映画「シーセッド その名を暴け」視聴-2024.10.29
邦題が内容とズレが大きい様な気がする。近年のハリウッド映画では、英題と、邦題と比べると、英題の方が映画の内容をしっかりと表していて、邦題だとなんだか分からないものにしか読み取れなかったり、主題とまったくズレている現象が多く散見される。まぁ、英題はその映画の為に直接つけられた題名であったり、原作名そのままだったりするので、題名が内容の的を得ているのは、当然だろう。言うまでも無い事だが。「その名を暴く」と副題が付いているが、むしろ、被害者たちが名前を出す決断を促すだけの材料を、New York Times記者たちが揃えて行き、信頼を勝ち取っていった。勇気を持たせるに至ったのであって、「暴いた」のでは、決して無い。告発者を集めて実名を載せる様に持って行かないと、書く方も記事の信頼を高められない流れを描いた作品だ。最初から、加害者犯罪者の名前も分かっているので、そちらにおいても「暴いた」のではない。
トランプ氏を告発する映画を作れるとか、アメリカの制作現場の体力は凄いね。そして、サブスクのアマプラで、それが観れるのが、凄い。トランプ氏は、大統領就任時において、複数のレイプ訴訟を抱えてた、大統領歴代の歴史上においてあり得ない人物だ。それと、多数のパワハラ事件と、セクハラ事件を過去からを起こして来てて、その権力で揉み消しを図って来た。
私も、「教育と愛国」や、「プリズン・サークル」を観たいが、観れないでいる。「プリズン・サークル」は、上映会を設置して、誘致しないと、観れないし、DVDも買えない。我々低所得者以下に、どうしろと言うのか。メジャーな配給会社が、社会問題を取り扱う映画を作って、世に出せて、メジャーで安価なサブスクで観れる状況が羨ましいと言う事だ。日本では、シネマコンプレックス形態では無い、小映画館においてのみ、その様な映画が観れる状況下にあり、低所得者以下の私にはなかなか観れる機会が無い。
30年間表に出なかったハリウッドの大物プロデューサーであったハーヴェイ・ワインスタイン氏の、セクハラ加害事件も、同時に扱うのか。いや、こちらが、この映画の主題か。
この事件ですね。
まぁ、そうだよな。The Newyork Times誌ぐらいで無いと、記者も、その協力者も守れないよな。
取材の際に、「オンレコで」とか、「オフレコにしておきます」とか、盛んにやり取りするのが、性被害者が相手だけに、精細な対応が問われる面が、ある意味で大変にリアルに感じました。その反面、録音機材をiPhoneで行っていたので、それはプロなら専用の指向性マイクの付いた録音機をを使うだろうと言う点は、ノートパソコンも、デスクトップも、すべてMacを使ってたので、これはスポンサーがAppleだからそうなっているのだろうと思いました。プロはあぁはやらないですね。映画では、車の車種がどこのメーカーのが映っているかで、自動車会社の何処からスポンサードされているかも分かる面があります。
いや、この映画、知識層で無いと意味が取れないシーンが多いじゃないか。「幼い頃に見た祖母の胸に彫られた数字の意味に、なんとなく気付いた」と言う台詞は、歴史を知らないと、その意味が分からないじゃない。高校で、ちゃんと勉強してきた人たちだけにしか、意味が取れない。
The Newyork Times誌の編集長が、黒人というのは、ハードワークで、そこまで給料が高く無い仕事は、すべて黒人が担っているを、そのまま表しているようにしか思えないが…過去の映画「スーパーマン」では、新聞社の編集長は、すべて権力的振る舞いの白人だった。近年作の「スパイダーマン」でも、カメラマンとして同編集室に雇われるが、同じ人物。現場に出る警察官のまとめ役の長官とか、消防士たちのまとめ役の長官は、すべて黒人。警察特殊部隊も、長官は、黒人。死亡率が高く、給料は低く、立場もそれほど高く無い。編集室の周りの白人たちが、そのポストに就くのを嫌がるから、黒人が就いているとしか映らないが。ハリウッド系の映画と、ドラマを観てて、異様に思うのは、起用される黒人俳優のあまりの偏り過ぎでした。数名の黒人俳優ばかりが起用される。特にサミュエル・L・ジャクソン氏と、ローレンス・フィッシュバーン氏に、プラスして、デンゼル・ワシントン氏に、出演が偏ってた時期が長くあった。それも、終わらぬ「差別」を表しているのだと思う。
高ストレスに晒される仕事で、夫も居て、子供も居る中で、細身のスタイルを保つのは、かなりの知識とそれなりの資金力が必要だ。記者の彼女等は社会的エリートである事を、それ等は示している。
新聞に出す記事にGo!サインを出すシーンも、凄いな。ブラウザ上のタブの中で作業している感じにしか見えなくて、情報漏洩は大丈夫か?となるし、そこの作業画面から、紙版と、WEB版で、了承ボタンを押し、発行ボタンを押して、決定とか、プロセスがまた凄い。私は、マンガ週刊誌の出版までの流れを、よく追って読んできたし、日本の新聞社が入内記事を発行するまでの流れも、数度読んできた事があるだけに、そのプロセスの簡略化に驚く。編集長以外にも、記事の内容をチェックする技能者が居て、「待て」と言うシーンで、緊張が走る。アメリカで一番の新聞紙だろう編集部の記事の発行の決定が、とてもシンプル化と、デジタル化が進んでいる様に見受けられるが、実際はどうなのだろう。日本の情報漏洩を気にする会社だと、会社で使ったノートパソコンは、自社の鍵の掛かる倉庫に閉まって持ち帰れない会社もあると聞いてきたが、彼女等は持ち帰っているよな。
トランプ大統領の非民主的政策への批判も、何度も出てきたが、それが本線にはならないのが、まぁ映画の限界でもあるのかもしれない。将来的には、トランプ氏批判を主題にした映画も、アメリカなら必ず作られて世に出るだろう。
この二人の女性記者による記事から、世界的な#Metoo運動に繋がっていったと最後に記されて、そうなのかと知った。日本の#Meetoo運動は、揉めに揉めてて、提唱者達も迷走してた面があって、消えてしまった様に映るが、他の国ではどうなっているのだろうか。それが気になった。