言葉を洗い出したり。
メンバーは設立当初からの理念を語ってくれた。
「何よりもジュニアの育成を大事にしたい」という思いがものすごく強く伝わって来た。当時はまだまだJリーグなんて遠い存在。チームはJFLを目指そうと決意も固めた。だからこそ地域を大事にしないとならないというメッセージも出た。
そしてまとまったメッセージは以下だった。
「ブリオベッカ浦安では、地域のジュニアを原点として世界で活躍できる選手を育成し、浦安、市川市および周辺地域市民が成長を見守りながら応援できる、地域に愛されるチームを目指します。」
あとでわかるが、パーパスでのメッセージとの内容の違いはあまり感じられないのではないだろうか?
パーパスとの出会い
矢野さんとはすぐにリモート会議を行った。
自分たちの悩みを説明した。つまり言葉を並べると目指す方向性は出せるが、これが適切なビジョンという言葉に集約できないと。
矢野さんは企業ブランディングのプロジェクトをこなしながら最近のトレンドとして、と前置きをして「ビジョンはある意味役目を終えてパーパスという考え方に世界はシフトしている」と話してくれた。ピーター・ドラッカーが30年ほど前にビジョンやミッションという考え方を打ち出し、多くの企業はそれに乗ってきた。スポーツの世界でも同様で、どのサッカーチームも調べたらビジョンかミッション(あるいは両方)を提示している。
しかし時代は変わり、組織のあるべき目標を外部にコミットするというビジョンのあり方から、「なんのためにこの組織は存在しているのか」を明示し、関わる人たちがその目的や使命に向かって働くための共通な言葉を定義するパーパスを決めるべきだと。
分かりにくいかもしれないが、パーパスは企業で言えば社員に向かって宣言し、社員全員がこれを理解し、常にその使命感を持って日々活動をする、ということ。つまり内向きな言葉なのだ。
この流れはコロナ禍により加速した。企業の存続する意義が社会にとってどうあるべきなのかを突きつけたのだ。従業員を一つにまとめる言葉、それがパーパスなのだ。
矢野さんはいくつかのグローバル企業のパーパスを事例として提示してくれた。その中で私の心に突き刺さったのはパタゴニア(米国アウトドア用品)だった。
「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む。」
「パタゴニアは「株式公開に進む」のをやめて「目的に進む(Going purpose)」という考え方にシフトしました」とある。
詳細は別なコンサル会社ではあるがこちらが参考になる。
そして自分たちが行き詰まったのは、世間に向けてカッコいいフレーズを探していたからに過ぎなかった、と気がついた。
育成から成長したクラブだからこそ、子どもたちからトップ選手、コーチや保護者に至るまで分かりやすい目的を示してあげることが重要だと気がついたのだ。
プロジェクトの立ち上げ
すぐさまプロジェクトを再編成することとなった。まず3つのチームを編成することとなった。
1)事務局
文字通りパーパスプロジェクトを動かすメンバー。矢野さん、私、事業本部責任者、育成責任者、事務スタッフの5名だ。
2)検討委員会
できるだけ多岐に渡るメンバー。事務局に加え、トップ選手、スタッフ、コーチ、保護者などから合計12名ほどが選出された。
3)意思決定機関
こちらはすでに存在している経営会議とアドバイザリーボードとした。
6月後半から事務局メンバーで議論を重ね、全体のスケジュールとチームの人選を行い、7月前半に検討委員会のメンバーを集めキックオフミーティングを実施。
すでにチーム名変更の方向性が見えて来ていたので発表は12月5日以降と決定した。
プロジェクトのプロセス
まず最初に取り組んだのがヒアリングとアンケートの実施だ。
ヒアリングはキーパーソン6名。代表、監督、育成責任者、事業責任者、後援会長などが対象となり、あらかじめ準備された質問項目を事務スタッフが行った。質問項目はお出しできないが、なんのために存在しているか?社会的な役割は?というような内容が炙り出せるような10に満たない数の質問となっている。
それと同時並行に全社アンケートを実施。全社員には全選手、そして育成組織らしく各学年代表の保護者も含まれ総勢60名となり、これをグーグルフォームで行った。質問項目はキーパーソンヒアリングと同じだ。
さらに矢野さんからベンチマークすべきサッカーチームやスポーツ団体を選んでほしい、と注文があり10チームをリストアップし、指定されたフォーマットでそれぞれのチームの理念体系をまとめる作業を事務局が行った。
これらの結果を事務局と矢野さんが整理。特に矢野さんはツールを使って言葉の抽出を行ったようだ。それらからクラブを代表するような言葉が断片的(つまり言葉というより単語)に羅列された。ちなみにここにグラムコのノウハウがあるみたいだがそこはお知らせすることができない。(私もわからなかった)
この結果を受けて検討委員会が招集され、数回討議を行った。討議は3つのチームに分かれ、矢野さんが提示したアイディアをひたすら議論して発表し、共通理解を得る、というプロセスを繰り返した。
パーパスの候補、次に行動指針であるバリューズの候補、スローガンの候補、これらをまとめたステートメントのサンプルが都度提示され、各チーム(同じ日でもチームは議論ごとにシャッフルされる)で議論して絞り込むプロセスをこなした。
私はというと、言葉が絞り切られるとそれを経営会議とアドバイザリーボードに提示して最終決定を行った。また月次で行っている全体会議(スタッフとコーチ陣が一堂に集まる会議で30名弱)での議論も行った。
結果的に10月末に概ねプロジェクトは完了し、11月に経営会議を経て全体会議で合意をしたのが今回のパーパスとなる。
パーパス
サッカーでともに成長し、まちを楽しくする。
以前のビジョンを思い出してほしい。「ブリオベッカ浦安では、地域のジュニアを原点として世界で活躍できる選手を育成し、浦安、市川市および周辺地域市民が成長を見守りながら応援できる、地域に愛されるチームを目指します。」
どうでしょうか?言いたいことは同じではないだろうか?
