連載小説 魔女の囁き:プロローグ
昔のことをすこし想いだした。
私がある球団でスカウト部長をしていたころのことだ。
ある日、当時所属していた球団の代表がめんどうを見てやってくれとひとりの球団職員を連れてきた。現場の広報担当として入ってきた新人だったが、気が強くて周りと揉めごとばかり起こして配置転換されてきたのだ。
当時彼女はまだ二十代の前半で、日本のアマチュアの女子野球を早期に引退して、プロ野球の裏方の世界に入ってきた。彼女の口癖は、いつかプロ野球球団のオーナーになる、だった。
彼女は十代の半ばから、何年にも渡って女子の全日本に選ばれるほど選手としてはレベルの高いエリートで、野球の知識も経験も充分にあったが、裏方としての適正は微妙なところだった。とにかく気が強くて短いのだ。
私はその女性職員をスカウトとして徹底的に教育した。いまならパワハラになりかねないほど厳しい物言いをしたこともあった。陰で泣いていたかもしれない。すぐにいなくなるかもしれないとも思った。それでも彼女は逃げなかった。必死になって私とスカウト業務についてきた。一人前になるまでそれほど時間はかからなかった。五年が経ったころには、球団の代表や監督や私が出席するドラフト会議の本番の席に同席するまでに成長した。さらに数年後、私がある失敗の責任をとってその球団を辞めることになったときには、彼女は完全に私の右腕としてスカウト部門になくてはならない存在となっていた。
私の口から、その球団を去ることになったと伝えたときの彼女の顔は、いまでも忘れられない。
あしたからホームで三連戦を戦う、その私が辞めた球団の主力選手のスタッツを確認しながら、私はなんとなくそんなことを想いだした。
思わず、おっ、といいたくなるような内容の報告書だった。