地声とファルセットの間
幸せになる、その時に。
TERUの地声とファルセットの間の声がたまらない。単に高音だからとこの声を選ぶのではなく、この声で歌うべき楽曲で、この声が使われる。音源では地声なのに、ライブバージョンでは、このなんとも言えない声に変わったり、アレンジによって発動したりするが、この声の威力は凄まじい。耳元で、優しく囁かれているような錯覚に陥る。
「LET ME BE」という楽曲があるが、それもずっとギターとピアノとTERUの歌声で完結するが、ライブバージョンでは、アウトロに大幅アレンジが加わり、本来であれば、楽曲が終わるタイミングでエレキギター、ベース、ドラムが加わり、一気にハンドサウンドに流れていく。TERU一人を照らしていた照明が一気にステージ全体に明かりを引き込み、楽曲の展開の妙を映像にしてくれる。
「幸せになる、その時に。」は最後のサビで、バンドサウンドが展開される。バンドサウンドになると、楽曲の開放感が出てくるのだが、そうするとTERUの声も地声とファルセットの間声ではなく、太くて力強い声になる。その切り替わりというか、声だけで情景を語れるボーカリストの歌には、ある意味での説得力がある。うまい・うまくないと次元ではない、ボーカリストとしての天性のもの。狙っているわけでもなかろう。もう体から湧き出てくるんだろうな。1曲の中での展開がある時、ボーカルの本来持つ力が試される。この楽曲も大きく浮き沈みはしないものの、最後に開けたところで、TERUのボーカル力が爆発する。
そして、大サビの最後「全て僕にくれないか?」の「くれないか」のところ。TERUのボーカル力の真骨頂。今から20年ほど前にリリースされた楽曲だが、その頃にはすでにこれができたいたのか。ライブで聴いたら、もう動けなくなるやつだ。
その涙を
全て僕にくれないか?
辛いこと、悲しいことを超え、その分の涙をこらえ、ライブで思い切り泣きたいものだ。