しかし言葉が昇華され子供でもわかるシンプルな表現になっている。
この背景にはインタビューやアンケートのフィードバックが見事に同じ概念を共有していたため、抽出された言葉が似ていた、ということがある。つまりトップから現場、選手や保護者に至るまで、ある程度の共通認識があったということ。
ちなみに「サッカー」という言葉を入れたのは都並監督の強い意志でした。自分たちはサッカークラブ以外の何者でもなく、サッカーを通じて人材を育成したり、市民に楽しんでもらっている。自分もサッカー人としてこだわりがある、と全体会議全員を納得させる発言があったのだ。
「街」ではない「まち」にも思いがある。浦安から浦安・市川にチーム名称が変更されることは決まっていたし、浦安や市川以外から通っている育成選手もいる。「街」だと囲われたイメージがあるが、「まち」として柔らかくあえてボーダーを曖昧にしてしまったのだ。
バリューズ
一生懸命を楽しもう。
・礼儀をわきまえよう。
・よく考え、積極的に動こう。
・仲間を大切にしよう。
・最後まであきらめずに挑戦しよう。
小学生向けのバリューズも定義した
・元気にあいさつしよう。
・よく考え、自分から動こう。
・仲間を大切にしよう。
・全力でやりきろう。
「一生懸命を楽しもう」勝ち負けにこだわるのではなく、一生懸命に取り組んでいる自分を楽しもう、という意味。試合をしている選手は今何をすべきか考えてサッカー自体を楽しむこと。試合に出られない選手はボールパーソンでも物販でも今自分が取り組んでいることをその瞬間に楽しむこと。この言葉はメンタルトレーニングを行っていただいている辻秀一先生から頂いた言葉だ。ブリオベッカが考えた言葉ではないことをあらかじめお知らせしておく。辻先生は一流のアスリートをこの言葉で導いていらっしゃる。そしてメンタルトレーニングのコンセプトでもある。
それ以下の4項目は行動指針だ。これらも検討委員会で言葉の一つ一つを吟味した。
スローガン
スローガンは外向きの言葉だ。「自分たちはこんなチームです」という気持ちを表現している。
こちらもかなりの議論を必要とした。確か6つぐらいの候補があったと思う。英語表記もあった。
最終的にはこれまで使っていた言葉が採用された。「一体感」といえばブリオベッカ、ぐらいに浸透していたと思う。そこに辻先生がトップ選手に刷り込んできた「全員、全力、最後まで」に「!」をつけて定義した。
一体感の毛筆については著名な書道家の方に書いていただいている。
ステートメント
サッカーでともに成長し、まちを楽しくする。
ブリオベッカ浦安・市川は、地域の子供たちを育成することから始まったクラブチームです。周辺地域の皆様に見守られながら、少しずつ成長してきました。
今では子供から社会人、そしてシニア(男女)と幅広い世代でサッカーを楽しめるようになり、トップチームはアマチュア社会人リーグの頂点(JFL)に昇りつめ、さらに挑戦を続けています。
私たちが目指すのは、サッカーを通じて、関わる誰もが成長するクラブ。
とりわけ、このクラブで育った子供たちが、世界に羽ばたいてほしい。そして、地域の皆様に応援していただきながら、一体になって楽しんでいきたい。そんな思いを胸に、今日もひたむきに活動しています。
サッカーでともに成長し、まちを楽しくする。
さあ、行こう。一体感 ~全員、全力、最後まで!
(こちらは外部に向けて発信するもの)
今後の取り組み
2024年はパーパスの定義を行った。
2025年はこれを定着させるプロジェクトに進むつもりだ。具体的には1月にトップ選手に向けて説明会をし、個人個人のパーパスの実現方法を考えてもらうことにした。
少し脱線するが、J3のガイナーレ鳥取から来た選手(上松)がいる。彼はガイナーレ時代に選手全員がクラブビジョンを誦じることができると言ってた。素晴らしい。
同時にコーチに皆さんともワークショップを開催し、育成指針の作成に着手してもらう。
そして新年度(学校の)になったら育成選手や保護者の皆様にも紹介を始める。
このタイミングではクレドを作成し、関係者全員に配りたいと思ってる。育成だけで650名いるので、本人と保護者向けでも1300枚は必要。スタッフやスポンサー配布を考えると2000部ほど作成することになるかと思う。
(以上はここに書くことで自分のコミットメントをしてプレッシャーをかけています。)