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読みかけの本は「死に至る病」だった
70歳前後の老人は夕方になると公園にやってきた。入口近くのベンチで寝泊まりしていた。「このベンチは街灯で明るいからいい」。トイレと水飲み場まで100㍍以上離れているのが難だった。
老人とは差し障りのない話をした。彼は路上生活者だった。雨の日は高速道路の橋の下で見かけた。仕事がなく一日中、本を読んだりラジオを聴いて過ごした。生活費はどうしているのだろう。
午前中、早めに公園に行くと老人がいた。「ちょっとトイレへ」と言って席を離れた。枕元に読みかけの本がある。失礼とは思ったが手に取って見ると「死に至る病」(キルケゴール)だった。
若いころ毛筆の得意な人に「死に至る病とは絶望である」と書らい部屋の壁に貼った。粋がってこの本を持ち歩いたが読破していない。その本がここにあるなんて。人は見かけによらぬものだ。