アルバムの構成要素からたとえ外れようとも

BLACK EYES SHE HAD

このちょっと妖しげな感じをまとう楽曲。でも、ビジュアル系然とした感じではないのは、GLAY楽曲の中にはそう多くない。そして、この楽曲は何を隠そうベストアルバムに収録されている新曲という稀な立ち位置。一つのアルバムを作ろうと思った時のアルバムのテーマだったり、アルバムが語りかけてくるようなストーリーから、少し外れたもの。それをアニバーサーリーイヤーとしてリリースしたアルバムの最後のディスクにぎゅっと収めるのだから、太っ腹というかなんていうか。その1曲。
確かに、アルバムの中に収録されていてもおかしくないけれど、どの曲順のどこに置くのか、どういう位置付けにするのか・・・とか考えるとなかなか難しそう。でも、GLAY然としていないような雰囲気を醸し出しながら、やっぱりGLAYの楽曲になるところが、GLAYマジックと言われる所以。

結構インパクトのあるちょっと重めで拍子の取り方がなかなか難解なギターリフから始まって、ドラムとベースがその世界観にドカっと入り込んできて、その存在感を見せつける。ツインギターのみどころは、ユニゾン以外の時に、メインギターではない方が、どうそこに遊びというか、特徴を出せるのかという点。この楽曲の場合は、メインがかなり特徴的で、その存在感も重みがあり、ドラム・ベースも基盤をドーンと支えている構成になっているからか、もう1本のギターはそっと裏方に回り、楽曲に色を添えている。その音がないからと言って成立がしないことはないけれど、気づかぬうちに意識している音がなくなるとその違和感が際立つ。裏側で支える音たちは、無意識のうちにそこに存在しており、あること前提で楽曲は成立しているのだ。なくても成立する音は、不要かといえばそうではなく、その楽曲がリリースされる上での必要な一部をちゃんと身にまとい、楽曲の中での役割を果たしているのだ。そういうちょっとした職人芸的な作り込みに気付けたり、ついつい耳をそばだてて聴きたくなってしまうポイントを見つけると、音楽ライフがさらに趣深いものになる。

最後に触れておかねばならぬのが、TERUの声。いわゆるバラードという括りの曲ではないのに、地声とファルセットの間の声が多用される妖艶さよ。その声は人を癒すだけではなく、自身で気づいていない自身の奥の方から溢れ出るような感情の背中をそっと押すのである。昨年のFCライブの時の
「BLACK EYES SHE HAD」は、眠っていた高ぶる感情にそっと火を灯したのさ。

#GLAY #blackeyesshehad #地声とファルセットの間 #ツインギター万歳

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